5年の国語のテスト(光村の北島康介の話)の裏に
本県だけだろうか? 原発事故後の児童作文。
出典が「平成23年度『すなやま』」となっていて、多分、優秀な児童の本県の作文集だと思うのです。子供は静岡県伊東市の女子児童の実名が(多分5年生)。

読むと途中、泣きたくなってきます。おじいちゃんの気持ちが痛いほどだし、この児童の気持ちも、おじいちゃんを思う気持ちにあふれているし・・・。これは今から3年前の夏の話のはずですね。6月ごろから20mSv/h問題で世の中が揺れはじめ、「おじいちゃんの家に行きたい」「すいかを送って」と願う5年生。今は中2ですね。この後日談が知りたいです。

うちの次男と同じ年のはずです。次男も3年前、夏、「放射線に負けないで 福島」という自由研究をやったんだ・・・(これが表紙と目次)。子供の成長を見ると、3年とはいかに長い年月か・・・と思います。




「おじいちゃんの家」

わたしのおじいちゃんの家は、山に囲まれていて、家の近くには畑があります。空がとても青くて、空気がおいしくて、夏はセミの大合唱が聞こえてきて、夜になるとホタルが光って、外灯には、カブトムシやクワガタが飛んでくる、自然いっぱいの所にあります。

おじいちゃんの家に遊びに行くと、おじいちゃんが育てたなすや、きゅうりや、トマトや、すいかをとって、冷たい井戸水で冷やしたすいかを食べたり、広い庭を走り回ったりしています。

今年の夏休みも行きたかったのに行くことができませんでした。なぜなら
「今年は来るなよ。」
と、おじいちゃんから電話があったからです。おじいちゃんが住んでいるのは福島県なのです。

3月11日の地震と津波で、原子力発電所の事故が起こり、そのえいきょうで放射性物質の数値が高くなってしまいました。町の一部はひなん区域になっているそうです。ひなん区域になっていないおじいちゃんの家の近くには、仮設住宅が建てられ、ひなんしてきた人がたくさん住んでいると聞きました。
「もう少し地震が減って、原発が落ち着いて、放射線の数値が低くなったら遊びさこう。それまでがまんしてな。」
と、おじいちゃんが言いました。

まだ、小さい地震が多いそうです。わたしは心配になったので、聞いてみました。
「大丈夫だ。」
と、おじいちゃんは答えました。わたしはもっと聞いてみました。
「井戸水は飲めるの?」
「検査してもらったから大丈夫だぞ。」
「畑の野菜は食べられるの?」
「それも検査したから、じいちゃんは食ってるぞ。」
「おじいちゃんのすいかを宅急便で送ってくれる?あまくておいしんだよね。」
すると、おじいちゃんは少しだまってから、
「今年の野菜は、じいちゃんが全部一人で食うって決めたんだ。」

原発事故のくわしい内容やむずかしいことはわかりませんが、放射性物質が飛び散り、空気や土がよごれ、ひなんしなくてはならない人が大勢いて、食べ物や水も検査しなくてはならなくて、悲しんでいる人がたくさんいることが分かります。わたしのおじいちゃんもその一人だと思います。

一日も早く、以前のような美しい福島になって、みんなが笑顔でくらせるようになってほしいです。来年の夏休みは、おじいちゃんの家に行って、野菜を食べたり、ホタルを見たりしたいです。
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