私のような「カン」で生きるような人間は、
不運のときに、「科学的とは」、ということをしみじみ考えます。
このところ、ツイていない・・・つまり運が悪いということが続けて起きました。普通は、なにか不幸が起きても、自分の努力不足とか、必然だとか思うので「しかたないな、自分が悪いもんな」と思うんですが、そう感じられない場合の話です。そして、それは「他者によってもたらされた不運」「他者の介在があって起きた不運」と思ってしまいます。

【1】接触事故

3月末に、右方向から来た車が私が止まっていた細い道に進入してくるのと入れ違いに、私が出ようと大通り側に右折したら、その車の後ろにいた車と接触しました。
私が真っ先に思ったのは「なんで私が出るまで待っててくれないのよ」です(自分の読みの甘さは棚に上げてます)。つまり「私が出る間止まっててくれたらよかったのに」です。つまり「あなたが止まってくれたらぶっつからなかったのに」です。

ところが、その相手は「自分は止まっていた」「Kさんは、俺の車に目が入っていなかっただろう」という言い分です。

私も、事を荒立てたくないので、「相手が止まっていたというのなら止まっていたんだろうけど・・・(なんか納得いかないな)」というスタンスでしたが、保険会社によると、「科学的に言うと、相手が止まっていたとしたら、Kさんの後輪が相手の車にぶつかるということは、内輪差の関係からありえない」とのことです。

私のカンは間違っていなかったのだと思うにつけても「科学(論理)というものは素晴らしい」と、思いました。科学が自分の曖昧な記憶・感覚を、客観的に証明してくれるというのは、こういうことなのか、と。

今、相手にその調査結果を通達しているところだそうですが、返事がないそうで・・・。

【2】外科的手術の後、急激にはぐきが腫れてきて、十中八九抜糸と言われた

歯茎のところをメスで剥がしながら歯の根っこの掃除をするという外科的手術をした歯の歯茎が、その後、ヘンなふうに腫れてきたのですが、「神経のない歯なので恐らく破折(歯にヒビが入っている)。実際に冠を外してそれが確認されたら抜歯します」と言われてしまってかーなーりー落ち込んでいます。

ネット相談で聞いてみても2人の歯科医が「外科的手術と破折に因果関係はないと私も思います」とのことなので、恐らく、関係はないのでしょう。

しかし、科学的にそう言われても、感覚的には、「ホントかいな・・・」と思ってしまいます。根の治療(神経を抜く)をしたときに、どうだったのか?とか、あれほど歯の周りをいじったり、仮歯をつけたりはずしたりたたいたりなんだりしているじゃないかと。

しかも、私は、その手術をその歯にやるとは思っておらず、下の歯で成功したらすぐ上も、と言われ、予約入れたもののやっぱりイヤで一度延期してもらった歯です。そう思うと、やっぱり中止してもらえばよかった・・・と思ってしまう。それにどうやら、その手術をやらなくても予後はあまり関係がないというデータもあるようで(あとでネット相談で聞いた)。

しかし当然のように歯科医は「破折の原因はわかりません」、それは科学的に正しいことだと思います。




科学というのは、自分の「カン」と重なる、もしくは「カン」を客観的に証明してくれる場合は、すばらしいもの(【1】の事例)と感じます。でも

自分の「カン」とは相反することを、科学的に説明されても、納得できないものなのだなーと、しみじみと感じました(【2】の事例)。逆に、科学的に理路整然と言われれば言われるほど、私の心は主治医から離れていっているのです。「インプラントをすすめるのは、金儲けしたいからなじゃないのか?」という余計な探りまでしてしまいます。

信頼感がないと納得できないものですね。

放射線について「リスクは量の問題だ」と思えない方が、少しの量でも「生理的に」受け入れられない気持ちは、【2】の状況である私と重なると思います。

納得できない理由を分析してみると・・・

1)説明者が自己弁護をしているように聞こえる。利害関係のない第三者が言うのなら別。
 放射線の問題)原発推進の御用学者だから「安全」て言うんだろう
 私の場合)歯医者が、自分のせいだとは言うはずないだろう

2)自分の外からやってきたことである
 放)自分は何も悪いことしていないのに
 私)外科的手術やろうとしつこく言ってきたのはそっち。私はそんなのやりたくなかった

3)相手が「自分は正しい」「科学は正しい」と言って譲らないのが癪である。正論なら何でもよいのか?私はバカなのか?
 放)頭ではわかってもイヤなものはイヤ
 私)私の歯がご臨終するということについて、一言もないのか?まあ歯医者にとって抜糸なんて日常茶飯事だもんね

このような私の「科学者(歯医者)への不信感」を解く手立てがわかれば、放射線嫌いの方の心を解きほぐすヒントにもなるかもしれません。




それにしても、下のアトピーの薬の件にせよ、食品添加物にせよ、歯医者の件にせよ、自分はつくづく科学的な人間ではないのだとしみじみ感じるところです。前の2つの件では「リスクは量の問題」であること、そして3件目の「因果関係は不明」ということ、それを理解(納得)するのがどうしてこんなに難しいのだろうか?

こんな私が、かなり早くからどうして放射線について「恐らく、そんな大変なことにはならないだろう」と確信めいたものを得たのか、不思議です。前も書きましたが、まずは夫(単位を見ろ、確率を無視するヤツ=武田邦彦=を信用するな)、それから会ったこともない医大の宮崎先生(福島にとどまりここで医療を続けるとの断言メール)、それから科学記者の先輩(これ以上避難指示は恐らく出ないという見通しと、県は頑張っているという客観的評価)、この3人がいたからだと思います。私は運がよかったです。
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