池田清彦氏VS養老孟司氏の「ほんとうの復興」、良本です。
脱原発と原発続行の間にいる自分に一番ぴったりきました。。
自分のためのメモです。(長文)青文字は感想。




養老*これだけ人口が多くて、それなのに資源が無くて。しかも日本は、いまはもう、ものづくりよりも金利で稼いでいるような国になってしまっているんです。そんな国で暮らし方をどうするかを、本気で考えるべき時期でしょう。そして、その場合、いいかげんに「外国ではこうなっています」というのを基本にして考えるのはやめてほしいと思います。

これは唐突な話かもしれないですが、南アフリカ産のグレープフルーツなんかがスーパーマーケットで売っているのを見ると、僕は、なぜそんなものをかう必要があるのかといつも思うんですよ。ちょっとどうかしているんじゃないかって。そんなものを買って食べたいというのなら、南アフリカに行けばいいじゃないかと言いたくなる。

一方で、輸出超過になるように一所懸命に外国に物を売っている。日本の貿易収支はずっと黒字でしょう。

日本人は輸出入を活発にしなければならないという考えは、ほとんどノイローゼに近いと思う。このノイローゼの根本にあるのは、やっぱりエネルギーですよ。石油を買わなければいけないという強迫観念があるからです。そうまでして無理石油を買わなければいけないぐらいなら、石油を使わなければいいじゃないか。石油を使わないってことは、働かないで済むということなんだよ。その方が楽ではないのか。

ものづくりに頼る日本はもうおしまいにしなければならないのではないかと思っているんですが・・・しかしアベノミクスで経済が上向きになるのも必要だとも思う。この考え方だとTPPもよくないことになってきますが、フードマイレージということを考えたときに、やはり、どうも、何かがオカシイと思います。

池田*僕は、石油がなくなる前に新しいエネルギーについて考えなければどうしようもないと思っているんです。仮に、もしバイオエネルギーだけでなんとかやっていこうとしたら、渡辺正さんの試算だとだいたい世界人口30億人ぐらいが限界のようです。ということは、ほんとうは人口を減らさないといけないんだけどね。

バイオエネルギーにしても、ソーラーパネルをつくるにしても、新エネルギーの開発は全部石油に依存している。つまり石油がないと新しいエネルギーの開発もできないというのがいまの現実です。日本はもともと技術力はあるのだから、二酸化炭素排出量削減なんてくだらないことを言っていないで、いまのうちにむしろ石油をたくさん使って、それで新しいエネルギー生産のための仕組みを立ち上げた方がいいはずでしょう。

新エネルギーと呼ばれているものは、いっぱいあることはある。ソーラーエネルギーにしても、いろんな種類の太陽光発電のほかに、太陽熱発電もある。ゴミ発電とか、廃プラスチック発電とか細かいことがたくさんあります。どれかひとつで石油や原発の代わりになるようなものではないわけだけれども、そして、どれもEPRの値は高くない。太陽光だとだいたい、良くて2くらいです。

効率が悪いものに金を注ぎ込んでもしょうがないね。とくに風力発電は基本的に日本の国土に向いていないから。

養老*しかもあれは無公害とはとてもいえないですしね。

池田*風車を建てることによって周囲の風が減衰するし、人為的に風量や風向きを変えることは周囲の生態系にも影響を与える。風車から発せられる低周波騒音公害で人間にも健康被害が出ています。

それよりも、日本は火山島で、少し掘ればあちこちから温泉が湧き出てくるような土地がたくさんあるんだから、そんな日本に向いていると考えられている地熱発電とかにもっと注力してみるとかしたほうがいいよね。地下数キロの深さにあるマグマだまりの熱エネルギーによって生じる蒸気を使ってタービンを回すのが地熱発電で、これはやろうと思えば日本のどこでもできる。

地熱発電・・・草津でも問題おきて、たしか土湯で小さい版ができるんだっけ?なかなか難しくはありますが、・・・それから、風力が日本には向いていないのではという指摘は、浜岡近くの風車が止まっているのを見て、やっぱり風力発電の未来は暗いのかなと感じましたね・・・。

養老*ただし、金を注ぎ込むといっても、補助金制度はダメ。変な言い方だけど、補助金をもらっても大丈夫なぐらいに、やっている人がしっかりしないと、うまくいかない。補助金をもらうということは、うまくいこうがいくまいが自動的にお金が入るということであって、それは手を抜くことを意味する

池田*そうなんだよな。補助金なんかもらわなくてもちゃんとできるということがわかれば、人は自主的にそれを推し進めるわけだから。

養老*林業が典型ですよ。間伐を補助金でやっているからうまくいかない。お金を出すにしても使い方を考えないと。

池田*海洋温度差発電とか、雪氷熱発電とか、海流、潮流発電、浸透圧発電とか、それぞれの場所の風土に合ったものがいろいろあることはあるよ。どれが一般的にいちばん良いとかいうのではなくて、そこに合ったものを分散型でやっていくシステムにしないとね。

大規模に集中型でやるのではなくて、適所を選んで分散型でね。たとえば自分の家のそばに川が流れているんだったら、小さな発電機を設置して自分の家の電気の何割かはまかなうようなことが当たり前になれば面白い。

養老*そういうことを、社会的に奨励する雰囲気ができないとね。分散型のものを良しとせずに、統一的にしようというのが官。政治家の中にも相当数の官僚出身者がいるからね。そういう基本構造が変らないとダメ。

池澤夏樹「すばらしき新世界」の思想と重なります・・・。そういえばカンナオト氏は、自宅で発電できるような住宅を建てたんですよね。そこは、いいと思います
ただ福島の産業を活性化させるために、大規模なエネルギー基地を相馬地区に・・・みたいな話が着々と進んでいるのだとしたら、復興と重なり、どう判断して良いかわからなくなります・・・


養老*東京の建物は問題だよ。窓が開けられないようなビルばかりだから、クーラーを入れなければだめな作りになっている。みんなでクーラーをつけて、熱い排気をどんどん外へ出してますます暑くなるから、また冷やして・・・というマッチポンプ。本当にクーラーというのはわがままな機械で、暑い排気をよそにやって自分のところだけ涼しいというのはおかしな話なんだ。

窓の開かない建物によくいられるよなと思う。いざというとき、窓から逃げるということもできないじゃないか。仕事でマンションやビルを設計している同級生に、「お前の家はどういう建物なの?」と聞いたら、ごく普通の家に住んでいるんだって。「マンションとかじゃないの?」と聞くと「何かあったときに飛び降りて逃げられないからマンションじゃイヤだと言うんだよ。自分がいやだというものを造っているんだよ。

池田*ときどき思うんだけど、マンションは上の方が実はいろんな意味で危険で、それをごまかすために高い階の部屋の値段が高く設定されているんじゃないかと。値段が高いと安全面でも優れているかのように錯覚するじゃない?それも一種のペテンなんじゃないかなあ。

養老*厳しいこと言うと、こういうのは仕事に忠実じゃないと思うんですよ。だって、変でしょう。自分だったら住まないものを、仕事だからといって作る。原発問題もそういうことの延長線上にあるような気がしています。

池田*原発を東京湾につくったっていいと言っていた都知事もいたけどね。

養老*少なくともそうすればみんながもっと本気で安全管理しようと思うよね。

池田*それはそうだけど、でもやっぱり絶対安全ということはないから。いくら安全なシステムにするといっても、絶対安全なシステムなんて絶対にないんだよ。なぜなら人工的なシステムの特徴は、必ず壊れるということなんだ。むしろそれは人工的なシステムの定義といってもよい。だから、システムを作ってそのシステムに頼るのではなくて、むしろシステムが壊れたときにどうするのかを考えないと、知的怠慢だよね。

前に崎山先生が言ったのと同じ事ですね。絶対安全はない。という話です。

池田*東電というのは、電力需要に応えて電力供給しているのではなく、ひたすら電力を使わせようとしてきたんだよ。それで足りなくなったら、もっと原発をつくらせろと言い、その原発が事故を起こして都合が悪くなると節電してくれなんて、全く冗談じゃないよ。

養老*電力の需要を増やして、それに見合う電力を供給することこそが成長神話だったんでしょう。10年くらい前に東電の副社長に聞いたことがある。「真夏にみんながテレビを見て、クーラーをがんがんつけているような状況に合わせて電力を供給する必要があるんですか。電気をいつまでも増やせるわけではないので、天井を考えなければいけないはずだと思うんですが、どうなんですか」と。すると答えは「電力会社は、電力を供給する義務を負っていますから」だった。そういうことをうまく言い訳に使って、エネルギー消費を拡大させてきたんですよ。

ただ、根本的な疑問として、電力需要・供給が下がれば景気が悪くなるというのはほんとうに必定なのかとも思うんですよ。経済成長を説明するモデルで重要なファクターはエネルギーということがちゃんと説明されたのは、1970年代になってからで、それは経済学者によってではなく、物理学者によってだった。たしかに「不景気になる」とか「産業がだめになる」という話が間違っているわけではなく、相応の電力は要るでしょうから、それはわかる。だけど、夏の暑い盛りにクーラーをみんなががんがんかけてテレビで甲子園の中継を見ているような状況に合わせてまで、電力供給の云々と言っているのは、むしろエネルギーのことを本気で考えていないということではないですか。

池田*「景気」が電気を使わないと上がらない構造をあらゆるところで強化しているから、そこを変えて、電力依存ではない換えの回り方を追求すればいいはずだよね。

養老*そこですよ、経済学者に一番考えてほしいのは

現在の社会構造を前提にする限り、電力消費と景気は比例してしまう。そこで、電力消費のことを経済成長だとエコノミストは言い換えてきたのです。

池田*グローバルな経済活動をしなければならないとなると、どうしてもモノを入れたり出したりするエネルギーが余計多くかかるわけだから、内田樹さんの言うような「鎖国」をして、すべてを日本国内の地産地消でやれば、要るエネルギーは少なくなる。そういう経済構造にしてしまえば、それはそれで成り立ってしまうという考え方はできる。でも実際にはその方向にはいかないんだよね。

もしほんとうにそういう構造になるとしたら、養老さんが言ったように、実際にエネルギーが物質的になくなってしまえば、人は否応なしにそれに適応するしかない。みんなにとってそれが現実味を帯びれば、構造は変るのだろうね。

養老*右肩上がりの経済をやってきた中で、エネルギーをどんどん使っていかなければならないというのは、強迫観念に近い。でも、それは無限に続けられないんだということは誰でも少し考えればわかることでしょう。そのくらいの智恵はあるでしょう。

池田*どんなものにだって無限はない。

養老*これまで右肩上がりでやってこられたのは、石油が使えたからですよ。あんな都合の良いものはないから。

池田*100万年単位の長きにわたってため込んでいたものを、たかだか100年くらいで使いまくったら,効率がいいに決まっているわけでしょう。これも養老さんとよく言っていることだけど、祖父や父親が営々と貯めてきたお金を、どんちゃん騒ぎして一晩か二晩で使っているようなもんなんだから、それは景気がいい話だよ。だけどそんなことがずっと続くわけがない。この数十年というのは、その点で異常な時代だったんだよ。

エネルギーのことを考えると、原子力にどうして日本が手を出したか。の黒幕が【石油】ということがわかりますが、そういう議論は余りなされません。
例えば、思想は脱原発なのに、ゼロベクレルの食べ物を食べようと、地産地消を避けて、西日本あるいは世界に食べ物を求める人はたくさんいると思いますが、その行動こそがいかに矛盾をはらんでいるかということにほかなりません。そんなライフスタイルを続ける限り、エネルギーがたくさん必要な国土であることに変わりはないのだといことを自覚してほしいものですが・・・。

そして、震災前、毎夏、「電力更新」~というニュースがなされていました。おかしいとずっと思っていました・・・。原発が3割を賄うエネルギー分、娯楽とか享楽に使われているだけなのではないかと、私は疑っています。


(ここからは池田氏の論文)

極めて単純に言えば、世界のエネルギー利権は、石油メジャーと原子力産業という2つの集団によって握られていると言ってよい。石油がピークアウトを迎えるのは時間の問題だから、パワーバランスは徐々に原子力産業のほうに傾きつつあった、というのが、3・11の事故当時の情勢だったであろう。そこへ来て今回の事故だ。原子力を推進してきた利権手段は、世界の世論が原発反対に大きく揺れるのを何とか最小限に食い止めたいはずだ。福島の事故はとんでもないケアレスミスで、安全装置を完璧に装置すれば、事故は100%防げるという話に持っていきたいに違いない。フランスはもとより、アメリカもロシアも中国も、もちろん日本も、原子力産業がぽしゃると景気が衰退するのは確実なので、恐らくそういう話になるだろう。

しかし、人間が造る装置に絶対壊れないものはない。どんなに安全だと言われても想定外のことが起きれば、事故は起きる。大きな原発事故が起きたときの被害は壊滅的で、近隣の地域社会を崩壊させる。だから、原発がないに越したことはない。今回の事故を目の当たりにすれば、政府や電力会社がどんなに甘言を弄そうとも、原発を誘致する自治体は当分は現れないだろう。といって既存の原発はどうするのか。

すべての原発を即座に停止しろと主張する人たちがいる。しかし、日本の電力の3割弱は原発に依存しているので、いきなりすべてを停止するとライフラインを維持するのに支障が出てくるだろう。
直ちに全原発を停止したら、かなりの混乱は避けられまい。徐々に代替エネルギーに切り替えつつ、危険な原発から廃炉にするのが最も合理的な選択だと思われる。

原子力産業は、原発を止めたら国民生活は破綻するという脅しと、原発はきちんと動かせば最も安上がりは発電だという屁理屈で、原発の停止に抵抗するだろう。計画停電などというのも、原発がなくなったら大変だという脅しの一種かもしれない。

しかし、電力は原子力以外のエネルギーでも作れるのだから、代替の発電装置に切り替えれば、原発がなくても国民生活は全く破綻しない。問題はどんな代替エネルギーを使うべきかという中長期的な戦略である。

原発を止めると、電気料金が上がって日本は経済的に停滞すると、いまだにノウテンキなことを言っている人もいるが、どんなに安全だと言いつくろってみても、地震大国日本で想定外の大地震が起きて、原発事故が起こる可能性はゼロではない。むしろ100年、200年というタイムスケールで考えれば、これはほとんど不可避の出来事だと考えるべきだろう。そのことに思い至れば、原発推進という政策は、亡国への道である。なるべく速やかに代替エネルギーを開発して原発を安楽死させねばならない

今、政府がやるべきことは、すべての原発を将来的には廃炉にするという決定をして、具体的な工程表をつくることだ。しかし、そのためには代替エネルギーをどうするのかを考える必要がある。本稿では以下、日本における利用可能なエネルギー資源について論じよう。

(※このあと、風力、太陽光はいまひとつ(2つあわせてもせいぜい全電力量の5%にしかならない)で、地熱が日本の自然条件にフィットしているという議論が続く。そのほか、小水力発電、バイオエネルギー(藻類が有望)、海洋発電、石炭、メタンハイドレードについて論じている。ただ、それも難しいのだという結論)

というわけで、現時点では、脱原発の電力源は残念ながら自前では供給できないのだ。脱原発のためには、石炭と天然ガスを輸入して使う以外に方法はない。二酸化炭素を削減するという馬鹿な政策を続ける限り、原発をすべて廃炉にすることは難しい。太陽光発電を普及させて脱原発を、という耳に心地よい標語は、それを考えている人の頭の中だけの夢物語に過ぎないことは肝に銘じておく必要がある

今後50年の間に代替エネルギーが開発不首尾に終われば、石油、石炭、天然ガスといった化石燃料が枯渇した時点で、エネルギー消費の上に成り立つ現在の社会システムは崩壊するのだそうです。各種の代替エネルギーの可能性が詳しく書かれてあるのですが、それをミックスし、また核融合技術も頼みつつ、今から動いてほしいです。また、総量を減らし、発電システムを分散するという養老先生の考えが一番私はいいと思っているので、それがどうにかして普及しないかも、考えています。
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