こちらを読んで、震災直後、本当に情報を必要としている人たちに適切に届けるには、だれかの手を入れないことには不可能だったのだということを知りました。どちらかというと、ツイッターというマイクロメディアがあったので、いろいろな情報を得ることができて役立ったという報道がされていたからです。

しかし、それは都会のユーザーに向けた話であり、報道する側も中央にあるからなんですね。

全く情報の手に入らない、東北の、「生きるか死ぬか」そして「生きてるよ」という方々の声をすくい取り、必要な情報をその方々に届けるには、野放しではダメだったのです。「野放しでは本当に大切な情報が埋もれてしまう」ということに気づいた方々の「情報の交通整理活動」が、大きな役割を果たしていたのだと思いました。

「救助要請情報」は、「地名+県・市・区・町・村」など住所に含まれる語、5語(救助要請の発信先特定のため)と、「孤・救・助・命・探・願・捜・求・送・食・水・届・死・衰」や「消息・深刻・要請・避難」などライフライン未復旧や、安否確認に起因する語、21語だそうです。

例えば、都会の方々は、原発や放射線について、ツイートが役立ったという言い方をされますが、原発関連用語は「非救助要請情報」に分けられています。生きるか死ぬかの方々は、そういう発信をするところまで行っていないでしょう。

震災後何日間か、津波の映像を見て怖がっていたのは、都会や遠く離れた人たちでした。停電だった当事者は、画像を見ることなどできませんでした。このツイッターの洪水も、どこかそれに似たところがあるように思います。


相田先生たちは2011年3月16日にはもう活動に入られていました。
研究者の方々のこういう支援のあり方には、「自分のできることを粛々と」という姿勢が感じられました。見習います。

さらに、「善意の第三者」のリツィート機能について着目しておられるところは、震災等に限らず、ツイッターの功罪を考える上で、非常に重要な点ではないかと思います。


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