先日、車で1時間ほどのところで講演会があったので、聞きに行ってきました。
強制的に避難指示が出て、関西に避難された方の講演。
告知媒体などから、うすうすは予測していましたが、やはり、会場に集まった方は、浜岡NOの方が多いように感じました。 6~70人はいましたでしょうか。

◆息子が東芝に勤めていて、何号機かに携わっていた。しかし廃炉作業となったということで、仕事がないので、今はアメリカにいる。そういう立場なので、原発反対とは自分の口からは言えない。察してほしい。しかし、私と同じような体験を、もう、他の方にはさせたくない。口には出せないが、私たちの心は決まっています。

ここで会場から拍手です。

◆津波で、みんなが一遍に流されていたら、まだよかったのもしれない、私は、津波で流されても生き残って、助けを待っていた人のことを考えるとかわいそうでならない。人は72時間は生きられます。だれか助けに来っかな、と1日まって、きょうこそ助けが来っかな、と2日待って、3日目、今度こそ来っかなと思っても、誰も助けに来ない。捜索隊が入ったのは何十日も後です。放射能のせいで入れなかったのです。これは見殺しにされたも同然です。

もうこういう話を聞くと、涙が出るし、東電は許せないのだというのも、その通りです。

◆(会場から「どうしてパニックにならずに済んだのか」という質問に対し)、何も教えられなかったからです。言われるままに動くしかなかった。もし本当のことを教えられていたら、パニックになったと思う」「国のいうことはすべて正しいとは思えない。いつもアンテナを高くしておいてください。

情報隠蔽への憤り、ごもっともです。

◆知り合いの子が、避難先で、友達の家に遊びに行ったら、その家の母親に「あなたは入らないで!」と言われて、「私は、どこか悪いの?ばいきんがあるの?」と聞かれた、という話も聞きました。放射能はうつると思われているんです。

もうそれを聞くと悲しくて、本当にひどいことだと思います。

◆津波、地震被害の人たちと私たちとは違う。そういう方々は、家がない。でも、私たちは、そこに家がある。だけれども、帰れないんです。このつらさ。

確かに原発震災の酷いところは、そこです。



しかし・・・・。と、思うのです。

東電憎し、国への不信、そして放射線の曖昧な理解。
この3点で、この方は、左翼と、反原発・脱放射能団体の価値観と重なると感じました。

この方は「帰れない」「除染に意味は無い」と言っていましたが、帰還困難区域なのかなと思っていたら、そうではありませんでした。あちこちで講演していますので、いろいろな方が記事にされていますが、こんなことを言っています。
◆私の地域は避難指示解除準備区域ということで、除染作業が終わり次第、帰宅することができると言われました。しかし、放射能汚染の心配が簡単になくなるわけではありません。山の方から汚染された水が雨や雪によって私達が住む下の土地まで流されてきます。水はやがて海に流れていきます。汚染された土地では農作物を育てることもできません。海で漁れた魚を食べることもできません。国はそのような土地でどのようにして暮らせと言うのでしょうか。
私は避難指示解除準備区域に家や実家のある方で「帰りたい」という方も知っているし、自治体の取り組みも聞いているので、このように断言するのはいかがなものかと思いました。

それと気になったのがもう一つの発言。
◆私は県外の子供からの連絡で、初めて原発が事故を起こしたことを知りました。もし、あのとき原発事故に関する情報をきちんと伝えてくれていれば、多くの人達は自分や家族の体を守ることができたと思います。今後、私達は内部被曝という恐れをずっと抱えたまま生きていかなければならなくなったわけです。私は高齢ですから多少のことは我慢できますが、子供達はどうなるのでしょうか。
この方には申し訳ないけど、こういう知識しかないとしたら、アウトです。




確かに震災の悲惨さを伝えていく意義はあります。しかしながら、アウェイにおいては、福島の被災者を代表して発言しているように理解されます。私は友人や知人と話すときも、そこを踏み外さないよう心がけています。ネットなどでも「これは私個人の考えですが」と注釈をつける方もおられます。しかし、それは余り意味の無いことです。実際、この講演者は「自主避難者や、いろいろな立場の被災者で考え方は違うけれど」と何回か言っていました。でも、その「言い訳」を、聴衆(ネット上では閲覧者)は聞いていません。そして「福島はどこもそうなんだ」「福島の人はみんなそう考えているんだ」って心を動かされてしまう。・・・・・だから、世の中の、あらゆる福島以外のところにある反原発・脱被曝団体は、自分たちは福島の味方なんだと勘違いしてしまうんだと私は思いますね。

このイベントのタイトルは「福島を忘れない」でした。前、通販生活もそんなタイトルで特集を組んでいました。どっちも、福島のつらさ・苦しみを忘れない、なんですよね。

「戦争の悲惨さを忘れない」と「震災、原発事故の悲惨さを忘れない」は非常に似通っています。しかし私が大事だと思うのは「どうしてそうなったのか?」という歴史と背景を知り、そして原因を分析し、それをもとにした今後の再発防止のはず。それなのに、「忘れないで」の切り口でアピールすると、それらがすべてすっ飛ばされてしまい、「戦争反対」「原発反対」だけに集中してしまう。原発即時ゼロだけに焦点を当てているだけでは、どうして日本が真珠湾を攻撃し、どうして負けたのか、うやむやのまま今に至り、近隣諸国等との悪しき関係を打開できない今の状況と同じになってしまう。そして、将来、第三のカタストロフィーが起きたときに、同じようなパニックが起きると、私は予想します。

私は、そういう切り口で福島をアピールしたくありません。悲しみ色に彩られた福島だとは、思われたくないからです。そんな上から目線で福島を見てほしくないなと思います。いや、ほんとにつらいんだ、つらいことを訴えて何が悪いんだ、という県内在住の方や避難の方は多いと思います。ただ、私はそういう手段はとれませんし、とりませんということです。

友達が言っていました。震災をきっかけにした福島アピールだとしたら「がん治療の聖地」だったり、「世界最高の食品検査体制」だったらどう?って言っていました。このまえ紹介した医大と豊橋技科大の介護ロボット「テラピオ」開発実践の地も、それに入りますね。そんなふうにしていければ・・と思います。

アウェイの私は、福島に寄り添えませんが、自分がアウェイである意味がきっとあるんだろうと思って、今後も今までのように世の中や福島を見ていきたいです。

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