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原発被災地 最小の村 福島県葛尾村1945~2017前編
後編
先日、見ましたが、1年前の放送の再放送だったようです。涙が出てくる内容です。
リンク先に全部、書き起こしや映像があるので、多くの方に見てもらいたいです。

タイトルにしたセリフも、今までよく言われていた話だけれど、映像とともに、村の方が語るのを見るとなるほど・・・と納得します。
村に戻って風評のない花卉栽培をする農家夫妻の言葉。
「考えようによっては、東電があったからばっかり、こうなったんでねえ。『10年20年先が一気に早く今に来た』って感じでねえの。10年20年先は、こういう状態になるんでねかったの。」
「東電だけのせいではないでしょ。葛尾村だけでないから。ずっともう、田村のほうだってそうでしょ。後継者いないからな。農家離れて就職したりしてっから。」


それから、村の基幹道路399号についてですが、28年間も村長を務めた松本さんが、近隣の村に通うためになんとか通した道路だということで映像が出てきました。「山形までつながっている」と言っていましたが、浪江や飯舘を通りうちの実家のすぐそばも通ります。
私も2年前に6号線を南下していわきまで行き、そこから戻って県道を上がって葛尾村に入り、399号を北上してきたら、この広い道が唐突に通行止めになり、迂回した経験があります。(ナビとかそういうのがないため、行けるところまで行ってみた) あのバリケードは私も、同乗していた当時小6の三男にも衝撃でした。非日常を見たという感じでした。

当時、三男が書いた感想。
「帰り道、広い道なのに通行止め
一番ショックだったのは、道にバリケードがはってあったことです ガーン あんなに進んでこのままいけばつくはず!!だった道で行き止まり・・・・・・・・。それらので遠回りをして帰りました。パトカーが通った時教えてくれればよかったのに・・・・と後で思いました。
この辺は葛尾役場のすぐわきの道なので村にとって大事な道だと思います。今年の春に葛尾はひなんかいじょになります。しかし道路は28年度末つまり1年後です。次の次のはるです。大丈夫なのでしょうか。」
その後、斜めの114号線が開通になりましたが、縦の399はまだです。

葛尾村は昔「交通事故死者ゼロ1万日の村」として有名でした。事故も何もないことが売りになる・・・でもその後事故があり、このキャッチフレーズは幻になってしまいました。

私は葛尾村を紹介する仕事で、まるまる2日滞在し、村をくまなく見て地元の方から話を聞いたことがあるので、思い入れがあります。ほんとはこの出張は泊まりなんですが、「葛尾には泊まるところがない(笑)」&「福島市から通える」ということで、通いになりました。けっこうなくねくね道でした。今は「せせらぎ荘」という温泉施設があるようですが、今から20年前にはなかったと思います(あったら泊まってる)

いつもこういうドキュメンタリーとかを見て思うんですが、自分が少しでも何か関係のある(行ったことがある、知り合いがいるなど)ところでないと、なかなか、一般人は目を向けませんね。私も、福島県に住んでいながら、仕事がなかったら葛尾村に思い入れなど持てなかったと思います。

そういうつながりを少しでも作り出すことが、自治体にとっては何かカギになると思うんですが・・・・。
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