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東浩紀「ゲンロン0 観光客の哲学」、これは長いし難解なんですが、絶賛している人が多いのですよね。
しかし一体、どんだけの方がこれを読み通しているのだろうと不思議な気持ちがします。

ということで、私はわかるところだけを拾い読みです。確かに、ある部分部分は非常に「なるほど!!」と思えて、東氏は、ちょっとなあ・・偏見を持っていた私も、だいぶ見直してしまいました。同様に、「福島の人よもっと怒れと言った東浩紀」「福島原発観光地化でバッシングされた東浩紀」というイメージを持っている方に、おすすめしたい本です。

予約本なので、私にとっては大事な部分を転載して早く返さなければ。いろいろ考えたことがあるので、あとでリンクして書いてみたいと思いますが・・・




ぼくは2013年に「福島第一原発観光地化計画」という本を出版した。福島は2011年の原発事故で世界的に「有名」になってしまった、その状況は覆らない、だとすればその状況を逆手にとり、被災地を広島やアウシュビッツのようにダークツーリズムの「聖地」にすることは考えられないか。そのような提案が書かれた書物である。(略)

この本の出版は激しい反発を呼んだ。内容以前に「観光地化計画」という名称への強い批判が寄せられた。また、東京出身で、福島に縁のないぼくがこのような本を出版したこと、その事実そのものへの反発も強かった。加えて決定的だったのが、福島県出身で社会学者の開沼博が、同計画の参加者で、前掲書へ寄稿しているのにもかかわらず、本が出版されると態度を翻し、批判者へと変わったことである。(略)批判は、ほとんどが内容に関するものではなかった。

開沼の主張は、要は、福島イコール原発事故を強化する試みはやめろというものである。福島には原発事故以外の多様な側面がある。被災者は原発事故以前から生きているし、以後も多くは原発事故と無関係に生きている。被災地に関わるならば、まずはその日常感覚を受け入れるべきではないか。そこで「観光地化」などと言い出すのは彼らの気持ちを踏みにじるものではないか。

その主張は理解できる。福島の人々が、福島を原発事故のイメージで塗りつぶすのは暴力だと感じることは当然である。そもそも福島県は広く、事故が起きた浜通り地域では同じ福島でも会津から100キロ近くも離れている。福島県の多くの地域には、同じ福島でも原発事故の影響はほとんどない。開沼はまずその事実を啓蒙すべきだと考える。ぼくはその点で開沼と同意見である。

けれども、ぼくが疑問に思うのは、まさにそのような啓蒙が万能ではないからこそ、観光地化の提案が必要なはずではなかったかということである。言い換えれば、ぼくの提案は最初から開沼の啓蒙の「あと」にあるはずなのに、なぜそれを無視して批判するのかということである。

観光とは現実の二次創作だという観点から考えてみよう。福島が原発事故のイメージで塗りこめられてしまうとは、本書の言葉で言い換えれば、福島のイメージが、もともとの現実(原作)を離れて、事故の印象を中心に「二次創作」されてしまうことを意味する。福島の二次創作、いわば「フクシマ化」は、ときに「風評被害」と呼ばれている。震災から6年が経ち、風評被害の認識も広がり、国内では福島と言われ原発事故を思い出すひとはかなり減ってきている。けれども国外ではそう簡単にはいかない。国内には「原発事故以前の福島」(原作)を覚えているひとがたくさんいるが、国外ではそうはいかないからである。国外では福島の名を原発事故(二次創作)ではじめて知ったひとが多い。

そこから生じるであろう状況は、日本でいま「チェルノブイリ」がなにを意味するかを考えてみればたやすく想像できる。チェルノブイリにも事故以前の長い歴史がある。豊かな自然もある。実際に後述するように、いまのチェルノブイリは放射能汚染の点でかなり回復を遂げている。そもそもチェルノブイリの事故から、もう30年以上もの月日が流れているのである。けれども、日本人のどれだけが「現実のチェルノブイリ」を想像できるだろうか。いまだに「放射能で汚染された不毛の土地」「奇形の子どもが生まれた呪われた土地」といったイメージに囚われているのが、たいていのひとの限界なのではないだろうか。だとすれば、福島についても同じことが起きると考えるのが合理的である。「フクシマ」は国際的には、チェルノブイリと並ぶ原発事故や放射能汚染の代名詞になっている。被災者がどれほど不愉快に思ったとしても、福島がそのような特別な地名になったことは事実である。

では、その現実に対してどのような態度を取るべきか。むろんぼくも、まずはフクシマの虚構性に抗うべきだと考える。ぼく自身、チェルノブイリで似た試みを行っている。ぼくの会社では、「チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド」の出版後、1年に一度、希望者をチェルノブイリの旧立入禁止区域と事故を起こした原発構内に案内するツアーを開催している。ツアーはすでに4回実施され、参加者は100人以上にのぼる。そこで彼らが口を揃えて漏らすのが、チェルノブイリは想像していたよりもはるかに「ふつう」だったという感想である。「ふつう」というのは、つまり、「放射能で汚染された不毛の土地」という二次創作とは関係のない日常がそこにはあったということである。そのかぎりでぼくは、福島を原発事故のイメージで塗りつぶすなと訴える開沼と、ほぼ同じ立場で活動しているものといえる。

しかし、ぼくは福島については、もういちだん複雑な戦略を立てるべきだと考える。そして出版したのが「福島第一原発観光地化計画」である。

いまや世界には福島の二次創作(フクシマ)ばかりが流通している。その現実は原作(本来の福島)を大切にする人からすれば耐えがたいだろう。開沼はその耐えがたさを訴える。いわば彼は原作厨の立場に立っている。その気持ちは尊重されるべきである。しかし同時に、このポストモダンの世界で、二次創作を決して消し去ることができないこともまた事実である。フクシマをめぐる幻想は、これからどうしようもなく再生産され続ける。だとすれば、そのような二次創作=フクシマの流通を逆手にとって、人々の一部でも原作=本来の福島に導くことはできないか。つまりは、原発事故以外の福島について情報発信するだけではなく、まったく逆に、「事故現場を見てみたい」「廃墟を見てみたい」といった感情を逆手にとって福島の魅力を世界に発信する。そのようなプログラムは考えることはできないか。ぼくが行ったのはそのような提案である。

原作を大切にしてもらうためには、いちど二次創作を通らなければならない。これはいっけんわかりにくいかもしれない。論理だけ追えば、言葉遊びのようにも見えるだろう。けれども具体的にはとてもわかりやすい話である。たとえば、ぼくがいまチェルノブイリに人々を案内することができるのは、彼らが二次創作のチェルノブイリ(放射能汚染の不毛の土地)をいちど信じたからである。原発事故がなければ、そしてチェルノブイリが「ふつうではない」と思わなければ、だれがわざわざウクライナの辺境の田園地帯まで赴くだろうか。同じように開沼が「はじめての福島学」を出版することができたのも、そもそもあの事故があったからのはずである。原発事故がなければ、そしてモンスター化したフクシマが流通しなければ、なぜわざわざ福島学など構想する必要があるだろう。二次創作がなければ原作への回路もない、そういうことはありうるのだ。(略)

ぼく自身もまた、最初にチェルノブイリを訪れたときには、幼稚な幻想しか抱いていなかった。ひとは、自分が「ふつうではない」と思いこんでいた場所に赴き、そこが「ふつう」であることを知ってはじめて、「ふつうでない」ことがたまたまそこで起きたという「運命」の重みを受け取ることができる。「ふつうであること」と「ふつうでないこと」のその往復運動こそが、ダークツーリズムの要である。

これは空理空論だろうか。そうかもしれない。そうでないかもしれない。いずれにせよ、ぼくは「福島第一原発観光地化計画」で、以上のような水準で観光地化の必要性を提案したつもりだった。それは実践的であると同時に理論的であり、哲学的であると同時に政治的な挑戦のように思われた。

けれども残念ながら、そのようには理解されず、議論も広がらなかった。復興事業は生々しい利権が絡む世界である。書き手のキャリアも関係する世界である。ぼくにはその生々しさを乗り越える賢さやタフさに欠けており、結果として観光地化の提案は、宛先を見失ったまま空中分解してしまった。その結果については、ぼくはいまも自分の能力不足を痛感している。

いずれにせよ、ぼくの提案は権力や資本と関係していなかった。ぼくの福島をめぐる提案は、純粋に知的かつ倫理的な関心に駆動されていた。本書にはその関心の核心が書かれている。その点では本書は「福島第一原発観光地化計画」の続編でもある。




現代のSNSのユーザーは(とくに日本では)しばしば「本アカ」と「裏アカ」を使い分ける。前者は、ユーザーの実名と紐づけられ、現実の友人や知人も読むものと見なされているアカウントで、後者は、実名から切り離され、匿名でだらだらと好き勝手なことを書いてよいと見なされているアカウントである。

この区別を援用して説明すれば、ギブスンが書いたのは、いわば本アカと裏アカがきちんと区別できている世界である。サイバースペースへの「没入」とは、つまり裏アカへのログインだ。サイバースペースの比喩に引きずられた1990年代の情報社会論は、裏アカの確保がいかに人間を自由にするか、その肯定的で開放的な側面ばかりを強調していた。そして、それはまた、主体の分裂を夢見るぼくたちの時代によって、いかにも都合のいい言説でもあったのである。ネットワークはぼくたちを「分人」にしてくれる、万歳!というわけだ。

けれども、2017年のいまでは明らかなように、情報社会の怖さというのは、まさにその夢が夢でしかないこと、すなわち本アカと裏アカの使い分けがだんだんできなくなっていくことにあるのである。本アカと裏アカの区別はしばしば失効する。実名が暴露され、「炎上」する。そのような光景は日常茶飯事である。しかもそれだけではない。より恐ろしいのは、本アカと裏アカの使い分けを、その使い分けをしているはずの当人もだんだんできなくなっていくことだ。虚構で毒を吐き続けていれば、やがて現実にも影響を及ぼす。ひとはそんなに器用に「分人」にはなれない。分身が裏アカで吐いた毒は、まさに不気味なものとして本体に貼り付き、少しずつ本アカのコミュニケーションにもゆがみを与えていく。ぼくたちはいま、まさにそのような事態をヘイトやフェイクニュースの隆盛というかたちで日常的に目にしているように思われる。




最後にもういちど簡潔に記しておこう。本章でぼくが伝えたかったメッセージのひとつは、ぼくたちは世界に対して、地下室人としてでもスタヴローギンとしてでもなく、親が子に接するように接するべきだというものである。言い換えれば、コミュタリアンとしてでもリバタリアンとしてでもなく、家族的類似性に基づき、いわば新生児に接するように他者と接するべきだというものである。

ぼくはこの本を他者の話から始めた。ぼくたちは、矮小な地下室人がリベラリズムの偽善をたえず指摘し、リバタリアンなサディストたちが現実の秩序を支配する、そのような時代に生きている。

かつてリベラリズムは他者の原理をもっていた。けれどもそれはもはや力をもたない。他方でいま優勢なコミュタリアニズム(ナショナリズム)もリバタリアニズム(グローバリズム)も、そもそも他者の原理をもたない。2017年のいま、他者への寛容を支える哲学の原理は、もはや家族的類似性ぐらいしか残っていない。あるいは「誤配」ぐらいしか残っていない。だからぼくは、家族の理念とその可能性について、哲学はもっと真剣かつ包括的に検討すべきだと考える。それは、読者のみなさんが家族をもっているのかいないのか、子どもをもっているのかいないのかといった個別の問題にかかわらず、哲学的にそうなのである。だからぼくはこの二部を書いた。

子どもとは不気味なもののことである。新生児の顔は実に不気味である。子どもは、自分にとってもっとも親密でありながら、拡散し、増殖し、いつのまにか見知らぬ場所にたどりついてぼくたちの人生を内部から切り崩しにかかってくる、そのような存在である。

いつの時代でも哲学者は子どもが嫌いである。けれども、ぼくたちはみなかつて子どもだった。ぼくたちはみな不気味なものだった。偶然の子どもたちだった。ぼくたちはたしかに実存として死ぬ。死は必然である。けれども誕生は必然ではないし、ぼくたちのだれも生まれたときは実存ではなかった。だからぼくたちは、必然にたどりつく実存になるだけでなく、偶然に曝されつぎの世代を生みだす親にもならなければ、けっして生をまっとうすることができない。子として思考するかぎり、チェルヌイシェフスキーと地下室人とスタヴローギンの三択から逃れることができない。ハイデガーの過ちは、彼が、複数の子を生みだす親の立場ではなく、ひとり死ぬ子としての立場から哲学を構想したことにあった。

子として死ぬだけでなく、親としても生きろ。ひとことで言えば、これがぼくがこの第二部で言いたいことである。むろんここでの親は必ずしも生物学的な親を意味しない。象徴的あるいは文化的な親も存在するだろう。否、むしろそういう親のほうこそが、ここでいう親の概念には近いのかもしれない。なぜならば、親であるとは誤配を起こすということだからである。そして偶然の子どもたちに囲まれるということだからである。

ぼくのこの仕事もまた、できるだけ多くの偶然の子どもたちを生みだし、未来の哲学につながるとよいと思う。






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