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ドイツ在住の川口マーン恵美氏の書いた「復興の日本人論~誰も書かなかった福島」
図書館で見つけたのですが、確かに誰も書かなかった本です。
返さないとなので、気になったところをメモします。


◆東電がお詫びのしるしに励む仕事

「ショックを受けたテレビ番組がある。2016年1月14日の深夜に放送された「社員たちの原発事故 東京電力復興本社」というドキュメンタリー番組だ。(略)復興本社の仕事の一つに、清掃・片付け、除草、除雪、荷物運搬、田んぼの側溝の清掃などがある。(略) 帰還しようと思っても、家は荒れ、庭は雑草が生い茂っている。そんなとき、東電の福島復興本社に電話すると、社員が必要な道具をすべて持って手伝いに来てくれるという制度だ。料金は無料。住民からの依頼は一日数十件という。(略)

復興本社設立以来、この活動に携わった社員は延べ34万人。現在、東電の社員は3万3千人なので、各社員が平均10回ほど参加した計算になる。
『おはようございます。まず、この場をお借りしまして、福島第一発電所の事故に伴いまして、たいへん長きにわたり、ご迷惑、ご不安をおかけしていることを、深くお詫び申し上げます。まことに申し訳ございません』作業は、どこでも必ずこの言葉から入る。そしてこの日集まった定年が近そうな人から若い社員まで20人ほど、全員で深々と頭を下げる。

その日の仕事は、お正月前のすす払いだった。お社の隅々まで雑巾がけをし、境内の溝に這い蹲って手を突っ込み、懸命に掃除をする社員たち。清掃が終わると、たくさんの大きなごみ袋を、二人一組で車に運んでいく。その後ろ姿が限りなく悲しい。見ていてこちらのトーンが下がっていく。」

◆「嘘をついてしまった」?

「Tさん(60歳)は長野県出身だ。5歳のころ、自宅に通った電気に感動し、東京電力に就職した。長年、料金関係の仕事にが携わってきたが、50歳のとき、広報の仕事に就いた。発電所の必要性をアピールするため、見学希望者を福島第一原発に案内することもあったという。

Tさんはポツリポツリと語る。『安全性を説明してきたわけですよね。こういう場合はどうなるのっていう。その質問に対しても、そういうときにはこうだよって、そういう答えがありましたから。だから、それが違ってたということについては、嘘ついちゃったな・・・という、そういう思いがありますね・・・』

嘘ついちゃった?
彼は嘘をついたのだろうか?危険だと知っていながら安全だといえば、嘘だ。
しかし彼は、本当に安全だと心から信じていたのではないか?

取材者が家主に「こういう活動についてはどう思われますか?」と問うたとき、帰ってきた答えも私を驚かせた。
『当然、やらなきゃね。これほどみんな苦しんでるんだからね。やってあげるのは当たり前だと思うんだよね』
そして夫人が笑う。
『畳も汚れてたでしょう。ネズミの糞、いっぱいだったもん』

実はこの夫婦は、番組の後半にもう一度登場する。二度目の依頼は庭の草刈り。「以前のように、果物やハーブを楽しめる庭にしてほしい」というのが希望だった。
作業の終わった後の会話がまた印象的だった。『みんな上からの指示でやってるんでしょ。私らから見れば、気の毒だなって思うけど』という夫人の言葉に、『納得できないと思うね、みんな』というご主人の言葉が続く。そこで私はてっきり東電の社員に同情しているのかと思ったら、そうではなかった。『われわれ、あと何年もないのに最後に来てこういう惨めな生活でしょ。許すことができないと思う

年取った人の5年は大きい。許しがたい気持ちもわかる。しかし、それにもかかわらず、番組を見た後、違和感が強く残った。

社員が、組織の一員として会社の持つべき責任の一端を担うことは正しい。しかし、ここでは、会社の責任と一社員の役割が、限りなく混同しているように思えた。この社員たちは経営者ではない。何か罪を犯したわけでもない。なのになぜ、被災者の「許すことができない」という感情を、正面から一手に引きうけなければならないのか。(略)掃除するのが悪いとは言わない。(略)ただ、これが彼らの仕事なら、謝りながらするのはおかしいのではないかと思ったのだ。」

「Sさんの初仕事は、九州に避難している家族の家の片づけだった。『帰宅する準備の手始めに、納屋の中にあるものを全部処分してほしい』というのが以来の内容だ。家主は不在。納屋には、子供用の自転車、壊れた犬小屋、餅つき用の臼など、おそらく何十年も使っていなかったと思われるさまざまなものが詰まっていた。それを見ているうちに、自宅に戻れないまま5度目のお正月が過ぎるのは気の毒だが、しかし、これは別の話ではないかと思えてきた。納屋の片づけは、事故が起こるずっと前から、この家の持ち主が、いつかやらなければならないと思っていたことだったのではないのか。

◆会社の責任を一身に引き受ける社員たち

Sさんは、5年前の事故に大きな衝撃を受けた。その後、自分もいつか福島に配属されるだろうと覚悟したという。あれだけ大きな事故を起こしたのに自分は全然かかわらずに、東京電力の社員だといえるのかと、自分の中でも葛藤のようなものがあった。悔いが残るのは嫌だった。
『気持ちに応えるためには何でも屋みたいな形をとらなければいけないのかな?』
『・・・自分の会社人生がこういう形になってしまったことは、受け止めなくちゃならない』

SさんもTさんも口調が重い。毎日、謝りながら続ける仕事が、精神を高揚させるはずもない。
『キツイときもありますよ。でも、それは自分がへこたれないよう、少しずつ、少しずつやるしかないと思うんです。途中でやめられないですからね、これは、はい。』
そういって、口をきりりと結ぶTさん。あと5年、福島にとどまり、清掃活動を続けていく覚悟だという。
『事故を起こした加害者だとみられていることは悲しいですね。悲しいというか、そこをどうにか、許していただきたいというところから・・・』
許していただきたいという気持ちからこの仕事に励んでいる、と、きっとTさんは言いたかったに違いない。しかし、実際には、彼はここで言葉に詰まり、黙り込んだ。そして、しばらく間を置いてから、少し恥ずかしそうな笑みを見せた。
『ちょっと甘いですかね、考えが』
そこに取材のスタッフがたたみ込むように迫る。『許されるってどういう状態なんですか?』
『う~ん』と、Tさん。再び長いあいだ考えこんだ末に彼が発した言葉は、聞いている私を悲しくさせた。
許されないと思います。きっと。許してくれない。いろんなもの、めちゃくちゃにしてしまいましたんでね。許してもらえそうにないですね』
このとき再び、何か違うという感情が、私の中で激しく渦巻いた。

◆東電の社員も加害者なのか

Tさんは『加害者』なのだ。福島にきて3年、ようやく近所で顔見知りもできたが、東電の社員であるということだけは、まだ誰にも言えないという。めちゃくちゃになったのは、彼の人生も同じだった。(略)

東北には、津波で愛する子供を、妻を、兄弟を、親を、友人を失った人がたくさんいる。一瞬で1万5000人以上が亡くなり、まだ2500人が行方不明だ。生きたかった人たちが、生きられなかった。皆、冷たい水の中で亡くなった。残された者の悲しみは言語に絶する。しかも、賠償はない。(略)

一方、原発の事故では、放射線が原因で亡くなった人は誰もいなかった。もちろん、多くの人たちが流浪する羽目になり、精神的苦痛を負い、また、流浪の最中に亡くなってしまったお年寄りがいたことは知っている。避難者の自分の家に戻れない悲しさだって、話も聞いたし、ゴーストタウンとなってしまった家並みもこの目で見たし、少しはわかっているつもりだ。

しかし、賠償は支払われている。健康被害も出ていない。汚染食料が出回っているわけでもない。許しを乞うて、何でもする覚悟の東電の社員もいる。なのに「許さない」「許せない」と、いまだに皆が怒っている。

なぜだろう?これはいったい、いつまで続くのだろう?そもそも、事故の6年後に、東電の一般社員が謝りながら避難者の家の清掃をしているということ自体がおかしくはないか。」

(※畑村洋二郎「失敗学」では、事故の後①原状復帰②謝罪③原因究明④損害賠償⑤再発防止の5うが大事だとしています)

◆月35万円の慰謝料要求

「2016年3月の報道によれば、双葉郡浪江町の住民1万5000人が、1か月一人10万円の慰謝料を、35万円に増額してほしいという要求を東電に出した。浪江町自身が、住民の代表として提訴している。

同町には当面帰宅ができない「帰還困難区域」がある。そこの住民に対して、東電は通常の賠償のほか、一人当たり、さらに700万円の一時金を払った。つまり、町民の間で、賠償金の額に途方もなく大きな差ができたのである。

私が興味深く思うのは、原告である浪江町が挙げている提訴の理由だ。『住民の間で不公平感が高まっている。だからこの際、一律25万円を上積みして、皆が毎月一人35万円をもらえるようにしてほしい』(略)

この件では、国の原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)が調停にあたった。ADRは、25万円の上積みはいくらなんでも高額すぎるとして、5万円を提案し、浪江町はそれをのんだ。月々一人当たり15万円だ。しかし、これは東電が拒否したという。このような前例を作ると、それが他の地域にもどんどん波及していくことは避けられない。(略)

(※この上積み25万について疑問の声が出ているという記事→
 ※その後、この秋にも訴訟に発展するという日経の記事→★)

南相馬の(ある女性)は言う。『皆、あきれてますよ。あの人たちまだお金が欲しいのかしらってね。断固戦うって言ってるけど、いったい何と戦うんですか。自分の欲と?』(略)私が『東京では、国や東電が出し渋っていると思っている人が多いですよ。そういう報道が多いので』と言うと、『福島では、そんな記事は絶対にありえません。家を離れなければならなかった人たちは、いろいろ気の毒もあるけれど、経済的にだけは絶対に困っていません。福島でそんなこと書いたら抗議が殺到しますよ。こっちは家のローンも終わっていないのに!』とびっくりしていた。南相馬では、放射線の汚染は小さかったものの、津波の被害が甚大だった。」







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