ここ何週間の漫画の騒動がようやく一段落です。
連載終わるまではと、書くのを控えていました。

これまでのことを振り返って、メモ書き。

◆バッシングを非難する人の言い分は大きく分けて2つ。
【1】言論・表現の自由を守れ
【2】政府不信
  ①たかが漫画に政府を始め権力側が騒ぎすぎだ。不寛容な社会。「福島」については何も言えなくなるのでは
<<参考>>

5月19日朝刊 「中日春秋
「風立ちぬ」の喫煙場面が気に入らない。ドラマでの児童施設の描き方が許せぬ。鼻血の科学的知見がない。・・・・・作品表現などへの不寛容さ。ネットの群衆による加減を知らない批判。その「潔癖さ」にたじろいでしまう。衝動的、興奮しやすい、大げさ、単純、極端-。フランスの社会心理学者ル・ボンが群衆の性質をそう指摘しているが、今の世間にも一部当てはまる。

 
 ②原発再稼働をしたいから放射能汚染を隠蔽しようとしている

→私の反論は
【1】言論の自由のためなら福島県の人の基本的人権を侵害してもいいのか。
【2】①「不寛容な社会」に対する反論は難しい。でも「たかが漫画」とは私には思えない。
  ②福島県の人の多くは、再稼働に反対の立場だ。「再稼働」と「放射能汚染の度合い」は全く別の命題

◆漫画家や編集部の「風化を止めたい」などというのは、左派的な視点からの偏った見方。結局は、三者に分かれたまんまで、不安な人は不安の根拠のお墨付きをもらったという話。
①不安派*避難した人は救われたかもしれないが「福島県には住めない」という登場人物の言葉を受け、県内在住の人はイヤだろうし、新たに苦しんでいる人もいると思う。批判を読んで②に移行できれば、この漫画の意味はあったと言えるが、その期待は薄いのではないか・・・・
②科学派
③無関心派*「やっぱり、ホントは怖いんじゃないの?」という人が増えてしまったかもしれない。不明。

◆以下の3つの定義が曖昧、もしくは社会的共通理解が得られていないから、こういう騒動が繰り返される。
1)「リスクを量でとらえる」ということについて。
 ×人工コワイ。ちょっとでもあればコワイ
 ○自然でもコワイ。「全体の中でその量がどれくらいかをイメージし、安全かコワイかを測ろう」
2)「わからない」ということについて。
 ×将来、どうなるかわからない
 ○因果関係を証明することができないほど、影響が小さくてわからない
3)放射線による健康影響と、原発再稼働は別問題。分けて論ずるようにしないと日本は滅びる
 ×健康影響がないから、原発推進
       →左派がこれを裏返し、以下のようなヘンな三段論法を広める。
 ×健康健康があるから、原発反対
       →だが、福島県の人々の多くは、以下の意見。
 ○健康被害はない。それとは別に、原発反対 



「たかが漫画で」ではなくて、「たかが鼻血で」のはずなのに・・・・と、ずーーーーっと思っていた。鼻血なんて誰だっていつ出るし、1度出ればそこが傷つくから、何回も繰り返して出続けるものなのに。そして、3年以上も経つのに、どうして鼻血を被曝を結びつけるのだろうか?進歩はないのですか?と。

生物学者のbloomさんに、震災1年のころ、「関東に住んでいて、被曝の影響で鼻血なんて言っているのなら、茨城から原発方面の人々はみんな死んでますよ」と聞いたことがある。なるほど・・・と思った。これは非常にわかりやすい表現なので、たびたび応用している。

あるサイトでこんな書き込みが(震災1年の3月。要約)

私は都内都在住で2歳の子供がいます。震災後一度も帰省していません。東北新幹線で通過するだけで被曝すると聞きました。それが本当ならこれ以上余計に被曝させたくないので帰省は避けたいです。でも、大体通るだけで被曝するとか本当なのか疑う思いもあります。あるいは本当だとしても大したことないと割り切ってしまってもいいのかと言う気持ちもあり、気持ちが揺れています。皆さんは帰省されていますか。皆さんのご判断を参考にさせていただきたいです。
よろしくお願いします。



福島を通るだけで被曝か!と頭にきた私は書き込んだ。

東北新幹線についていえば、もし通っただけで被曝とかいうならば福島県民、とっくにみんな即死してることになるのでは・・・。
※「関東で内部被曝の症状が出ているっていうなら、福島では、もうとっくにみんな死んでなきゃいけない話」って、この前、生物学者の方から直接聞きました。それをもじってみましたが。伝わりました?
不安視される低線量被曝は、「確定的影響」ではありません。「確率的影響」です。
「急性」ではなく「晩発性」障害です。
だから、その「何万分かの一人」の確率に当たらないように生きればいいのです。
http://www.bio-function.co.jp/LD/LDBIOL.html
http://jein.jp/blog-einstein/767-blog-87.html?showall=1
「放射線の影響はあなた次第」ということがわかると思います。
あ 私は福島市の実家に3回帰っています。みんな元気でしたよ。福島の復興を殺すのは、「放射線」というより「偏見」ですので、よろしくお願いします。



・・・・今読み返すと、ホント、キッツイ言い方していますね・・・。もうこんなふうには言うことは、ありませんけどね・・・(私にも余裕が)。

そしたら長い長いレスがきて、ようはこういうことが書いてありました。

それでも、通ってどれだけ被曝するかとかいう話が、福島=放射能汚染でひとくくりにされ、子供が将来差別を受ける発想に結びつくとは、私の率直な感想としては理論の飛躍と思いますが、そう取られる方もいるのですね。



まあ、そのあとも、何を大事にするかは本人次第、不安だと思う気持ちはとめられない、感情的に書いてすまないという言い訳を長々と書いていました。

でも、私の発言には、100近くの「その通り!」を表すマークがついていました。質問者の最初の文は、一桁、答えは10なんぼかでした。・・・・・だって、「通っただけで被曝」なんて。住んでいる人がいるのに。これを偏見といわずしてなんといいましょうかと。

その方に言ったのと同じで、井戸川氏にも「あなた程度の被曝(だってすぐ埼玉に行ったよね?)で鼻血が出ているのなら、福島に住んでいる人はみんな死んでいますよ」と言うのがいいかなと思います。

意識高い系のインテリが、「自民党は過去に国会で、現地の人が鼻血が出てどうのこうのと言っている。それなのに、鼻血と被曝の関係がないなどと、自民党員が言うのはオカシイ」と言っていた。・・・しかし3年が経っているのだ・・・。3年前、あのときの混乱を、意識高い系のインテリは忘れたのか? 私も鼻血と被曝は関係ないと頭では理解していながらも、「なるほど!!」と感覚的にわかったのは、bloomさんのお話を聞いた時だ。それは震災1年だ。・・・・3年たった今だから、多くの人が言えるのだよ「鼻血と被曝は関係がない」と。

◆一番端的に私の気持ちを代弁してくれたのが、開沼博氏の談話(読売5月20日朝刊)

「この3年間、放射能や被災地をめぐる乱暴な議論は繰り返されてきたが、漫画とはいえ、またかという感じがする。表現の自由を巡る論議や不十分な科学的議論でいたずらに対立をあおるのではなく、現に被災地に人が生きていることから考え、検証しなければ、同じような被災者を傷つける事例が繰り返されてしまう」

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