4月6日の読売社会面に、「転勤」「結婚」賠償打ち切り
という見出しあり。
東電が「転居で原発避難は終わった」として
賠償を一方的に打ち切ったという話。

警戒区域は、このまえ再編されて、いろいろな呼び方がついている。
こちら

読売の記事がひっかかってこないかと検索すると
似たような記事が半年前(12年10月)にもごろごろと・・・


この、大々的に読売に載っていた「転勤・結婚 賠償打ち切り」の記事は、本当にすんなり、国民の方に受け入れられるでしょうか。

読売に載っていた、打ち切られた事例(でも申し立てて復活のようです)。

就職で県外に転居した飯舘村の20代男性。
就職で東京に転居した大熊町の10代男性。
転勤で兵庫県に転居した楢葉町の20代男性。
結婚で避難指示区域以外の福島県内に転居した30代女性。
結婚で埼玉県に転居した富岡町の30代女性。

この方々は、いつまで賠償金をもらい続けるの?と疑問に感じるのが、素直な感情ではないかと。

福島ラブの人間である私が、2年経ち、今、そう思っているのは事実であり、ならば福島に関係のない方はなおさら強く疑問に思っているのではないかと、想像します。

もしかして読売は、それを読者に感じさせるためにあえて「弱者の味方然とした記事」を書いたのではないか?と勘ぐるほどです。

東電の賠償金は、電気料金、そして国有化同然となれば税金からの支出になるのではと思います。

被害を受けた方への悪感情とならなければいいのだが、と思います。


さて、それより以前、私のブログに、11年12月に寄せられた警戒区域にお住まいの方からのコメントです。

初めて投稿します。
当方、これから色々損害賠償をしていくわけですが、一番怖いのが賠償を求める福島県民=悪という図式が広まることです

精神的損害で月10万円が決まった時、ずいぶん安いなと思いつつヤフコメを見たのですが、大半が「そんなにもらうのか」「腹が立ったから募金をやめる」などの批判的な意見でかなり衝撃を受けました。
仮払金が出た時も周囲から嫉妬交じりに「100万円出るんだって?」となんべん言われたことか。
残した家財道具はほとんどがわずかに汚染されているようで、全部買い直すとなったら100万ではとても足りません。

今後賠償請求をする際に、
「こうした時のために交付金を散々もらっておいて、また金をよこせというのはヤクザと一緒」
「いつまでも被害者面するな」
といった(本当に悲しくなる)意見が多くなることを何より恐れています。

県外の方にはこちらの状況、心情などを極力理解、想像していただきたいです。そのうえで批判されるなら致し方ありません。


(過去記事)




風化とはなんでしょう。
復興とはなんでしょう。
自立とはなんでしょう。
支援とはなんでしょう。

この2年間、何万人もの人が何万回も口にした(私もです)、これらの耳当たりのよい言葉、震災とセットになり急に使われる頻度の上がったこれらの言葉を、この先も「固有名詞」的に使い続けていくことには、よくないのではと、なんとなく感じます。でもつい使ってしまうのがこれらの言葉の罠、魔力です。

2年過ぎた今、逆に、こういう言葉が出てきたら、疑ってかかる、ぐらいでいいのでは。こういう簡単な言葉で表してよい時代は過ぎたのだというか、そんな気がします。




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