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うちの近所の畑、草ぼうぼうになってしまいました。
その家のおばあちゃんが畑をやっていて、季節ごとにいろんな野菜をいただいていました。なす、きゅうり、ピーマン、ねぎ、白菜、にんじん、グリンピース、とうもろこし、トマト、だいこん、キャベツ、たまねぎ、おいも・・・
「どうせ作り過ぎちゃうから」と、もらってくれてありがたいとおっしゃいます。でっかい出刃包丁で「葉っぱは食べないなら置いていきな」と、言ってくださいましたが、大根の立派な葉っぱは大好物でいつも大事にいただいていました。

それがこの前きた回覧板の訃報で、すこし前から入院しており、亡くなられたと知りビックリです。この初夏におまめさんを持ってきてくださったところだったので。町内会の班が違うので、迷いましたが、お通夜に出てきました。

その後も、草ぼうぼうの畑を、毎朝、毎夕、見るたびにおばあちゃんを思い出します。人の生きた証とは、こういうところに出るのだとしみじみと思います。恐らくこれからも私がここに住む限り、荒れた畑を目にするたび、毎日毎日、おばあちゃんを思い出すでしょう。・・・・悲しみを抱きつつ。

それと似ているような、反対のような、話です。
毎日、私はほうじ茶をやかんで濃く煮出して、水で倍に希釈し、冷ましてから冷蔵庫に入れて冷やしておきます。子供が水筒に持っていくし、大量に飲むので、朝も夜も作ります。やかんで煮出した後、水を入れるときに、やかんのふたを開けると、熱くてとってがやけどしそうになるため、やかんの吸い口に蛇口を近づけて、そこから水を注ぎ入れます。

このやり方は、私が小学生だったある冬、ほかのクラスの担任だった男の先生が、教室のストーブに載せるやかんに水をつぎ足すときに、「ここから水を入れると、熱くならないんだぞー」とそばにいた私に教えてくれたのです。それで「おお~~!先生すごい」と、そこで覚えたのです。

だから、私、こうやってやかんの口から水を入れるたびに、その先生のことを思い出すのです。つまり毎日思い出しています。もうその先生は亡くなられました。まさか、教え子でもない私が、毎日やかんを持ちながら自分のことを思い出しているなんて、知りもしないでしょう。そして、思い出すときに、悲しくなりません!(^^)!

誰かの心に、missの感覚(凹)か、プラスの感覚(凸)かを呼び起こす・・・・・死んでからも、そうやって人は生き続けるのだと思います。
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