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今、江國香織「金平糖の降るところ」読んでいますが・・・・
「私は発見したのだけれど、人は、誰かをほんとうに愛してしまうと、その人の存在を通してしか世界と向き合えなくなるのだ。というより、世界が意味を失うのかもしれない。空も、友達も、音楽さえ。」
これは、主人公の姪(19歳)が、母の上司である社長(60~?)と不倫している設定の中、独白するセリフです。

不倫という設定ではなくても、「その人の存在を通してしか世界と向き合えなくなる」という言葉は、純粋に言葉としても内容としてもすごいと思い、ガーンとする(お前はそんな思いをしたことがあるか?と突きつけられる思いがする)のですが、冷静になってみると、これが親子も離れた年の差不倫の渦中にある子が言っていることに、江國さんの深い仕込みがあるのだ・・・と気づきます。

江國作品については、私の女友達が大好きで勧められた経緯があり、10年ぐらい前いろいろ読んでみました。でも、好きにはなれませんでした。数年前に、「神様のボート」を絶賛していた男の人がいたので、読んだ覚えがあります。これは確か、最愛の相手とずっと離れていて、最後に確か再会する話だったかと思うのですが、「私が知りたいのは、その最愛の相手とこれから現実の生活を続けていっても、その愛は醒めないのかってことなんだけど」と不満に思った記憶があります。

それでまた、今、江國さんの作品にトライしています。でも、いろいろな作品で、純粋な愛を貫くのは、不倫関係ばかりという印象。さらに、理想的な夫婦のはずが、妻があっさり夫を捨てたり、不倫していたり・・・=夫ばかりが青天の霹靂・・という設定が目について、江國さんは男に恨みでもあるのか?と思ってしまいます。
今、熟年離婚はほぼ妻側からということですが、時代を先取りしていたんでしょうか?

妻のいる中年のおじさまがたは、一度、江國worldを・・・どうぞ・・・。怖いですよ。

ただし、江國さんは、チビハゲデブジジイという属性をいとおしいと思っている体がある。若い女をとりにするのは、風貌や年齢、外見、実にさえないオヤジばっか。第三者からは「体臭もきつい」とまで言わせている。江國さんは、世間一般の「いい男」が嫌いなのかも・・・。つまりマッチョで男らしく、女を支配的で仕事もバリバリで、もてる男。・・・そういう点で見れば、なかなか痛快な小説でもあります。そして真実をついているとも。

例えば、こんな怖~いやりとりがあります。

「お前さあ、いい加減にしろよな」
「舌打ちしないで」
佐和子は言った。
「何度も言ったでしょう?私に舌打ちなんかしないで」
「してない」
咄嗟に否定したが、自信はなかった。
「したわ」
佐和子は断じる。
「いま『お前さあ』って言う前に」
達哉は上体をのけぞらせ、空を仰いだ。のみもの---白ワインと壜ビール---が運ばれる。
「わかった。した。悪かった。だけどいま、問題はそんなことじゃないだろう? 勘弁してくれよ、ほんとに」
達哉が驚いたことに、佐和子は微笑んでいた。可笑しそうに、それでいて悲しそうに。
「ところがね、そんなことなのよ」
と言う。
「舌打ちは相手に対する侮辱よ。そしてね、それはたっちゃんの愛の言葉とそっくり。知ってた? そのこと」
と微笑んだままで。
「あなたは私に、どっちを浴びせてもいいと思っている。私はあなたのものだから、いつでも好きな方を無自覚に浴びせる。たとえば他の女の人と寝てきたあとでも、あなたは私にうんと甘い言葉を吐ける」
達哉は反論しようと口をひらきかけたが、「ちがうの」と佐和子が先に言葉を継いだ。
「ちがうの。他の人とのことを責めてるんじゃないの。でも私には、あなたの舌打ちと愛の言葉の区別がつかなくなっちゃったの。だって、どこに違いがあるの? 想像してみて。両方侮辱に聞こえるだけじゃないのよ。両方あなたの本心だって知ってるの」
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