先日、「東北発の震災論~周辺から広域システムを考える」(2013.1)という
新書をが目に入ったので、図書館から借りて読んでいたのですが、
なんとなく既読感があったのですが、もしやと思い、「季刊 東北学」第28号 (2011夏発刊)の目次を見たら、同じ方の名がありました。「東北発の震災論へ コミュニティ交流支援の現場から」ということで11ページ書かれていました。
何人もの方の文章があるのですが、やはりこの方のところのページは折ってあり、傍線が引いてありました。こんなところに。↓

◆これほどの大きな事態に対して、日本人には主体的な動きがあらわれなかった、ある種人任せの風潮がこの震災では見られたように思える

◆まず既存の科学の敗北からスタートしなければならない。科学者も専門家も、良心的な人間は大きく自信を失っている。にもかかわらず、あいかわらず私たちは、科学にすがり、専門家に頼ろうとしているようだ。私たちはそれぞれが自分で考え、判断をしていくことを迫られている。

◆中心にいると周辺は見えない。「もうどうせ住める場所じゃない」「なぜ他所に移れないのだ」「どうせ農業も漁業もだめな産業」
逆に周辺からは中心はよく見えているのに。一方的な不理解。

◆「ひとつの日本」から「いくつもの日本」へ。東北という地が、自分自身を取り戻す大事なきっかけになるかもしれないのだ。




この方は、六カ所のことも「我が事」ととらえてきているし、震災後、野田村に入り支援を続けている方であり、その後首都大学に移られたので、より一層、「中央と周辺」ということがわかるのだと思います。

震災後の夏にこれを読み、何かとても感銘を受けてたしかメールを送ったような気がする&そしたら確か返事もいただいたような気がする(すべて前のPCに入ってしまったので、今は探せないんだけれど)

あさってが返却日なので、あとでまとめておきたいと思います。

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