昨日は、朝6:01発の福島発で早朝よりバタバタと。
もう既に届いていた福島民報をちらっと見ると、
「8月15日の新聞、送ってちょうだい」

聖光学院と、開沼さんのお話と、坪倉先生や南相馬か相馬の主婦の方が放射線冊子を作ったという見出しが目に入り(もちろん朝は忙しく読めず)、まさか父母が読む前に持っていくわけにもいかないし、そんなことをしたら野球命の甥っ子が(なぜか甥っ子の家は朝日をとっているため、いい記事があると実家の民報を持っていく)怒るので、じゃあ福島駅で買えばいいか・・・と、出発。

しかしながら、福島駅のわきの本屋さんも、キオスクもあいていない!!まずった。

福島から黒磯だから、途中で買えないし・・・

と、思って、まあ開沼さんのはネットで読めばいいのかと思ったが、ナンボ探してもヒットしない。なんでか・・・。私の探し方が悪いんだろうが・・・。
琉球新報に、似たような?のが写真でアップされていたが、民報単独の記事じゃないのかな?不明(よりによって琉球新報か・・・と)。

それで母に電話してあとで送ってとお願いした。そしたらやはり、甥っ子が持っていってしまっていたらしい。・・・確か2面か3面かだったから、野球のページと重ならないとは思うが・・・どうだろ?(切り取っているらしい 汗)

祝・聖光学院一勝

そう。。。福島にいながら聖光学院の勝利を現地で(??)体感できたことは、今回の帰省はとってもうれしい出来事でした。静岡高校が初戦敗退したから特に。
・・だって・・・9回表、あのパターン、福島の場合、アレ絶対逆転負けの流れだもん・・・今まで何度も何度もああいう場面て体験してきた気がする。アルプススタンドの応援者も、もう、まだ負けてるのにすっかり勝った顔だった。聖光ナインは、アウェイで、よく、頑張ったな・・・!! もしかして震災後初勝利ですか? 違うかな。

私が帰っていたときは、福島はとても涼しかったです。今は雨だそうですね。

今回も浜通りに行きましたが、写真をバチバチと小5の子が取りまくっているうちに、破壊してしまい@@@@@@@@
幸い、それまでの写真は撮れていました。

「何も変わらぬ」は「借り物の言葉」・・・

ネットなどの情報によると、開沼さんは「変わっていない、なんてことはない、ダイナミックに変化している」というようなことを言っているみたいですね。

私の感覚では、中通りは至って平穏なままですが、浜通りは、あちこちが、変わっていましたね。復興の槌音、目で見えました(つまりそれは写真で表現できるということです)。進んでいるんだな!とうれしくなりました。

しかし、確かに、変わっていない部分もありました。

ちょうど、子供が浜通り行ををまとめていて、でかでかと「3年5カ月たってもなにもかわっていない!」と書いていたとこでしたので、ありゃーまたこれも借り物の言葉と言われるかなと、ちょっと思いましたが・・・

子供の撮った写真で、その1カ所、ほんとうに「何も変わっていない」のがあったのです。それで「1年たっても変わらないね」と子供が言ったのですが、「イヤ違うよ、2年5カ月までこうだったの。それが、この写真。そして、1年経ったのが、この写真。だから、3年5カ月、変わっていないってことよ」というと「そうだったのか」といい、その「3年5カ月・・・」という言葉が出てきたようです。

「どうしたらいいと思う?」ということを考えさせてみてますが、「う~ん・・」難しいもようです。

草ぼうぼうだけでもなんとかならないのか

進んでいるところと、進まないところが混在しているのが、今の浜通りですね。やはり、どうしても、「変わってきた」と思いたいのは人情だし、まとめているとそういう希望にすがりたくなる。ですが、「変わっていない」状況にある人にとっては、ほとんど変わっていないのに、わざわざ少しだけの、進んでいる部分を取り出しただけなんじゃないの?と言われても、おかしくないかも・・・、とも思ったりもした。

ただ、私が思うに、避難区域でも、その家の人が、こまめに訪れている家、震災以来そのまんまの家が、バラバラに混ざっている気がするのです。そこを「平等性」や「自治体の枠組み」で切っているがために、全体的に「時が止まったまんま」に見えるのではないか、と。まあ、ここは子供と話してみたりして、ちょっと考えてみたいです。だって、あの草ぼうぼうをみると、ホント、精神がやられると思う。川縁の道を走っていたら、草が迫ってきて、これ、この先進めるのか、本当に怖くなったし・・・・一体、どうなってんの? と、思う。

でも、確かに手入れのあとは、あちこちにあるし、昨年よりも、はるかに人や車の気配が増えているのを感じたのは事実です。

まあ・・・またこの辺の詳しいことは、子供のまとめがまとまったら、また写真含め飯坂温泉ブログにアップしたいと思います。

「遠い浪江」を近づけたのは

浪江町立ち入りについては、私は通行許可証をとりましたが、一応、友人がいるから行けたけれど、そうでもないと、一般の方はなかなか行きづらいと思う。その辺、もう少しどうにかならないかな、と思います。

あと、114を通るには、帰還困難がかかるので国に申請が必要だし、個人線量計とかスクリーニングとかかなり細かく手続が必要になるために今回も断念。でも、昨年調べたところいよると、通り過ぎるだけならそれほどのものはなさそうなんですよね・・・。タイヤにくっついて入るってこともそう心配ないみたいだし。ほんと、浪江から福島に帰るのが遠くて・・・。114が繋がっていたらどんだけ近いんだろうな~と思いました。6号から主要地方道12号、349、114に入って・・という感じでしたが。疲れた~~~~

中通りの私の身内や友人に聞いても、なかなか浪江に行く、という人には出会いません。浪江出身とか親戚がいるとか、何かそういう基盤がない限り、行こうと思わないのかもしれません。私もなんで行こうと思ったんだっけ、と考えたら、浪江出身の友人に「見てきてほしい」と背中を押されたのがきっかけでした。やっぱり、こういう距離感を飛び越えるのは人と人とのつながりなのでしょう。
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