賠償の「負」の面をあぶり出している読売の連載、3日分をメモしておきます。
これは、取材も大変だったのではないでしょうか。
なかなか、福島を愛する人間にとっては、どっちにもこっちにも、厳しい内容です。読むのもなんつうか、身を削がれるような、・・・でもそれが現実であり、雪の下に覆い被せてはいけないことなのではないかと・・・。

よく、「賠償金があるからいいね」「賠償金のせいで働かない」、などという話を聞きます。一方「全然足りない」という声ももちろん聞く。「賠償金」というくくりでまとめてものを言うことはできず、すべて個別の事例に寄るのだろうとは思っていました。

私のような外部のものにできるのは、それぞれの「事実」を一つずつ知ることだけです。「典型的」「一様化」にはできません。やってしまいがちですが、決してやってはいけないですね・・・

◆[原発と福島]償いの迷路<1>基準額請求 涙の妥協

母親81歳:大熊町(原発5キロ→いわき市のアパート?
娘48歳:5年前に立てた自宅(楢葉町、原発15キロ)、夫と息子2人→いわき市築30年一戸建てへ
空間放射線量に応じた不動産の賠償基準は、楢葉は母の家に比して3分の1。賠償額試算は720万円、+失業に伴う補償や、月10万円の精神的賠償、それでも、新居を構えるのは難しい。住宅ローンが約1700万円残る。住めない家のローンを払う? 楢葉にいつ戻れるというのだ? このままずっと借家暮らしか? なぜ加害者が決めた基準に振り回されるのか。
2012年暮れに、40人で東電に慰謝料各2000万円などを求め提訴。2013年夏二次提訴は前は準備が間に合わなかった母も加わり180人で。

しかし、母は戦う気力を無くし、提訴を取りやめ、7月、基準額の賠償を請求、11月いわき市の築17年平屋に引っ越し。娘は、妥協を選ぶしかなかった母の無念を、10月、意見陳述(自分の裁判かな?)でぶつけた「私たちは当たり前の日常を取り戻したいだけだ」 「穏やかに暮らしていた人の命を縮めた」

★どうして81の母と、この48歳の女性は一緒に暮らさないのかが疑問。2世帯合わせれば相応の額になりそうだが・・・。しかし・・・読売の記事は小説仕立てになっており、事実関係、時間軸がごちゃごちゃになっており非常に読みづらい。なんとかならないか。


◆[原発と福島]償いの迷路<2>避難してきた事実伏せ

大熊町→会津若松市→千葉県 43歳千葉出身女性。大熊からの避難だということを伏せている。2003年、夫が福島に赴任、長男や両親と引っ越した先がたまたま大熊だった、と割り切ってもよかった。

会津若松市に移転した大熊の町役場での光景。2011年夏、東電の賠償金の仮払いが始まっていた。年配の女性がいきなりどなり込んできた。「あなたたちはお金がもらえるからまだいい。でもこっちは風評被害で大変なの。大きい顔して会津にいられると迷惑」。
知人がこう責められたとも聞いた。「原発を誘致しておいて、今度はたんまり賠償金か」 千葉でもし、事実を打ち明ければ、きっとこうそしられるだろう。東電の金で新しい家を買ったのだと。

会津若松の借り上げ住宅で暮らし、長男は市内に移転した町立小学校へ。しかし、児童数が減り続けていた。街で子供たちのこんな会話を耳にした。会津に残るのは、親に力も仕事も金もないからなんだってさ――。焦って、引っ越しを決意。

夫が働く会社の部署は赴任期間が長い。だから大熊で戸建てを買った。ローンは完済していた。土地建物の賠償額5年分一括して受け取れる5人の精神的損害賠償3000万円を加える。何とかなる。

貯蓄を取り崩し、千葉の戸建てを購入した。転入届を出し、車のナンバーも変えた。「息子を『千葉の子』として育てる。普通の人生が始まる。もう私は避難者じゃない」避難者が賠償を受け取ることは当然だとは思う。しかし、かつて大熊町の知人が「昔は軽トラックだったが、こっちじゃ農業もできないし、賠償金で新車を買った」などと屈託なく言うのを聞いたことがある。会津若松の住民たちが、あれほど反感を抱いた理由が分からないでもなかった。

大熊町の就学援助は断った。もうこれ以上、誰かの金に頼る生活はしたくなかった。
大熊は故郷ではない。事故当時にそこにいたのは単なる偶然。ただ、時折、訳の分からない不安が顔をのぞかせる。例えば、夫が千葉の家に帰ってきたときのことだ。車の走行距離が9万キロを超えていた。「買い替える?」。何気なく口にした言葉を濁した。「でも、もう少し先でいいかな」。誰かの声が聞こえた気がしたのだ。「立派な家の後は、新車かよ」

★福島出身でない人は、福島に思い入れがないのはしかたのないことですね。私も、福島への思い入れと、今住んでいる浜松への思い入れでは、かなり落差がありますから。この文中、「千葉」を「福島」に読み替えて、「大熊」や「会津若松」を「浜松」に読み替えれば、私だってそうするでしょう。でも、「福島の連載」となると、彼女が悪者みたいに読まれてしまいそうで、気の毒です・・・

★今、この方が普通の生活ができているのは、ローン完済というのが大きいのか、それとも、大熊だから賠償額が相当出る、ということなのでしょうか。上の女性は楢葉(原発より遠い)であるということがネックだったのか?と、考えてしまいます。賠償額からすれば、双葉・大熊よりも、その周りの自治体の方のほうが、満足度は低いのでしょうか。

★会津若松でのくだりは、こういうことも確かに現実にあったということでしょうね。


◆[原発と福島]償いの迷路<3>賠償で心の壁 今も

伊達市霊山町、「特定避難勧奨地点」の指定を受けると、今年3月まで、一人当たり月10万円の精神的損害賠償が支払われた(指定は昨年12月に解除)。
9地区のうち3地区112世帯が対象、79歳男性ら約680世帯との間に見えない壁

敬老会や収穫祭などの恒例行事の多くが開かれなくなった。誰もやろうと言い出さないのだ。気軽に声をかけ合った集落に、東電の金が影を落としていた。新年会は開かれたが、よそよそしい。避難した子供が戻ってきての挨拶もないし、盆踊りも開かれない。

「賠償が地域を分断したのなら、元に戻す方法も賠償」と、外れた323世帯は2013年2月、裁判外紛争解決手続き開始、指定世帯と同等の賠償を求めた。ただし、「得られた慰謝料は均等に分配する」というルールを作った。その後、放射線の高さを区分けする地図が各世帯に配られ(?誰か匿名の、不満を持つ人がいたのか?)「放射線量が高くても低くても賠償が同じだと、不満が出るんじゃないか」と意見が出ている。

★よく、賠償請求するのは「カネのため」と謗られますが、それだけの理由ではないのではないでしょうかね。だって実名写真つきですよ。この方は、すごいと思いましたよ・・・・。福島への愛を感じました(でも、再度、言いますが、だからといって、上の「避難を隠している」人を責めるということではありません。だれもが自分と自分の家族が一番大事なのです)。

(とりあえず、ここまで。今後も連載続くかな?)
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