きょうは、前、ブログで交流していた方が引っ越されることを、ブログで知り、
衝撃を受けた、が、新天地で健やかに暮らしてくださいね、という、私からのメッセージです。(長文)
その方は、民俗学を専門にされ、彼の震災後の論文も読んだことがあるので、
お勤め先はわかっておりました。

8月の福島の帰省で、会ってみようと思いました、
それは、彼とのブログ上でのやりとりに不安を感じるようになったからということと、
それと、私が東京女子医大の三橋先生から託された「放射線について」の冊子を
この方に読んで分析していただければと思ったからです。
このリスクコミュニケーションの観点ではどうかと、思ったからです。
(もちろん、その方の不安の払しょくに寄与すればそれに越したことはないと思いました)

たずねてみますと、本部はそこだったのですが、違う市のほうにお勤めということで会うのは
かないませんでした。
まあ、ふつう、ブログ交流しかしてない人が直で来られても困るだろうからまあ
よかったかなと思いました。

その、「ブログでのやりとりに不安」というのは、
文字だけではものごとの本質をつたえきれないという、言葉への不信感を私自身が常に持っているからです。
ブログやりとりの違和感が、溝が広がる前に、生身のその人にあわないと
この先、引き返せなさそうな気がしたのです。





まあ、予感は当たったということです。

その後、いろんなことがあって、やはり、遠くになってしまいました。


本当は、私は、彼には、民俗学を志す方として、
一番不安な、一番困っている福島の母親の声を拾い上げることをやってほしかったんです。
彼の周りにはたくさんいるようでしたので・・・・・
そして、胸の内を、同じ不安を抱いている彼が受けとめることで、
彼女らの不安が少しでもやわらぐのではないか、それを期待しました、
そして形にすることで、数を集めることで、福島の不安の解決の糸口が見つかるのではと。
それを、まずは民俗学の学界に、そして学問の外、世界へ向けて、発表してほしかったです。
発信できると思いました。彼なら。

しかし、「福島県内の医師12%が県外へ」でもありましたように、
仕事よりも、まずは、自分と家族が大事です。
それを周りがどうこういうのも、おかしな話なんですよね。

私も民俗学には親しんでおりましたから、
歴史に残る人物や、書物の理論よりも、「現場の情景」「ナマの声」の集合体に真実はあると思っているのです。

離れている私が、民俗学のやり方で、できることってあるのか・これも、
今の私の課題です。
一つにはネットを使うということがありますが・・・。
ネットは、行き違いがあるので難しいです。

でも自分ができないことを、この方に託す、それはおかしなことなんですよね。
わかっているんです。






しかし、・・・そんなことをやってくださっている方を見つけました。

藍原寛子さんという福島にて、福島を見つめ、福島の母親の気持ちに寄り添い、権力と戦う(というイメージ)の
ジャーナリストです。
前、放射線の世界会議で彼女のレポートを見て私も記事をまとめました。

少し、私の考えとは、違う部分もあります。ここで紹介していいものか少し迷いましたが、
彼女の動きを、注目していきたいと思っています。





直接、その方のブログに書かずに、ここで公開で書いたのは、
私や彼のブログを訪問していた人たちにも、
私がどういう意味で、彼をとらえていたかを知ってほしかったからです。
今まで飲みこんで出さないできたことを、最後なので、ここで明らかにしたかったのです。

彼が新しいところで、不安から少しでも離れて、一歩福島から遠のいたからこそ見えるものを
ぜひ、これからレポートしていただきたいと思います、
彼にはそういう力があるはずです。

「現時点では、
 放射能への不安と恐怖に怯える人々や、
 住み慣れた地域を追われて
  先行きの見えない避難生活を送る人、
 そして
 いつか必ず帰宅して元の生活に戻りたいと
  念願する人々の生の声を、
 地道にこつこつと聞くしかないと考えている。
 それが
 これまで10年間、
 福島県で民俗調査に関わってきた
 私自身に与えられた役割のようにも感じるからである。」
        (「季刊東北学」第28号「原発事故の体験と記録~3か月を経ての覚え書き」より)


悩みながらも、こういう結論に達した彼を私は尊敬しました。
行き違いもありましたけれど、
福島を離れても、
きっとこのときの決意は、姿を変えて、彼の行動としてあらわれていくと信じています。






最後に、引っ越されるあなた様へ
一つだけ、かなり具体的なお願いがあります。

私が、あの後、あなた様に郵送いたしました三橋先生の冊子ですが
きっともう不要だと思います。
感想等聞けなかったのは残念ですが、それどころではなかったのだろうなあと
想像いたします。
大変だったですね・・・。

ぜひ、福島に残る他の方に役立ててほしいと思いますので
福島市立図書館に寄付していただけませんか。

私は今回、5部、三橋先生から送っていただきました。
帰省時に、
福島県庁、福島市役所、福島県立図書館、福島民報の記者、この4カ所に手渡してきました。

その、あなた様が手にしている最後の一部、ほかに必要とする方が、必ずおられるはずです。
お手数とは思いますが、よろしくお願いいたします。

今後の、あなた様御一家の、ご多幸をお祈りいたします。
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