きのう、PTAの委員会があって、そこをピークに
いろいろ資料や反省、報告、提案などを
詰めている段階で、私の天敵である役員と、また延々とメール合戦で、さらに険悪な雰囲気になった。(なら、メールすんなよ・・・なんだけど絶対電話イヤがる相手で)

私はものすごく頭にきてもう目なんかチカチカして心臓はどきどきして、寝不足とPC資料作成があったためもあるけれど、爆発寸前、委員会ですべてぶちまけたろうか?とまで思い詰めた。

もう役員は終わりなんだから、もう、すべて失ってもいい!!
とにかくこんな理不尽なことをされて、今まで顔をつぶしちゃならんと思って我慢に我慢に我慢できたが、もうそんなことはどーーーでもよい!!

私はこんなに低姿勢だし、あいつがああいえばではこの案を読んでください、こういう検証からこれで正当と思いますがと資料添付してもスルーだし、あいつがこういえばでは今回書き直しましたので、上に上げてくださいと添付すれば、いや、とりあえず今年はこのままでいいというし、

上に言えないのにどうーーーーーして私にああだこうだ文句を言って、じゃあ私が直すとしゅんとなるんだよ!!!

という感じで、もうすっかり嫌ピークでした。


しかし、一番私がわからんのは、私がこれほど怒り心頭ならば、向こうもそうであるに違いない。一体、なぜこうも私に敵意を表すのか? 

まあ、私のことが嫌いなんだよ。それにしてもこの意味不明な長文メール・・・・

でも、どうにも収まりがつかなくて、で、これを全く関係のない友達に相談してみた。すると「本編の補足の補足で話がこじれるってことなのかな」「企業じゃないから効率性はあまり問題にされないのかも知れないね。でも、それじゃいらつくよね」「気を回してこうしても、相手には伝わらなくて、逆にこういうつもりで書いていました、とか時折ずばっといったんじゃない?だと相手はパニックになるだろうね」「感情的なすれ違いだから、とりあえず、向こうも、そうやって激変しないこと認めたんだから、まずは、公の場で顔をつぶすようなことはしないほうがいいかもね。終わってからゆっくりやったら?」とか言われた。

ふ~ん。私はそれを聞いて、あ、もう別にいいや、と思いましたね。
その役員にもうぶっつけるとか、やんなくていいや、と。

私はこのときに、誰かに話すことの効用を改めて思いました。相手に伝わらなくてもいい。私のいらいらをわかってくれる人がいただけよいじゃないか。と。
私が単純なのかもしんないけれど・・・


だから、今回の、放射線が怖い人、自主的に避難してしまった方、その人たちは、話を聞いてほしいんじゃないかということね。で、マスコミにベラベラしゃべってしまうんだよ。多分。そして、「一部の声の高い人」ばかりが目立ち、どんどん福島でがんばっている人たちに、嫌われる。

話を聞いてやる人が必要だよ。

そして、避難した人ばかりじゃない、福島で頑張っている人の話も、聞くのが大事ってことだよ。。

否定をせず、正しい知識を教えてやろうなんか思わず、ただ、相手の言うことを書き留めるだけでいいんだよ。



それをやったのが、江口監督だったんだね。
yさんの滝桜の記事の後半に、花見山の春 のことが書かれています・
こちら

私も沼津に見にいきました。でも、見終わってから「震災1年の、この人々の悲しみ、苦しみを注釈なしに流すことは、この先、福島にプラスになるだろうか」という不安を感じました。

江口監督には、手紙を書こうと思っていてまだ書いていませんが、そういう私の気持ちは伝えるつもりです。

でも、江口監督は、当時の、福島で頑張る人々のことをそのまま撮ってくれました。声を拾ってくれました。多くの取材された方々は、何者にも代えがたい、「自分は、生きているんだ」ということを再確認したのだと思いました。

みんな、自分のことを語りたいんだと思う。

そうではありませんか、福島の皆さん。
そして避難した皆さん。

だから、「福島に、リスクコミュニケーションをやりに行く」、ではないんだと思います。

福島に行って、みんなの話を、書き留めろ、が、やることなんだと思います。
そこから、問題点があぶり出されてくるはず。

shunsoku2002 こと宍戸俊則‏@karitoshi2011 氏のツイートは、私には苦しくつらいものが多いのだが、以下のツイート、核心を突いていると思う。

リスコミの目的は本来、コミュニケーション前は納得していない人を納得させることにある。相手方が納得する余地を積極的に示して寄ってくる場合しか説得できないのは、痛い。。「専門家」が仮設住宅で寝起きして、話を聞こうとする人がいつ訪問しても話に応じてくれるなら、信頼度は大きく上がる。

「1人ずつ話を聞いてもらえて心強かった。」と住民の一人が語っている。事故発生から2年間、不足しているのはこういうことだ。しかも、避難自治体の首長でさえ十分に話を聞いてもらえていないのだ。今、福島県を含む原発事故由来の放射性物質が飛散した地域で、全く行われていない特徴的なことはこれ

「私に何ができますか?」という外部の人たちは、まず避難者や被災者の話を聞いて欲しい。そして、ネットワークを作り、聞いた話をまとめて欲しい。どんな情報を得ていたのか、どんなことが不安なのか、どんなことに不満を感じているのか、何が知りたいのかそもそも不安とは別に不満があるのではないか




私は、以前、あるデータの鬼の方と、大学の先生と、3人で、南相馬からこちらに避難されている方の話を聞いた。
いろんなことを話してくれた。「前の晩に月がものすごく明るかった」「星がすごくきれいであれは地震の予兆だ」など、写真を見せて話してくれた。1時間ぐらいか。。「柿も残っている。放射能がついているから鳥も食べない」など、ずっと3人で相づちを打っていた。話はとまらなかった。「実家はこっちにあるけれど、話せる人ってあんまりいなくて」と言っていた。

でも、家の近くの枯れた雑草の写真を見せて「全部枯れてるのよ。これ放射能のせいなのよ」、これを言われたときは、さすがに、3人とも「いや」、「それは・・・」、「ちょっと待って。。。」そんなことはありえないのだよと、言ってしまった。

そしたら、急に黙り込んでしまった。それから「そんなはずはないですよ・・・」とこちらから説明をしたつもりだったが・・・

「あ、私時間忘れていた、もうこんな時間!?」私には、不自然に思えるほどの早さで、帰って行ったのだ。

ものすごい脱力感・・・。

でも、星や月とか柿までは許せても・・・

問題は、そんな南相馬あたりで、草が枯れるほどの放射性物質が降った、と、思い込まれ、写真を見せていろんな人に語ってしまったら、それはデマを吹聴になるではないか?間違った知識だから??

でも、ぷい と帰ってしまったのだ。

聞くことは難しいのだ。

もっと時間をかけるしかないのかもしれなかった。

信頼関係を築くのが先なのだ。





私が、このブログで、不安な人に「なんでも書き込んでほしい」と書いたのは、聞きたいからじゃなくて、説得したいからだった。

だけれど、教わる前に、まず自分の不安を受けとめてもらいたいんだ。多分。だれもが・・・・と思っている。


私が、その役員とバトルして、友達に愚痴ったとき「でも、Kも悪いよ」って言われたら。もうその人には話さなくなるね。

それと同じことを、私は南相馬の人にしたということなんだよね。

そして、私が浜松で、双葉から来た方にしたことも、同じ。自分ばかりしゃべってばかりで、相手の話なんてちっとも聞く姿勢になかった。




これこそが、民俗学の仕事なのだ。。民俗学の専門家は、やってくれている??
でも、専門家でなくてもいい、誰でもが、やればいいことなんじゃないのかな?

聞くだけでなく、書き留められば、なおいい。

江口監督は映像だもの、さらにいいよ。これ以上ないことをしてくれたってことなんだ。

私が福島にいたら、これを生業にしたかもしれないと思う。
(文字起こしは、仕事にしてるぐらいだからね・・・)
でも福島にいなくても、なんとかして、できないかな?と思う。



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