「56歳団塊退職起業-62歳がん闘病廃業+イレッサ回復日記」
56さんが、今、闘病中で、何か力になれないかと書いてます・・・
56さんは、病を抱えながら、それまで交流のあった福島の農家を軸に、東北応援を地道に続けてこられました。

すでに震災後1カ月足らずで動き始めています。ブログ記事から、一部を紹介します。

2011年04月07日
「さあ我々で被災地福島を応援しよう!」

NPO法人団塊のノーブレスオブリージュでは、この3年間都会とふるさとの交流を福島市と深め、徐々に交流実績が積み上げてまいりました。
2011年度はいよいよ目に見える交流を深める年でしたが、3月11日の大震災で瞬時に水泡に帰しつつあります。

しかし、この3年間の交流は決して無駄ではなく、逆にこういうピンチの時こそ、都会側の市民としてふるさと側の被災を応援する橋渡しになりたいと懸命の努力に切り替えました

たんに見るだけ劇場型の震災復興になるのを避けたいと、血の通った、顔の見えた人間同士として被災地の声に耳を傾け、都会の応援の声を届け、被災地と都会がともに復興する一助になればと思います。

橋渡しになる以上、ネットサイトに「さあ我々で被災地福島を応援しよう! 」のページと「福島応援掲示板」の板を立てました。
太平洋沿岸の戦争の焼け野原同然の惨状を見ればお分かりのように簡単にできることは何もありません。多くの皆さまのこころと智慧が必要です。
是非DNOサイトをご覧いただき、どんな些細なことでも結構です「福島への応援メッセージ、支援アイデア、復興計画、ボランティア企画など」を福島応援掲示板に書き込み被災地に届けてあげてください。

皆様の応援を切に祈るのみです。

2011年11月19日
「福島には放射能の低いとこもあります 首都圏の皆様応援しましょう」

福島は広いです。茂庭は80km離れた所でした。茂庭は山形県境の標高の高い所にありました。
われわれは計測しました。放射能はどれくらいかと。0.1でした。

関東の私の住んでいる千葉県は今になると高いとこがあります。柏は0.4です。船橋も場所によっては0.1です。福島のこの地方と変わらないんです。

果実のベクレル値を調べました。何度も調べました。違う果実で調べました。
いつも5近辺でした。国の基準値は500ベクレルです。100分の1です。1kgで5ベクレルです。1個200gとすれば1個1ベクレルです。

でも福島県産は首都圏で、はじきとばされます。福島の値札が着くと暴落でした5分の1でした。

しょうがないです。広島168個分の原爆が漏れたのです。
関東にも来ています。政府が全て補償するなら別です。でも不可能でしょう。
同じ犠牲者として、あるいは加害者としてこの責任は出来れば共有したいと思います。
来週23日からりんご応援キャンペーンに取り組みます。放射能の低い福島農家もあるんです、応援しましょう。


2011年12月08日
「福島今年の最大混迷人有難うキャンペーン」

今年の最大混迷人福島の農家に有難うキャンペーンを行ってまいりました。

自分のせいじゃないのに、広く放射能を浴び、首都圏の販売物からシャットアウトをくらい、しどろもどろされていました。
今年1年余りにも理不尽な扱いにわれわれも同情しました。
特に茂庭という山ん中で、関東とあまり変わらない線量だし、果物の線量も4ベクレル/1kgと心配薄いのに、福島危険のマークで店の外に出されちゃう農家はかわいそすぎます。

数値を明示して応援しようよと年3回やってまいりました。
第1回は桃5ベクレル74ケース完売、第2回は梨中心5ベクレルで10万円完売、そして最後りんご4ベクレルでご案内しました。

残念なことに首都圏の人は忘れやすかったです。100ケース準備しましたが半分です。

私も100通を超えるご案内を申し上げましたが、応援は10軒でしたね。いろいろあるんでしょう、他にも困っている方もおられるし、そう何回もとなるでしょう。

私は山川さんに申し訳なくて涙が出ました。
「ごめんなさい、伝え方が悪くてみなさんに伝えられなかった。」

でも考えてみれば、すごいことです。50人もの方が3500円払うよと言ってくれたのです。
若い方もおられました、女性も多かったです。いつも皮肉を言っているだけと思った方が購入されておられました。
動こうという気持ちはみなお持ちなのです。なんかの機会に動く人が実は大勢いることに気が付きました。



2012年02月26日
「福島への愛は国土への愛だったんだ」

このところ3月3/4日福島茂庭の山川果樹園を再訪する学生さんと話すことが多いのですが、良く「56さんはなんで福島を応援するのですか?」と聞かれます。
今度の3月で応援1年になりますが学生さんにどう説明しようかと悩んでいました。そこで自分の本音に気付きました。

私はNPOの関係で福島農家との交流を3年ほどやっていたのです。そこにあの3.11ドーンです。困った山川さんや菅野さんと話しました。
福島の農業はどうにもならないことを聞きました。そんなに困っているなら大変だ、出来ることがあれば応援できないかとなり、今の活動へ入ったのです。
だから最初は「目の前に困った人がいれば応援するのは当然だ」と言ったこともありました。

しかし本当は福島の大自然が私を導いたんだなと今は気が付きました。

4年前茂庭の山川さん家に最初にいった時、古い農道と色づく山々を鮮明に思いだします。
江戸期より続くこの日本の大自然を壊してはいけないという火があったのでしょう。
このまま168発の原爆放出で福島を壊してはいけない。そう思ったのです。


2012年03月13日
「1年で気がついた福島と首都圏」

福島3.11が起きて1年が経ちました。こりゃひどすぎると1年前から福島を応援してまいりました。その1年で分かったことがあります。
放射能を浴びた福島がこれから生きるために根本的なことは何でしょう。簡単なことです。福島の農産物を首都圏から全国でまた食べてもらうことですよね。
そこに何も対策がないのが悲劇の根本だと気が付きました。われわれは3本の光の流れがあることに気が付きました。

1本目は首都圏に住む団塊の世代です。私もそうですが、今回の事件がひそかに自分の通って来た歩き方の延長が引きずり合わせたんじゃないかと心のどこかに潜んでいるのです。だから福島応援してよと団塊に言うと多くの方が応援してくれました。

2本目は首都圏に住む主婦の人達です。毎日買い物で悩んでいるのですが、外国産より日本産という考えがあり、福島の農業が潰れるのは許せないという往き道理があるのです。首都圏の主婦が福島を応援するか否かが全てを決めるのです。福島は大変な思いをしていますが、農作物売買を決める問題は、福島でなく首都圏問題だということです。

そして3本目は首都圏に住む若い人達です。福島で何が起きているのか分からない、現地に入ってみたい、何が起きているのか知りたいという若者が12月に始まり、今回までで10人おられ、現地に入ると何が何だか分からないことに触れます。

分からないだけにまた行きます。そして何か出来ないかと感じます。首都圏に住む若者のたくさんの方が事実にぶつかるべきだと思います。自分の目で見て、触れて、人生にはさっぱり分からないことがあるんだと気が付きます。

福島がどうなるかは10年20年後の若い人たちに与えられるのです。




それから、56さんが支援する福島の青年農家のKさんの存在を知り、震災1年の、宇野賀津子先生を囲むリスクコミュニケーション勉強会にもお誘いし、生産農家の現状をうかがうこともできました。。

それから、私のブログでも56さんの記事を、何度もご紹介しています。


「日本の崩壊を福島の方が代表して受けているんだよ」
「56さんが線量計を持って浦和→福島・飯坂まで」
「福島の野菜は自己責任で食べる」について」
「福島県の線量別立体地図ができた」(関連)
「桃・まどかに込められた福島の・福島への思い」

今、56さんのブログ更新は、息子さんが、一度、口述筆記をしてくださってから、長らくとまっています。。おたずねしましたら、今は静養中とのことです。

私は2年前、自分でブログを書いていながら、ときどきくじけそうになったことはありました。だけど、56さんが何度も福島に通われて、計測することで福島の農家の方を支援し、都会で応援セールなどを企画し、都会の若者も福島に連れて行き、大学の研究室に一目でわかる福島県の汚染状況がわかる立体地図を作ってもらうなど、さまざまな活動を継続されている姿にじーんと来て、元気を出さなければと、何度も励まされたのです。(掲示板に、そんな「福島側からの自分の気持ち」を、「飯坂生まれ」として書いてもいます)お会いしたことはなく、コメントだけの交流ではありましたが、心の支えでした。

直接、お見舞いなどはできませんが、福島のために頑張ってこられたことを、いま一度、私のブログに来てくださった方々にお知らせすることで、感謝の気持ちを表したいと思い書きました。

こちらの記事は、56さんに見ていただけるかどうかはわかりませんが、56さんのブログコメントにリンクし、56さん側にご連絡したいと思います。声援は、人に力を送りますのでね。この2年3カ月、それを56さんから教わりました。
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