キクマコ先生は、鼻から入れる胃カメラについて、こう書いています(「科学と神秘のあいだ」より)。
「これはすごいよ。全然苦しくない。人によって、向き不向きもあるだろうけれど、僕には向いているらしい。(略)技術の進歩って本当にめざましい」
この章では、胃カメラによってがんが見つかる確率のことを書いているのですが、キクマコ先生が意図しているいないに関わらず、私には明確なメッセージが伝わりました。
つまり、「鼻からの胃カメラは、自分は苦しくなかったけれど、万人にとって絶対ということではない」。

仮に、「これはすごいよ。全然苦しくない。技術の進歩って本当にめざましい」という文章だったら、キクマコ先生の言うことを信じて鼻からの胃カメラを受けてみて、それが苦しかった場合「嘘じゃん」と毒づきたくなります。
キクマコ先生はそうは言っていません。また、苦しくなかったのは、鼻から入れるというメカニズム(技術の進歩)に加え、医療者の手技が優れているとか、キクマコ先生の体調などいろいろな条件が重なって、マル、となっただけにすぎないかもしれません。

「鼻からの胃カメラと自分は相性がいい」というのと近いのかな。

例えば最近、私、ほおの耳の近く側の部分がざらざらになっていて気になっていたのですが、もしかして、マスクの種類を替えたからではないか?と思い当たりました。前使っていたのよりも、もっとお高いものにしたのです。前の材質は「PP不織布」で高いのは、「PPスパンボンド不織布」とあります。どう違うか調べてもよくわかりませんが・・・「高かろう良かろう」ではなくマスクとの「相性」があるということです。気づいてよかった。お安いのに戻したら、ざらざらが治ってきました。

あんな情けない男なのに、あの娘は彼に惚れている・・・という場合、男の価値は「絶対」なものではなくて、「相性」の問題だというのと似ています。「相性」というのは、人と人だけでなく、人と物等にも当てはまりそうです。
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