先日、同僚のお子さんが交通事故で亡くなりました。
交通量の多い交差点で、バイクに乗っており、トラックと衝突。お通夜に行きましたが、同僚の心中を思うと・・・・顔も見られませんでした。
きょう、配達のため自転車で走りながら、この交通戦争の現場を、よく自分は、毎日毎日荷物積んでふらふら走っているなあと考えてしまい、曲がるところを通り過ぎてしまいました。いかんいかん。上の空は事故のもと。

原発事故のあと、原発をなくせという人は多いけれど、交通事故がこれほど多いのに、車やバイクをなくせという人はあまりいないのはどうしてなんだろうなどと考えました。
たとえば、高齢者の免許返上促進運動は、なかなか浸透しません。わざわざ高木ブーさんの返納がショーになりニュースになるほどですからね。。。
一方で、「自動運転を標準装備に」という動きがあります。さらに技術を進化させ、安全を守ろうという発想です。科学的です。

つまり今の世の中は、「危ない」からといって後戻りという選択はない、ということです。

科学とはそういうものであると吉本隆明氏が言っていました(日経201180805)。
原発をやめる、という選択は考えられない。原子力の問題は、原理的には人間の皮膚や硬いものを透過する放射線を産業利用するまでに科学が発達を遂げてしまった、という点にある。燃料としては桁違いに安いが、そのかわり、使い方を間違えると大変な危険を伴う。しかし、発達してしまった科学を後戻りさせるという選択はあり得ない。それは、人類をやめろ、というのと同じです。
だから危険な場所まで科学を発達させたことを人類の知恵が生み出した原罪と考えて、科学者と現場スタッフの知恵を集め、お金をかけて完璧な防禦装置をつくる以外に方法はない


この吉本氏の意見に対し、「原発だけは例外。こういう理由だから」という腑に落ちるような見解を、読んでみたいです。反原発ありきの、長くて怒りのこもった文章だけは、いっぱい、ネット中にあるんですけどね。
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