府中市教育委員会委員長を務める崎山小児科医院院長、
崎山弘氏の院内報コラムをご紹介します。我が家の東京在住時代の主治医です。
「安全の証明」と「安全性」
東京都府中市・崎山小児科 院内報「ケロケロ通信」第183号より(2014年6月号)

マンガ雑誌の記述をきっかけとして、「安全の証明」という言葉が頻繁に聞かれるようになりました。「安全が証明されないのであれば、危険なものとして避けるべきだ」。多くの人が惑わされる表現です。良く理解できずに善意で賛同している人はよいのですが、人をだまそうと悪意を持ってこの言葉を使う人もいるので要注意です。

安全性が100%であるものを白、危険性が100%であるものを黒とします。「安全であることの証明」を求める人は安全性100%でなければ納得できない、灰色つまり真っ白でないものはすべて黒として扱う、黒が含まれていない証明が安全と認める最低限の条件という言い方です。実はこの証明は不可能です。

安全性と危険性は、1%の危険性と99%の安全性、80%の危険性と20%の安全性などのように、安全性と危険性を加えて常に100%です。

この危険性はどれだけ小さくできても0になることはありません。「ミョウガを食べると物忘れがひどくなる」と俗に言われますが、ミョウガを食べても物忘れがひどくなる危険性がゼロであることの証明はできません。あなた自身の存在が世の中に対して危険性がゼロであることの証明も不可能です。三日後に交通事故を起こすかもしれない、いずれ他人にインフルエンザをうつすかもしれない、日常的な会話が相手を傷つけているかもしれない、あなたの判断で勤務している会社が損失を被るかもしれない。危険性がゼロの証明は不可能です。

では、安全性の証明とは何を示すのでしょう。危険性がゼロであることではなく、日常生活の中では「危険性が納得できる範囲内であること」の提示を、安全性の証明と認識しているのです。納得できる範囲には個人差がありますから、同じ状態であっても「安全」と思う人と「危険」と思う人がいても不思議はありません。

放射線の危険性(安全性)について全く知らない人が多いときは、多くの人に知ってもらうために、話題提供をすることに意味がありました。今は放射線の危険性を小さく保つ努力を続けることが安全を守る行動であり、その支援が必要な時期になっています。いたずらに不安を煽る言動は慎むべきでしょう。




崎山先生には震災後すぐより、その院内報で、放射線の解釈の確かさ・わかりやすさを教わり、非常に心救われました。

東京という福島産品一大消費地で、母親と相対することの多いクリニック院長の発信と実践には、本当に意義深いことです。
崎山先生のことは過去にも何度も紹介していますが、(医師として)病気の子供だけでなく、(教育委員長として)健康な子供も見ているからこその、深い深い子供への洞察力と温かなまなざしをお持ちだと、私には思えます。

過去に紹介したものは以下のような感じです。ごらんください。
「目に見えない放射性物質はどの程度怖いのか 」2011年4月号
「放射線量等、データ(数値)にとらわれる弊害 」2011年6月号
「東京・崎山小児科医院(府中市)における放射線測定結果」2011年12月号
「安全は与えられるものではない」2013年6月号
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