開沼博氏「フクシマ論」の4回目。
一度原発及び関連施設が稼働し原子力ムラになってしまうと、特異な安定状態ができる。
住民投票で稼働中の原発の停止をとめたり、危険地域から人口が流出したりはしていない。それはなぜか。
◆「特別に貧乏なムラに危険な原発が来て、今日まで潤っている」という単純な図式、経済的な要因のみに帰することができるようなものではない。

とし、「原子力を抱擁するムラ」ということで章だてです。

※ここで原子力ムラと表記するのは、中央の利権構造ではなくて、
原発立地自治体のことです。

1)方法の再確認~「抑圧」「変革」からの脱却のための「経験」への着目
→これで、従来の見方を否定し、2006年から2007年、六ヶ所村、刈羽村、大熊・浪江・双葉・富岡で
数十人に聞き取り。本書では福島の12人から引用。
・・・ということですが、これ、サンプル数少なくないのだろうか?というのが私の自然な気持ちです。

2)中央からの切り離し

→勝俣会長が、中越沖地震での柏崎刈羽原発のトラブルについて
「原子力特有の設備は安全で無事だ。今度のことをいい体験に生かしていきたい。安心・安全な
原発にしたい」と語り、中央が語る原子力には、「他人事」のあり方が見える、ということです。

これと同じことをしているのが、福島から遠いところで脱原発運動をしている人や、
中央のマスメディアだと指摘しています。

◆推進側、反対側、あるいはマスメディアといった原子力ムラの外部である中央のアクターが原子力ムラに言及する際に、そこには必然的に「切り離し」の作用が働く。そしてそれは「実験場」や「代理戦争の現場」「日本経済の部品」と形容してもいいような中央ー原子力ムラ関係をつくり、またその「中央から切り離されている」という感覚は原子力ムラの住民にとっても常にもたれているものと言ってよい。

3)流動労働者の存在と危険性の認識・・原子力ムラが排除するもの

・原発ジプシーという、流動労働者が必ず原発には必要  ということを排除する。
・原発の話(危険だということ)は、家族でも、わざわざしない。

◆原子力ムラにおいては、原発は危ないという危険性の認識が仮に個人にあったとしても、全体として表面化することはない。それは、認識上の安全性を脅かしかねないものと原子力ムラとの切り離しの中で生まれ続ける。
ここでふれた「流動労働者の存在」と「危険性の認識」という2点は、原子力ムラにおいては、「表面化しえないこと」の典型だと言える。自らの生活の基盤となる原子力を自ら積極的に疑い、その不信感を煽ることをしないのは当然のことだと言える。実際に安全か否かは問題がない。

聞きとりから

富岡町50代女性「東京の人は普段は何も関心がないのに、なんかあるとすぐ危ない危ないって大騒ぎするんだから、一番落ち着いているのは地元の私たちですから。ほっといてくださいって思います。

◆反対派住民は「許容」される。ただの「変わり者」に過ぎず、別に普通に近所にいる分には大した害がない。反対派がいてくれることで、電力会社にプレッシャーを与える材料になると捉える人もいて、存在をうとまれることはないということだ。

富岡町50代女性「そりゃ、ちょっとは水だか空気だかもれているでしょう。事故も隠しているでしょう。でもだからなに、って。だから原発いるとかいんないとかになるかって。みんな感謝してますよ。飛行機落ちたらって?そんなの車乗ってて死ぬのと同じ(ぐらいの確率)だっぺって。」

大熊町50代女性「まあ、内心はないならないほうがいいっていうのはみんな思ってはいるのです。でも『言うのはやすし』で、だれも口には出さない。出稼ぎ行って、家族ともはなれて危ないとこ行かされるのなんかよりよっぽどいいんじゃないかっていのが今の考えですよ

◆全体的に危機感が表面化しない一方で、個別的な危険の情報や、個人的な危機感には「仕方ない」という合理化をする。そして、それが彼らの生きることに安心しながら家族も仲間もいる好きな地元にいきるという安全欲求や所属欲求が満たされた生活を成り立たせる。
そうである以上、もし仮に「信じなくてもいい。本当は危ないんだ」と原子力ムラの外から言われたとしても、原子力ムラは自らそれを無害なものへと自発的に処理する力さえ持っていると言える。つまり、それは決して強引な中央の官庁・企業による絶え間ない抑圧によって生まれているわけでなく、むしろ原子力ムラの側が自らで自らの秩序を持続的に再生産して行く作用としてある。


4)中央を再現するメディアとしての原子力・・・原子力ムラが包摂するもの

・なでしこリーグ(女子のJリーグ)に所属する東京電力女子サッカー部マリーゼは、
地元では「福島の宝・地元の誇り」、Jビレッジ(東電が原発と引き換えに県につくってくれた)で
練習している。

・「アトムすし」「原子力最中」「アトム観光」など原子力に関連したブランド。

・電力会社のPR館はフェスティバルも開かれ家族連れのお出かけスポットとしてにぎわう。

◆原子力ムラには、これらのように原子力を身近なものとし、原子力自体やそれに媒介された文化が成立する。原子力を持つことと引き換えに、あるいは原子力を通して、原子力ムラが自らを肯定する文化を歴史的に作り上げて来ているということが言えるだろう。

まとめ(冒頭の問いの答え)
◆原子力ムラは、原子力によってムラにもたらされたアイデンティティや中央の文化を、決して他者によって設計され無理やり押し付けられたというわけではなく、自ら取り込みながら包摂していったということができるだろう。




【感想】

自ら原子力ムラとして、地元がそれを選んでいったというこの論の展開を
多くの中央、脱原発の人に読んでもらいたいです。
このぶ厚い、難しい本の、ここが、まずは前半の山場だと思います。

私が、事故直後から「簡単に脱原発を言えない」と言い続けてきたわけの1つが、この点です。
福島県民・・・いや、立地自治体住民の意向を知らずして、語ってよいものかということ。

(※もうひとつ、まだ語れないというわけは、事故原因です。津波と中間報告出たそうですが・・・)
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