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久坂部羊「虚栄」は、がん治療をめぐる4つの柱(手術・抗がん剤・放射線・免疫療法)の権威が、どうやって自分の治療法を主軸にして政府からたんまりお金をもらおうかと画策する長編小説です。
この4大治療法に、放置療法も絡んできますが、これが近藤誠氏の「がんもどき」理論を指していることは明白。近藤氏はがん放置だけではなく、最近、ワクチン害悪論を出して医療者から大バッシングを浴びています。
この小説中、医師でもある久坂部氏が、一部、近藤理論を認めているのでは?という記述がありました。これは珍しい話です。長いけれど自分のために何か所かメモしておきます。フィクションだからこそ真実を紛れ込ませることができるのかも。




「荻島さん、あなたの言っているのは理屈に過ぎない。私は長年の臨床経験から『真がん・偽がん説』を唱えているんです。仮説と言うなら、がんが手術で治ったというのも仮説にすぎない
「どうしてです」
「手術をしたら助かったという証拠はないからだ。外科医たちはいつもこう言う。助かったら手術のおかげ、助からなければ手遅れだったとね。これこそご都合主義の説明だ。彼らにはわからないんだ。早期がんなのに、なぜ再発する患者がいるのかが。だから、助かった患者は手術をしなくても死ななかったと、私が指摘したとき、有効な反論ができなかった」
たしかにそうだ。しかし、それは論理的に反論できない主張だ。患者はすでに手術を受けているのだから。
「でも、実際に治療しなくても死なないがんの患者さんがいるのですか」
「もちろんです。私は150人以上のがん患者を、経過観察だけで診察している。・・・(略)・・・・あなたは専門家でもないくせに、なぜ治療がいいと言い切れるんだ。これまで無謀な治療でどれだけ多くの患者が苦しみ、命を縮めてきたのかわかっているのか。切っても仕方のない臓器を切除して、患者を弱らせ、副作用の強い抗がん剤や、放射線治療で患者の体力を奪って、悲惨な入院生活を強いて、おまけに寿命を縮めてきたんだぞ。とにかく治療してほしいなどというのは、愚の骨頂だ」
あまりの言葉に荻島はつい我を忘れた。
「何という言い草だ。あんたは患者の切実な気持ちがわからんのか。医療にすがるしかない弱い立場の患者に、よくもそんな冷酷なことが言えるもんだな」
「私は患者のためを思うからこそ言ってるんだ。あんたたちメディアの人間は、効きもしない治療を無責任にもてはやし、偽りの希望を持たせて、結局、患者を失望させて知らん顔だ」
岸上は荻島以上に感情的になり、荒々しい声で批判を続ける。
「この前もひどい番組を見たぞ。分子標的薬のドキュメンタリーで、たまたまがんが縮小した患者のCTスキャンを見せて、さも効果があったように思わせていた。しかし、実際には効かない患者のほうがはるかに多い。それでも厚労省が認可する方向で検討していると権威づけをしていた。厚労省の認可基準は、新薬を使った2割の患者に有効ならばOKという甘いものだ。逆に言えば、5人のうち4人に効かなくても、認可されるんだぞ。その事実を明かさずに、さも公に効果が認められたように思わせる。さらには長期の延命効果などと言いながら具体的な期間を言わない。実際はたった半年も延びない。分子標的薬の作用をわかりやすいイラストで説明して、さも副作用がないように見せかける。すべては虚栄だ。メディアは医学界の虚栄の片棒を担いでいるのだ」




「矢島さんの連載記事、『スキルス胃がんの真相』、毎回、楽しみに読んでいます。ステージⅣのがんが、手術で取りきれたことを『奇跡』とも『生還』とも書かないところに、あなたの見識を感じます」
矢島塔子は、雪野が好意的なメールをくれたことを素直に喜んだ。
雪野はさらにこうも書いていた。
「診断の時点では確かに絶望的だったでしょう。しかし、手術ができたことを『幸運』ととらえず、もしかしたら診断がまちがっていたのではないかという洞察力にも敬意を表します。実際、その通りだからです。また、場合によっては、手術をしなくても死なないタイプのがんだったかもしれないという推察も、可能性としては否定できないと思います」
外科医の雪野には、手術の評価に含みを持たせた記述が不快ではないかと危ぶんだが、それも鷹揚に受け止めてくれたようだ。

矢島塔子は、雪野の賛意は得られなかったが、最終的に体験レポートを自社の新聞に連載することに決めた。それはジャーナリストの使命だと考えたからだ。彼女の連載は2つの点で大きな反響を呼んだ。ひとつは、同じがんでも、助かるタイプと助からないタイプがあるということ。つまり、がんは1種類ではなく、複数の種類あるという指摘だ。
多くの人は、がんで助からない場合、手遅れ、すなわち発見が遅かったと思い込んでいる。それが早期発見・早期治療を信奉させている。しかし、明らかに早期発見でも助からないがんがあり、逆に大きくなってから見つかっても助かるがんもある。それを同じ種類と見ていいのか。

今ひとつの重要な指摘は、今の病理検査では、この2つのタイプのちがいが見分けられないということである。
だから、がんの患者は、もともと助かるがんなのに、無用の手術で「命拾いした」と喜んでいたり、逆に、はじめから治癒の見込みがないのに、徒に治療の副作用で苦しんだりしていると書き、がん治療に一石を投じることになった。




雪野は見舞いの時間を気にするように、本題に切り込んだ。
「不躾な質問で恐縮ですが、がんを専門にする医師として、どうしてもお聞きしたいのです。岸上先生、ご自身のがんは見つかった段階で治療していれば、助かった可能性があったとはお考えになりませんか」
「考えませんね、まったく」
「理由は」
「私の肺がんが見つかったのは、8か月前です。肝臓の転移が見つかったのは3か月後。そんな短期間で、新たな転移は増大しませんからね。つまり、細胞レベルでは、診断がついた時点で肝臓に転移があったのは間違いありません。その状態で手術や抗がん剤治療をしたら、もっと病勢が進んだでしょう。雪野先生も外科医なら、ご経験があるのじゃありませんか」
「・・・・・たしかに」
苦渋の表情で答えた雪野に、矢島塔子が顔を向けた。
「どういうことですか」
「がんの中には、手術や抗がん剤の治療で急に転移したり、腫瘍が大きくなったりするケースがあるのです。まるで、治療ががんを怒らせたみたいに
「ははは、うまいことおっしゃる。それは『真がん』の特徴ですよ」
岸上は愉快そうに笑った。
「そうなんですか」
「いや、手術のダメージや抗がん剤の副作用で、患者の体力が弱るせいで、病勢が進むことも考えられるけど」




作者で医師の久坂部羊氏インタビューは、こちら。一部紹介。

——がん放置派の医師も登場します。がんには治るがんと治らないがんがあって、それを見分けることはできないから治療は意味がない、という理論です。近藤誠さんの「がんもどき」理論と同じ考え方ですが、近藤さんの著書も参考文献にありましたね。

久坂部 がんにはまだわかっていない面が多いということを示すために、近藤先生の理論はひじょうにわかりやすいんです。近藤理論は仮説です。でも、いまやっている抗がん剤や手術も仮説なんですよ。一般の人は、病院でやっている治療法は権威があって、根拠があって、確定しているものだと思っているでしょう?

——思っています。

久坂部 それは違うんですよ。百年後、二百年後にがんの正体がわかったら、昔はこんなことをやっていたのか、と言われる可能性は高いですから。でも、いまはそれしかないからやっているというのが実態ですね。

——がん放置派の医師と、最後まで治療をあきらめないニュースキャスターの対決も印象的でした。

久坂部 どちらが正しいかは結果論でしかないんですよ。治療はやってみないとわからないことが多いので。でも、がんになったときに、心の準備ができていなかったり、持っている情報が少なかったりすると、ただただ医者に助けてほしい、治療してほしいというだけになってしまう。そうすると、患者さんは信じて裏切られて傷ついたり、残り少ない時間を無駄に使って後悔したりと、納得のいかない最期を迎えることになってしまう。そうならないためにも、がん治療や医者に対して冷静な目を持ってほしいんです。
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