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読売朝刊で、少し前から橋本治氏の連載小説が始まりました。三浦しをん氏からのスイッチです。
しかし、あまりに美男美女設定、金持ち設定で、まったく登場人物に感情移入できません・・・。これはこの人に限ったことではなく、総じて、男流作家というのは、自分の美化した女像を登場させます。リアリティがないので、あまり男流作家の本は読みません。

私の好きな作家四天王の一人である白石一文氏「ほかならぬ人へ」などは、主人公の恋人になる女性を不美人に描きました。こういうのは珍しい、でも、顔以外は極上なのです。スタイル抜群。仕事は男性以上。性格もすばらしい。・・・・しかし女にとって「ブス」の破壊力はすごい。男の「ハゲ」みたいなもんでしょうか?

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「男流作家」というのは、その昔、「女の作家は男の作家に比べて二流」に通じるという意味で「女流作家」と言われていたのをパロッてみましたが・・・・物書きの才能は女と男で種類が違うだけの話。しかし、スポーツの世界では、どうやったって、男は、女の記録よりも上です。それなのに、女性が、女性という枠の中で、あんなに競うわけは一体なぜだろうと思います。所詮、男の記録には絶対にかなわなくても、戦うのですから、男と女を分ける意味は絶対にあるのでしょう。だから、男女差別と男女区別を混同しないほうがよいと思います。

逆に、人種です。マラソンには、外国人留学生がどんどん入ってきており、やはり彼らは総じて日本人より強い。しかし、この前の全日本大学駅伝でも、あれほど1区の外国人が独走し、ああやっぱり区間賞だなと思ったら、どんどん日本人の大学選手が追い上げ、抜き去ったではありませんか! 外国人選手を逆転したうちの一人は、息子の友達なので、もうテレビくぎ付けでした!!人種の持っているもともとのポテンシャルのようなものも、トップレベルでは変わらないということなのかもしれません。

何のために、男と女が分かれているのか、人種が分かれているのか。
女を、物語の世界で極上の存在に描く男流作家が生息し続け、それが支持され続けているのと、何か関連がある気がしますが、わからないので保留です。
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