読売が震災2年の日からはじめた連載・時代の証言者
「飯舘に生きる 菅野典雄」25回終了。
途中からラスト部分抜粋

私たちはこれまで、大量生産、大量消費、大量廃棄で豊かな経済社会をつくってきました。しかし、いつまでもそのスタイルでいいのでしょうか。

また、日本人の誇りは本来自分さえよければいいというのではなく、相手を気遣いながら「お互いさま」と言い合う人間関係だったのではないでしょうか。

そして、私たちはいつの間にか、自分で考え、判断し、責任をとることが薄い国民になってしまったのではないでしょうか。

これらのことを考える機会を原発災害という形で与えられた気がしてなりません。豊かさや快適さや便利さだけを追い続けるのではなく、自主自立の精神を持ち、人間にとって大切なことをもう一度呼び戻すことが必要だと思っています。

この災害を東北の地域問題に終わらせず、多くの人々が成熟した社会のあり方を考え、ライフスタイルを見直してくれればうれしい。そして何十年か後に「あのときの福島の人々の苦しみがあったから、今の日本がある」と言ってもらえるようになってくれたら、もっとうれしい。

飯舘村には、「丁寧に」「大切に」「じっくりと」「手間ひま惜しまず」「つつましく」という意味の「までい」を理念にして、地域をつくってきました。私たちが掲げてきた「までいの精神」こそ、実は、これからの日本のあり方なのだと信じて、飯舘に生きる希望を見いだそうと思っています。

帰村するまで、そして帰村してからも、長い間にわたってこの忌まわしい災害との闘いが続きます。ただ、議会も多くの住民も前向きに考えてくれています。私たちの村づくりの歩みに共感してくれた村外や福島県外の人々から励ましや協力をもらっています。

みんなの力を合わせてこの難局を乗り切り、新しい飯舘村を目指し、次の世代へしっかりバトンを渡していかなければいけません





までい。。。きのうも私双子に説教したころです。あまりに忘れ物・紛失物が多く、適当なので・・・・

飯舘村のお話をしつつ・・・ぶっつぁいだ時代の証言者に書いてある見出しの「までい」ってのを見せて、「までいは、真 手 って書くのだよ。人に何かを渡すときも、片方の手で、テキトーに、ほれっ!ってやるんじゃなくて、両方のおててで真心を込めて、はい、と手渡すことなのだ」とね。

までいから世の中を見ると、アベノミクスの成長戦略とか、違うんじゃないかとか、思うのよね。

それにしてもよい連載であった。読みたい方は読売20130311からの投書欄脇囲み記事を読んでください。

編集員の青山彰久さんが書いたそうなので、朝一でメールしました。
こういうのは・・・・読者の反応が大事。



青山様

「時代の証言者」飯舘の菅野村長の連載すばらしかったです。
何回も涙を流しながら読みました。
「どうして飯舘の村のわくにこだわるんだ」という心ない人には、
この連載を読ませたいと思いました。
そして、被災地の方(首長)の聞き取りが、ここまでなされたことに対し
福島の出身者として厚く御礼申し上げます。

こういうことが大新聞としての「までい」な取り組みだと思います。

被災地にいる人たちは、みな、語りたいのに、そういう場が与えられません。
例えば、安心だから、安全だから、と言われても、納得できないのは、
不安を抱えている方が、十分に語っていないからでは、と想像します。

ただ、中日、東京系で、
井戸川さんの語りが取り上げられることが多かったのですが、
どうしても反原発という政治的な意図がかいまみえてしまい、
共感できないのも事実です。

そうではなく、御社のようなメディアが、井戸川さんを取り上げるとか、
「東電の回し者か」と揶揄された菅野村長が中日に取り上げられることも、
今後は、必要になってくるのではないかと思います。

中西先生のときもよかったですが、菅野村長のはもっとよくて、
全部切り取ってあります。
菅野村長も、中西先生のように
時代の証言者を下地にして、本を出せばいいのではないかなと
思います。

震災2年のその日から1カ月強、すばらしい企画だったと思います。
ありがとうございました。



福島人より

スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://leika7kgb.blog114.fc2.com/tb.php/1004-3f91acaf