読者の感想含め、長文ですが、全部とっておきます。
とくに黒・隆氏の論拠が消えないよう。
「小田島隆のピース・オブ・警句」レッテルとしてのフクシマ

月末に福島を訪問しようと思っている。
 この話をすると
「え?」
 という反応が返ってくる。
「大丈夫なの?」
 大丈夫に決まっている。福島の人たちは毎日そこで暮らしている。外から出かける人間が、2日か3日現地の空気を吸って土地の食べ物を食べたからといって何が危険だというのだ?
 もちろん、「大丈夫なのか」と尋ねた知人も、本気であぶないと思ってそう言ったのではない。「福島」という言葉を聞いて、反射的にそういう反応をしてしまったというだけのことだ。

 この反応はわりあいに一般的だ。というよりもむしろ、ほとんどの人は、ちょっと驚いた態度を示すことになっている。
「えっ、フクシマ?」
「フクシマ? ヤバくないのか?」
「取材だよな?」
「どうしてよりによってフクシマに?」
「おお、チャレンジャーだな」

 悪気があるわけではない。差別しているのでもない。ただ、現状の日本では、会話の中に出てくる「フクシマ」という言葉を、自然に受け流しにくい空気が流れている。だからわれわれは、驚いてみせたり、混ぜっ返したり、冗談を言おうとすることで「フクシマ」という言葉を、なんとか消化しようとしている。そういうやっかいな状況なのだ。

 震災から一年を経て、福島の現況は、少しずつではあるが、改善しつつある。
 が、そう思っていない人たちもいる。
 一部のメディアやインターネットの特定の掲示板に集う人々は、福島が汚染された地域である旨を毎日のように訴えている。

 言いたいことはわかる。
 原発でああいうことがあった以上、周辺の地域がいまなお深刻な汚染の中にあることは明らかだからだ。
 でも、局地的な被害を過大に語る人間がいて、そのことが福島という大きな面積を持つ県に住む人々を困惑させていることもまた事実なのだ。

 現実に、
「郡山市に人は住めない」
 というような発言をする人間が、公的なメディアの中にすら存在している。
 いや、これは本当の話なのだ。この通りの見出しで書かれた記事が夕刊紙に載ったのだ。本文を読むと、彼の地の空間線量を伝え聞いたアメリカ人の記者が 「信じられない。とてもではないが、人が生活できるような数値ではない」
 と発言した旨が書かれている。

※ここで「本文」リンク先、転載

【原発崩壊】“放射能汚染”の真実…人体への危険性減らず

東京電力福島第1原発から外部に放出される放射性物質は、毎時7000万ベクレルを超えている。今年1月の話である。仮に3・11前にこの数値だったら、日本中が大騒ぎだろう。

 だが、いまの日本ではこのニュースが大きく取り上げられることはない。逆に、政府は「復興支援」ばかりをうたい、マスコミは原発事故による放射能の問題は存在しないような雰囲気作りに協力している。

 とりわけ、それは福島県の2つの県紙「福島民報」「福島民友」などで顕著だ。

 「除染元年 うつくしま、福島」

 国と同様、福島県でも行政と報道による「官報複合体」が一体となって、こうしたキャッチフレーズを駆使し、「福島の真実」から県民の目を背けようとしている。

 福島での環境への放射能汚染、とりわけ人体への被曝の危険性は減っていないにも関わらずだ。

 また2月、筆者が、郡山市役所前で測った地上1メートルの空間線量の値は毎時1・8マイクロシーベルトを超えた。一方、同じ日「民報」「民友」では、同じ地点での線量が0・6マイクロシーベルトとなっている。

 公の発表と私の測定値が、なぜこうも違うのか。ちなみに私の使っている測定器は日立アロカ製、政府や福島医大の使っているものと同種である。

 「だって、あの発表の数値は、測定前に水で地面を洗って測っているんです。違うのは当然ですよ」

 地元の放送記者が種明かしをする。もはやジョージ・オーウェルの「1984年」の世界だ。

 「もう、そんなことを指摘する人もいません。いくら言っても放射能がなくなるわけではないですから」

 事実を伝えなくてはならない記者ですら、こうである。現実を直視する者が奇異な目で見られる-。哀しいかな、それが「福島の現実」なのである。

【訂正】3月13日発行の夕刊フジ、上杉隆氏「原発崩壊」の連載記事(2回目)で、ウォールストリート・ジャーナル記者の発言はありませんでした。削除しました。

 ■上杉隆(うえすぎ・たかし) メディアカンパニー「NO BORDER」代表、元ジャーナリスト。1968年、福岡県生まれ。テレビ局、衆院議員秘書、米紙東京支局記者などを経て、フリージャーナリストに。政治やメディア、震災・原発事故、ゴルフなどをテーマに活躍した。著書に「官邸崩壊」(新潮社)、共著に「報道災害【原発編】事実を伝えないメディアの大罪」(幻冬舎新書)など。社団法人自由報道協会代表。


(ここから小田嶋氏の文章に戻ります)
※(リンク先の記事の見出しは、掲載当初、《【原発崩壊】“放射能汚染"の真実…福島、郡山市に人は住めない》だったものが、現在は《【原発崩壊】“放射能汚染"の真実…人体への危険性減らず》に差し替えられています。なお、引用したアメリカ人記者の発言も、現在、削除されています。)

原発から50キロ以上の距離にあり、間に大きな山地を挟んでいる郡山が、「人の住めない土地」だと、記事を書いた人間は本気でそう考えているのだろうか?
 とすると、彼は、今日も郡山の空の下で、その土地の空気を吸って暮らしている三十数万人の市民を、人間とは別の生き物だと判断しているのか?
 いや、揚げ足を取ろうとしているのではない。
 ただ、現実に人間が住んでいる土地に対して、「人は住めない」という見出しをつけてしまえる感覚に、私は、どうしても、うまく折り合いをつけることができないのだ。

「あんたの着てるシャツは、人間の着るシャツじゃないな」
「この料理、とてもじゃないけど、人の食べ物とは思えないんだけど」
「知らないようだから教えておくけど、おまえの履いてる靴は、チャップリンが食べたのと同じカタチだぞ」

 差別だとか、風評被害だとか、大げさに言い立てるつもりはない。
 でも、「郡山市に人は住めない」は、やはり、率直に申し上げて無神経だと思う。

 見出しを差し替えたのは一応の誠意ではあるのだろう。
 でも、紙面には、「米人記者の発言が無かった」ことと、その部分を「削除した」旨を伝える文言が付加されているのみで、それ以上の背景説明は一切ない。見出しを差し替えたことも、その意図も説明していない。謝罪もない。これでは、実際に何があったのかがまるでわからない。

 そもそも、苦情を受けて引っ込める程度の覚悟なら、どうしてはじめからもう少し穏当な書き方ができなかったんだ?

 福島の被害を大きめに伝えることで活性化するビジネスや、福島の復興を妨げることで利益をあげるタイプの立場があるということなのだろうか……と、そんなふうに疑いたくなるレベルの記事だ。

 脱原発・反原発を唱える立場からすれば、放射能の恐怖が切実であればそれだけ、運動が展開しやすいという事情はあるのだろう。
 私自身、原発は廃止すべきだと考えているし、その意味では、脱原発のために有利なデータは歓迎したいと考える。
 でも、福島の被害が巨大であってほしいとは思わない。それとこれとは別だ。交差点に信号機を設置してほしい旨を訴えることと、そのために人身事故が起こってほしいと考えることは別だ。

 今回は、福島について書くことにした。
 新しいニュースが届いたからではない。
 状況は、そんなに変わっていない。改善している部分もあるが、全体としては停滞していると思う。
 にもかかわらず、私がこういう何でもない時期に、あえて福島の話題に触れたいと考えたのは、福島についての言説が、実際の福島の状況とは関係なく、極端な方向に分裂しつつあるように見えるからだ。福島は、なんだか、ひどい言い方をされている。この状況はとてもまずい。私は懸念している。

 まるで関係の無い話に聞こえるかもしれないが、私は、南京大虐殺についての言論状況を連想する。
 南京事件について意見を言おうとしているのではない。
 ただ、南京をめぐる話が、猛烈にめんどうくさいことになっている点を指摘することで、福島関連の議論が、同じ状況に陥らないように注意を促したいだけだ。
 福島は、南京化しつつある。これは、とてもよくない傾向だ。

特定の事件について、二つの対立する勢力が、互いに相容れない見解をぶつけあっている場合、議論は、空洞化する。歩み寄る姿勢を持たない論争は、平行線どころか、より対立を深める方向で推移するものなのだ。

 特に、対立する論敵同士が、事件を政治的に利用する目的で自説を展開した場合、両者の議論は、両極端に向かってむしろ分裂して行く。論敵がフェアな相手でないと判断した論者は、自分だけがフェアな態度でいると、論争に負けてしまうと考えて、結果、自らもアンフェアな態度で議論に臨むようになる。かくしてディベートは荒れる。証言は捏造され、証拠は隠蔽され、データは恣意的に引用され、テーブルをはさんだ両者は、相手を貶めることだけを目的に言辞を弄するようになる。

 時間がたつと、真相は事件の発生直後よりさらにわかりにくくなっている。
 わかりにくいだけではない。一般の人間にとっては、その事件に関わること自体がリスクになる。すなわち、「えんがちょ」だ。触れるだけで汚れが感染する、汚染源みたいな話題――南京大虐殺は、既にそういうタームになっている。テーブルの両側に残っているのは狂信者のみ。一般人は一瞥を送ろうとさえしない。

 何十年かたった頃、第一原発の周辺には、原発事故が存在しなかった旨を主張する人々が住んでいるかもしれない。
 そして、一方には、60万人の犠牲者が出たと言い張る団体が謝罪と賠償を求めてシュプレヒコールを繰り返している。
 どちらか一方がウソをついているのではない。両者のいずれもがウソをついている。それも、真実のために、だ。なんということだろう。

 これが冗談で済めば良いのだが、福島をめぐる状況は、現在、南京方向に向けて推移している。
 具体的には、原発事故の収束を宣言し、原発の再稼働を企図する人々がいる一方で、反対側には放射線被害の実態を誇張して語る人々がいるわけで、両者ともが、被害や復興の実態を歪曲して伝えているのである。

 私は、この状況を憂慮している。
 実際、ツイッターや2ちゃんねるを見ていて目を疑うような書き込みに驚かされる機会は、事故から一年を経て、むしろ増えている。
 放射能を排出するためにコメのとぎ汁を沸かした風呂にはいる人たちがいる。で、そういう人たちが「拡散希望」というタグ付きでバラまいているトンデモな放射能情報を、「えっ?」と思う人がリツイートしていたりする。

 ツイッターの醍醐味が、不確実な情報が行ったり来たりするユルさにあることは、わかっている。
 私自身、キース・リチャーズ死去のデマにはモロにまんまとひっかかった。反省している。
 ただ、ロックスターがらみの与太話や、ダイエット周辺の奇妙な信仰は、笑って見物することも可能だが、放射能関連のトンデモはひたすらにグロテスクだ。これは、放置していてはいけない気がする。丁寧にツブして片付けないといけない。瓦礫を放っておくと、足の踏み場が無くなる。

 事故からしばらくの間、私は、放射線の不安を訴える人々の考え方や態度に同情的だった。
 理由は、なにより私自身が不安を感じていたからだ。不安に囚われている人間が、被害の実態を過大に受けとめがちな傾向は、たしかに科学的な態度ではないが、生き物としては正常な反応だ。そう思って、私は、過剰に恐れている人々や、パニックを煽っているように見える言葉も含めて、不安説を唱える人々の態度をおおむね容認していた。仕方がないよね、と。

私が不安説に対して同情的だったもうひとつの理由は、安全率という考え方をなんとなく信頼していたからだ。よくわからないものに対応する時には、大きめの安全率をとっておいた方が賢明だ。後になって事実が判明した時に、避難が大げさすぎたことや、安全策が過剰だったことは、それらが過少だった場合に比べて被害が少ない。

 ところが、不安説は、一向に終息しない。
 事態の究明が進んで、比較的安全な地域とそうでない場所の区別が明らかになり、避けた方が良い食べ物と大丈夫な食べ物が分別される状況が整いつつある中で、不安説は、むしろ勢いを増しているように見える。
 私としても、そうそう鷹揚に構えてばかりもいられなくなる。
 しかも、不安説は、個々人の感情的な反応であることを超えて、集団的な圧力を形成しつつある。と、これは、少々やっかいな副作用をもたらす。

 不安のようなものでも、組織化されると一定の「権力」を帯びるようになる。「利権」と呼んでも良い。
 不安利権は、やがてビジネスになり、政治的な運動の体を成すに至る。
 こうなるともはや無害ではない。
 復興の妨げになり、差別の引き金になり、ヒステリーの温床になる。

 で、おなじみの陰謀説が跋扈しはじめる。
 政府は事実を隠蔽している。
 東電と電通と電事連とマスコミは裏で手を結んでいる。
 記者クラブは経産省の犬だ。
 空間線量を測定する係の人間は地面を水洗いしてから計測している。
 世界中のメディアが日本を笑っている。
 このままでは国際社会の中で日本は放射能テロ国家の認定を受けることになる。

 無邪気な疑念や、ある程度根拠のある観察から始まったそれらの陰謀説は、集合し、攪拌され、洗練を加えるうちに巨大なデマに成長する。
 こうなるともはやただの瓦礫ではない。
 言葉が発明される。レッテル貼りが横行し、リストが作られる。
 誰が御用学者であり、誰がエア御用コメンテーターであるのか。
 かくして、議論は死に、論争は南京化し、真実は虐殺される。私は、このことをとても懸念している。


最後に、原発事故以降に発明された福島周辺の言葉について解説しておく。
 不毛な議論の周辺では、不毛なレッテルが大量生産され、それらのレッテルが思考停止を招くことになっている。

 用語について説明する前に、他人の言説を「レッテル貼り」と決めつける態度は、それ自体が「レッテル貼り」であるという指摘と、「思考停止ワード」という言葉が、実は最も典型的な「思考停止ワード」である旨について、一応の反論をしておく。

 おっしゃる通り「レッテル」は「レッテル」の一種だし、「思考停止ワード」は「思考停止ワード」そのものだ。
 が、だからこそ、われわれは、「自分たちがレッテルを貼り合っている」ことを自覚すべきなのだ。

 ともあれ、自分たちが使っている「レッテル」と「思考停止ワード」を列挙して、互いにそれを含みおいた上で議論をすれば、論争の不毛さはずっと軽減される。そう考えて、せめてレッテルを貼る時には、そのレッテルに対して覚醒していようではないか。

【フクシマ】:福島県のこと。原発事故を「ヒロシマ」「ナガサキ」の悲劇と並列させる文脈で語る際に、好んで用いられる。カタカナ表記は、この用語が「国際社会に向けて発信されている言葉」だということを示唆している。しかしながら、「フクシマ」が“Fukushima”でない点に注意すれば、この言葉の使い手が、日本人を対象に向けて語っているのは明らかで、つまるところ、この言葉を使う人間は、自分が、「国際派の日本人」である旨をアピールしようとしているに過ぎないのである。

 サムライ、ハラキリ、ゲイシャ、ツナミ、などなど、外人さんの視線を背景に語る日本人は、自国の文化や出来事を物珍しい陋習、ないしは恥辱として扱う植民地商人の手つきを……というのは、言い過ぎですね。はい。撤回します。

【原発ムラ】:原発利権を防衛するために団結している人々、またはその組織。メンバー構成や利権の配分状況が著しくムラ社会的であり、成員の行動原理がムラビト的(集団志向で、型にハマっていて、頑迷固陋で、秘密主義で、ウチに対しては横暴&従順で、外に対しては不誠実かつ冷酷)であることからこの言葉が使われる。ただし、適用範囲は、使う人間によってさまざま。電力会社社員、安全委員会、原子物理学者、原発選挙区の議員といった主要なメンバーのみを指す場合もあれば、原発労働者、原発シンパ、推進派の一般人、マスメディア社員、優柔不断なコラムニストなどを含めたすべてをムラビト視する論者もいる。私見を述べれば、この言葉を多用する人間は、「ムラ」を利害を共にする集団というよりは、陰謀の主体と見なす傾向が顕著で、ために、見解を異にする人々を迫害しがちで、最終的には自らがムラビト化しやすい。

【御用学者】:原発の推進と存続のために、原子力関係者に都合の良い理論とデータを提供する一群の学者を指す。研究テーマ自体が原発を前提としており、研究費の多くを関係諸団体に依存しているため、何を言っても信用されない。まあ、過去のいきがかりからして、仕方がない部分もある。ただし、誰を「御用学者」とするかについては、常に紛糾している。最も極端な一派は、「冷静に」という言葉を使っただけで、ただちに「御用学者」に分類する。冷静になってほしい。

【エア御用】:御用学者が、国なり原子力業界なりからなんらかの利益供与を受けているのに対して、「エア御用」は、具体的な利益とは無縁でありながら御用学者的な言説を提供している人々を指す。「ボランティア御用」とも呼ばれる。評論家、記者、新聞の解説委員、テレビのコメンテーター、小説家など、立場はなんであれ、原発に対して容認的な発言をする人物は、「エア御用」に分類される。ただしこの場合も、どこまでを「エア御用」とするのかについて、結論は出ていない。ちなみにでんこちゃんは隠れ脱原発だったことが発覚して、エア御用の広告代理店社員によって抹殺されたと言われているが、この最後の一文はエア御用コラムニストによる真っ赤なうそ。

【安全厨】:エア御用とほぼ同じ。ここで言う「厨」は「中学坊主→中坊→厨房→厨」という順序で連想変換された2ちゃんねる由来の接尾辞で、おおまかな意味は「(……を言い張る・に固着する)バカ」といったあたりにある。転じて「安全厨」は、「やたらと安全を連呼したがるアホなヤツ」ぐらいな意味になる。具体的には、原発や放射線について安易に「安全」という言葉を使う学者や評論家のこと。ただし、認定基準が用語使用者の恣意に委ねられている以上、実効的な意味は発言者の見識に依存する。東北新幹線に乗ったことをブログに書いただけで「安全厨」に分類された学者もいる。対義語として「危険厨」がある。

【放射脳】:放射能を過剰に怖がる人々、またその彼らの脳のありよう、およびその結果としての行動形態。主に理科系の学問をおさめた(自称も含む)研究者や、理性派を自認するグループが使う。対象は、反原発運動家や、非科学的な脱放射能健康食品の普及を進めている人々など。当然侮蔑を含んでいる。

 以上です。今回はオチがありません。みなさん。福島に行きましょう。当地には素晴らしい春がやって来ようとしています。大丈夫。安全厨の私が保証いたします。

コメント
※コメントは一番上に新しい発言がきます。
つまり、下からコメントされてきているということ。


2012年3月25日

この問題をややこしくしているのは、微弱放射線の有害性について医学界も全く明らかにしてこなかった点にあります。実はこれは、勝手の大気圏核実験などで大量の微弱な放射性物質が大気中にまき散らされてきた経過の中で、その原因を造ったのが、大国であり、その大国の大資本であり、原発もまたその大資本の延長線上にあり、その中で、安全性が語られていることが問題を分かりずらくしています。 特に、体内被曝については、全く測定方法もないままに放置されてきたのです。 明らかに急性毒性が表れる被曝量のみが、有害である閾値として語られることを。核推進派は主張してきました。 南京問題なととは桁違いの、隠蔽が核開発の歴史とともに行われてきたのです。不信の根はそこにあります。  問題は、20年後の未来の発癌の有無を語ることなのです。  その疑問に、安心できる回答を与えられなければ、誰も信用などしないのです。  つまり、それは、原子力を巡る大資本が無知な国民を裏切り続けてきた成果の果てなのです。


2012年3月25日

私も原発事故を「フクシマ」として、ヒロシマ、ナガサキと並べる事には強い違和感を感じていました。原発事故は現在進行形の事象であり、色々な意見が飛び交っているなかで各々が情報を取捨選択して何を危険とするか判断するしかない段階だと思うのですが、それを既に起きてしまった過去の出来事と並べる事で、複雑な出来事を符号化して一人歩きさせてしまっているように思います。


2012年3月25日

「何十年かたった頃、第一原発の周辺には、原発事故が存在しなかった旨を主張する人々が住んでいるかもしれない。」って、いや、さすがにそれはあり得ない。ちょっと原発事故を軽くみ過ぎではないですか?チェルノブイリをみればわかるように、恐らく数十年経っても建物の完全撤去すらできているかどうか…。もちろん溶けた燃料の取り出しなんて、ろくに手もつけられずにいる可能性すらあるでしょう。そもそもあの爆発の瞬間を捉えた記録映像を世の中から完全消去できるような超管理社会にでもならない限りあり得ないことだと思いますし、そんな状況下で「原発事故は存在しなかった」なんて、たとえ推進派でも言えるはずがない。どうも無理やり南京問題を絡めたくて、おかしな譬えになってしまった感があります。絶妙な譬え名人の小田嶋さんにしては、今回はちょっといただけませんね。まぁ「何百年か経った頃」なら、考えられなくもありませんが…。


2012年3月25日

>真実は虐殺される。私は、このことをとても懸念している。 /私も懸念しています。今回の記事は、真実を虐殺しようとする営為に思えますから。 >【放射脳】:放射能を過剰に怖がる人々、またその彼らの脳のありよう、およびその結果としての行動形態。/放射能を怖がるのに、過剰ということはないと思いますが。


2012年3月24日

南京事件と「フクシマ」の相似性のご指摘、その慧眼ぶりに今回は感服いたしました。 世の中には、根拠なく騒ぎたがる人が多いのは、寄せられるコメントを見てもよく解ります。人間は、100ミリシーベルト浴びても健康にはほとんど影響がないことは、はっきりしているにも拘わらず、何故こんなに騒ぎたがるのでしょうか? 私の祖母は、長崎の原爆で爆心地に当日救助に入っており、その後もずっと長崎で暮らしましたが、86歳で、健在です。


2012年3月24日

逆説的論調という手法を、フクシマという極めてセンシティブなテーマに使うのは如何なものか?案の定、混乱を招いている。もしフクシマという弱者を救いたいのであれば、それこそ文筆家としての手練手管など使わずに、正々堂々と論陣を張るべきではないでしょうか?「自分のプリンシプルを持てない、主張できないオトナ世代がフクシマを生み、日本を駄目にしてきた」・・・その真理を逆説的に伝える意味でも。


2012年3月24日

日本の記者クラブは政府の犬、というのはニューヨークタイムズの記事でよくある論調ですね。 実際そうなんだと思っていました。違うなら、なぜ記者クラブから外国メディアを締め出すのですか?


2012年3月24日

今回初めてコメント欄を除いて見たが、あまりのひどさにびっくりした。小田嶋さんが危惧し,警報を鳴らしている通りの状況だ。(受け入れられるか否かは別にして)主張していることがまったく伝わらないことに絶望する。今回のテーマだから特別にそうなったのか?


2012年3月24日

陰謀論が跋扈するのは分かる気がする。 理系サラリーマンだけど、震災直後の3~4月頃は、自宅ではネットにかじりついてた。あれ程まじめに調べたのは持病の事以来、という位、検索しまくった。で、「なんで米国エネ庁の航空機モニタリングをガジェット通信しか記事にしないんだ~!」とか、「なんで自治体の計測結果表を分かりやすく地図化して伝えようとするのがボランティアの物理屋さん達で、大新聞はちっともやらないんだ~!」とか、同僚と憤ってた。 とにかく、なんで、自分らでも拾えるような情報が、大手メディアでちっとも記事にならないのか、不思議で不思議でたまらなかった。 このコラムも、会津とか首都圏の一部より汚染が低い地域もあるのに福島県を十羽ひとからげにするな、という話なら、何の違和感もないのだけれど・・奇妙な読後感。「文科省などから出てる放射線量の地図を、まさか、見たことがないのだろうか?いや、小田嶋先生に限ってそんなはずはない!何か隠そうとしているに違いない!」とかなっちゃうんですよ。


2012年3月24日

またですか。やれやれ。今回も小田嶋さんがゲッベルスの役を引き受けた印象です。エスタブリッシュメントサイド。


2012年3月24日

歴史に学べば、多くの公害が似たような道をたどっていたわけで。今安全だと言っても10年後、後悔する人は多いかもしれません。今住んでいるからって・・・今タイムスリップして水俣病発症時期のその地域に行って、住んでいる人がいるから大丈夫と毎日汚染した魚を食べるのが良いことかどうか、考えてみてほしいです。それが良いことだと思うなら是非汚染された居住地域に足を運んでください。◆関東ですら危険と思っている私は、危険だと伝えることもタブーになりつつあることに危惧を感じます。10年後に後悔する人を減らしたかったのですが、黙って自分と自分の家族だけを守ります。◆ちなみに、誰も死んでないというコメントがありましたが、周辺の人が直接放射線障害で即死するレベルなら冗談でなく日本は滅びます。現時点では心筋梗塞による突然死や免疫力低下による感染症、慢性的な体調不良が増え、幸運な人は癌になるでしょう。本人も周りも放射性物質のせいと気づかず死んでいくから、運命と受け入れて誰も恨まず良いと思います。因果関係が証明されない限り幸せだし、多分されないでしょう。◆でも私はそんなリスク引き受けたくないんでね・・・。安全厨は是非行って応援、食べて応援してください。


2012年3月24日

 いつもコラム楽しみにしています。相変わらずの地雷を踏む勇気には感服します。人の噂も75日と言われた日本人もずいぶん成長したということでしょうか?それとも他に心配することはないほど幸福ということかも知れません。どちらも良いことのように思えますが、そうでもないようですね。これも合成の誤謬(初めて使いましたが)の一種でしょうか。それともマーフィーの法則のほうでしょうか。  福島の楽しい話を期待しています。


2012年3月23日

確かにフクシマと言葉にする時若干の緊張感があります。浜通りだけでなく中通りまで放射線量が高いことが引っ掛かるんですね。会津に関しては風評被害と思います。隣接県で農産物やレジャーで関わりが深い分、意識してしまう機会が多い。被災3県の中ではどうしても一歩引いてしまう私が居るというのが事実です。不安に駆られながら除染という見えない敵に対峙しなければならない人々にエールを送りたい気持ちと汚染された土地との認識との葛藤が緊張感につながっているのかも知れません。


2012年3月23日

低線量被爆が人体にどれだけの悪影響を及ぼすのか、直接的に実験がされたことが無い以上、どのレベルの放射線から危険と判断するべきかという論争が当面収束せずに続くのは当たり前ですが、それもあと50年ほどの辛抱です。南京問題と異なり、時間がたてば健康被害に関する統計が日本で取れるようになり、この議論は決着を見るでしょう。小田嶋さんの世代でもその結果を目にすることができるかもしれませんね。


2012年3月23日

天に向かって唾を吐くみたいなお話ですか、これは。ぬ~残念


2012年3月23日

10年近く、先生があちこちで書かれたものを読んでいるファンですが、今回のコラムは傑作のひとつだと思います。震えました。コメント欄に毎度書かれる「長すぎる」が今回はないのは、反小田嶋派(レッテル貼り)にとってもぐんぐん引き込まれる内容だったからだと思いますよ。


2012年3月23日

オダジマさんのコラムには、いつも記事の持つ本来の趣旨の斜め上を行くコメントが多くて、それを見るのも楽しみになってきています。 レッテル貼りやカテゴライズされることに反感を持つ層が 逆に一元的な物の見方をしかできない事にある種の滑稽さが見て取れてなんともはや…。


2012年3月23日

本コラムの主眼からすれば、「危険厨」と「安全厨」との対立の原因を腑分けして現実の事態改善に取り組むということは範疇の外にあるのでしょうし、問題の渦中からは距離を置いて岡目八目的な指摘を行うことが小田嶋さんのコラムの真骨頂だと考えれば、今回のコラムの趣旨はおおよそ首肯できるものであろうと考えます。 ただし、南京事件に関する「論争」や「対立」に関する叙述には大きな誤認があります。この「論争」は対立する二つの「狂信者」が極端化した意見を述べあい、双方が政治的な思惑で「アンフェアな態度で議論に臨」んでいるわけではありません。むしろ、南京事件などが代表する旧日本軍の非人道的な振る舞いをどうしても認めたくない・認められない心情を持つ人々が、丁寧に史実を発掘してその史実の含意をくみ取ろうとしている誠実な努力に対して難癖を付けているというのが、より実態に即した描写であると思います。 今回、南京事件に関する一見「論争」のように見えるという形骸だけをもって「南京化」という「レッテル」を小田嶋さんが発案されたのは大変残念でした。岡目八目だからこそ「論争」の本質に切り込んでほしいと願っております。


2012年3月23日

最近の氏のコラムは炎上を狙っているとしか思えない。メディア()は不確かな情報を元に放射能の危険性について述べることはできない、というならせめて黙っていてくれ。


2012年3月23日

非常に良識的で冷静な良い内容だと思います。(オチなしと言いながらちゃんとあるし、レッテルについてのお話は目から鱗でした。) ただ、何度か止めた方が良いと本コラムで諭しておられる、マスコミの陰謀説については、気持ちは分かるのの、言わない方が良いのではと思ったりもします。 少なくとも、以下の2つはネット上で一部が叫んでいる格好ですが、日頃接している人々の言動から察するに、半分以上がそう思っているものの、口にしたところで気分が悪いから口にしないだけだという感じです。 特に、年配の方は、それを口にする事そのものがかなりのタブーだと思っているような感じですね。 ・政府は事実を隠蔽している。 ・記者クラブは経産省の犬だ。 誰だって、資料出せと言われた時に堂々修正なしで「ハイッ」って出せないって時点で疑われるものです。 失敗についてなら尚更ですね。 「立場使って色々やってんじゃないの~?。彼等、腹黒だし~~。生きる不良債権だよね~~~。」って思われてるのは間違いないと思いますよ。 「彼らがやって失敗したんなら、誰がやってもそうなっただろう」なんて信頼は皆無。


2012年3月23日

まれに首を傾げたくなる記事も無くはないですが、先生の見解には膝を打つこともしばしばあり、このコラムは毎回楽しく読ませていただいていました。 しかし、今回のコラムは最低です。あまりの卑劣さに反吐が出そうになります。 「テーブルをはさんだ両者」について平等に語りなさいよ。どうして「放射能を警戒する側」の一方の批判だけに傾注するんですか。 それも、ツイッターや2ちゃんねるの中の、滅多に見ない極端な意見を、さも「脱原発・反原発のメインストリーム」のように語るとは。数日前ツイッターで、「「理屈は合ってるけど、それって極論だよね」みたいな話を「常識」に持って行こうとする」論調を批判していたのはどこのどなたでしたっけね? 瓦礫を全国に散布するために「言葉が発明」し、「レッテル貼り」を横行させ、「リストが作」っているのは一体誰の方ですか。最近のニュースをろくすっぽ見ずに語るとはいい根性ではないですか。 原発事故に怯えて、着の身着のままででも子供を守るために安全圏に脱出しようかどうかと考えている母親に対し、信じられないほどの無神経な記事です。「絆」「ふるさとを守るため」などの欺瞞に満ちた忌まわしい言葉で縛り付けられている福島県市民に対しては何とも思わないんですか? 「現実に人間が住んでいる」からと言って、彼らが全て自分の意志で望んで住んでいると単純に考えているんですか? 先生はこのコラムで、「脱原発・反原発」に対して薄汚いレッテルを貼ろうと試みているのですね。数日前の陰謀論に触れたコラムも、これの前置きだったのかと疑わずにいられません。テーブルに付いた議論を困難にさせているのは先生のほうですよ。その自覚はおありですか?


2012年3月23日

カドミウム、有機水銀、微粒子物質にアスベスト、そしてダイオキシン・・・過去に政治が否定した因果関係が覆った事例には枚挙にいとまが無い。しかも、否定したがる側が被害者の補償も担うわけですから、そりゃ、因果か関係の解明には相当な時間と、因果があると考える側の強烈な圧力なくしては成り立ちませんなあ。結局は「政府を」信ずるものが救われる世の中か否か。信じてる人は安全と思えば良いし、信じられない人は危険と思うわけで。その答えは、10年20年のスパンで現れるという気の長いチキンレース。このレース、降りるが勝ちか、突っ走るが勝ちか。


2012年3月23日

「フクシマ」を語っている(←騙っている?)人たちの語り方(←騙り方?)が、「南京を語っている(←騙っている?)人たちの語り方(←騙り方?)」っぽくなってきそうな気がすると語っている(←騙っている?)小田嶋センセ、たいへんオモロかったです。と、油断していたら、さらに斜め上をいく「福島と南京を比較するのは的外れ」という◎外れなコメントがあったりしてオモロさ倍増です。わはは


2012年3月23日

日本は何で、評論家ばかりなんだ?本当の評論家は、それでいいけど、政治家や、お役人、その当事者までが、表面的でまるで他人事のような発言。みんな評論家だから、責任の所在も評論家にあるわけだから、意味が解らん(w)。。。リーダーは危機の時ほど求められるが、もともとリーダーが育たない日本では、危機だからといって、リーダーが出てくるはずも無い。それでも、わいわいがやがややって、何とか進んで、現場の試行錯誤は気の毒なくらいだが、そこで答えを見つけて前進する。前進するしかない現場にしか、答えが無いから、仕方ない。リーダーは衆知を集め、どこに問題点があるか見極めて、方向を示し、役割を与える(適材適所)しかも、物事をうまく運ぶ為の、アドバイスを常に忘れない。行動は素早く、判断を誤る事がない。仮に誤っても、直ちに修正できる。そんなリーダーは、ない物ねだりなんだ。エリートリーダーが育たなかったのは、育てる意志が欠如していたからだろう。政治家は今や、脚の引っ張り合いのプロばかりが育ってしまった。そのおかげで、下手なお笑いより、はるかに笑える。しかしこんな情けないお笑いが、いつか反省材料になって、優秀なリーダーが出てくる事を、期待しよう。一日の終わりは夜だが、朝は必ず来る。 信じなくても来る。朝が来るのだけは事実なんだしww


2012年3月23日

小田嶋氏ご指摘の通り、対立した議論は何も生み出さず、その中身はどんどん無くなっていく。その結果、日本の「原発」悲劇を生んだ。システムや設備の「改善」「向上」が出来ない土壌を作ってきた。与党(自民党)の政策や法律で縛られた(守られた)電力事業、原発。 何度も言うし言われているが、悪者探しも結構だが、これからどうして行けば、福島の人の、国民のリスクを減らしながら復興に向かえるのかの議論をしたいし、期待している。


2012年3月23日

全く同感です。 放射性同位元素は地球上どころか、宇宙中に自然に存在するものです。ただ、福島の一部の地域にその量が多い地域があるだけなのです。引用されているトンデモ記事の発信者は前前総理に近い(又は 近かった?)ことをtwitterの写真に使って自慢していた人ですからねぇ。 1マイクロシーベルト程度の値を正確に測定することは、専門家が正確に校正された測定器を使用し、専門の知識を使って測定しなければ「不確かさ」と「誤差」が大きくなるのに、自分の計った数字が唯一の正しい数字であるかのごとく書けるのはやはり前前総理の影響なのでしょうか?


2012年3月23日

確かに反対派・推進派とも歩み寄る気配がないですね。やはり影響力のある有名人が、率先して行動して示さないと。 小田嶋さん、コラムニストという仕事柄、福島に住めますよね?住んでみたら?福島なら、場所によってはわざわざスマホ持って歩かなくてもすむかもですよ。野菜を食べてみせる政治家のパフォーマンスより、よっぽど説得力がありますよ。


2012年3月23日

今回はまた全力で地雷を踏みに行きましたね。大丈夫ですか。 低線量とはいえ、若い人が放射線を浴び続けると健康に害を及ぼす可能性が高いわけですよね。なら、50代以上の、細胞分裂がゆるやかな世代の皆さんに、セカンドハウス的なものを福島に作っもらって、そこで暮らしていただいてはどうですかね。冬は厳しいでしょうが、山であれば夏は快適に過ごせそうです。ちょうどお金を持っている世代ですし。 福島の復興支援のためにもいいんじゃないでしょうか。 私には郡山に住む友人がいます。結婚して半年後に震災があり、放射線は心配だが家族もいるため費用の面から県外へ転居もできず…という状態です。セカンドハウスをつくるのは無理な場合でも、こういう方々と一定期間家の交換をするとか。


2012年3月23日

この文章、何か内容がありますか? 内容がまったくないのに記事になるのが不思議です。 実際福島の子供たちがどういう状況なのか、 わかってから発言してほしいです。


2012年3月23日

低線量被曝の健康への影響が未確定である以上、危険派と安全派の論議に決着をつけるのは不可能。大事なのは、自らの意思や諸々の事情にてかの地に踏みとどまっている人々を無用に不安がらせたりしないことでは?私も滝桜を見に行きます。


2012年3月23日

安全厨VS危険厨という対立の構図を作り出す必要があるんですかね?どちらも正しいことを言っていると思いますよ。対象者が違うだけで。 つまり将来子供を作る予定の20代以下は危険厨の言うとおりにできるだけリスクを低くすべきです。この人たちの使命はできるだけ長く健康に生きて日本に税金を納め続けることです。 これから子供作る気のない50代以上は安全厨の言うとおりに福島をがんがんサポートすればいい。 30―40代はそれぞれの家族構成、ライフスタイル、仕事と健康とどちらが大事か等、個人が最適と思う道を自己責任で選べばいいだけの話です。(ただし子供の命は巻き込むなということです。) 私達はチェルノブイリという過去の先例から学ぶことが出来るという点で大変恵まれています。 「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」 今、福島で人々が普通に暮らしているというのは学ぶべき歴史じゃなくて経験の方ですよ。


2012年3月23日

すばらしい洞察だと思います。 既に1年経ちましたが、放射線被爆による死者は1名もいないということが、正しく評価されることを望みます。


2012年3月23日

まだ「レッテル」かどうか判別できない。 息を吸ってもそりゃ今は平気かもしれない。 じゃあ、将来は?それは科学的な検証が必要。 放射能に関しては、扇情的だったり悲観的だったりと 「雑多」な根拠ない記事が増えるというだけで、既に人々に混乱を与えている。 影響力を持つ人が何かを発言する時には、内容に責任を持って貰いたいものです。


2012年3月23日

安全厨VS危険厨という対立の構図を作り出す必要があるんですかね?どちらも正しいことを言っていると思いますよ。対象者が違うだけで。 つまり将来子供を作る予定の20代以下は危険厨の言うとおりにできるだけリスクを低くすべきです。この人たちの使命はできるだけ長く健康に生きて日本に税金を納め続けることです。 これから子供作る気のない50代以上は安全厨の言うとおりに福島をがんがんサポートすればいい。 30―40代はそれぞれの家族構成、ライフスタイル、仕事と健康とどちらが大事か等、個人が最適と思う道を自己責任で選べばいいだけの話です。(ただし子供の命は巻き込むなということです。) 私達はチェルノブイリという過去の先例から学ぶことが出来るという点で大変恵まれています。 「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」 今、福島で人々が普通に暮らしているというのは学ぶべき歴史じゃなくて経験の方ですよ。


2012年3月23日

マトリクス的な組み合わせとして「南京大虐殺はあった」「フクシマは問題なく住める場所」って意見の人は珍しいですね


2012年3月23日

南京事件の比喩はやっぱり違うだろうな。南京事件はこれ以上検証がなされない限り(いや、たとえされたとしても)、何十年経っても平行線だろう。しかし福島は違う。数年数十年経つうちに何らかの結論を得ることができる。安全だったのかそうではなかったのか。安全派の先生方は放射能の影響としてガンと白血病しか考えないらしいが、本当にそうかどうかも、早晩明らかになってくるだろう。誰かが全力で検証を邪魔しないならば、だが。 もし放射能に赤い色でも付いていたら、もっと状況は違っていただろう。煙が充満する韓国の地下鉄の中でさえ逃げずにじっと座っていた人々よりも、福島の人たちが逃げるのが難しいのは当然。見えない匂わない痛くもかゆくもない。首都圏全体を覆う巨大な正常性バイアス。


2012年3月23日

相変わらず地雷を踏みまくってますね、小田嶋さん。だから、毎週読みに来ちゃうんですけどね。 しかし、記事の評判とコメント欄の不一致は相変わらずですね。「人が住めない」とか「信じられない」とか。こういうところでも活動している危険厨の皆様、お疲れ様です。


2012年3月23日

県庁所在地の福島駅前から北に5キロ地点の「信夫山子供の森公園」は1.546マイクロシーベルト毎時です。年間だと13ミリを超えます。全村避難した飯舘村の四倍以上です。小田嶋さんも公園で証拠の写真(大きなモニタリングポストあります)とってア ピース オブ ケークで発表してください。追伸・・・異論のある方は群馬県大沼のワカサギのから揚げ食べてみて!・・・珍しく政府では食するのは控えてくださいときちんと発表してます。


2012年3月23日

そりゃ東京から見てるからでしょうな。マスメディアの中心はネット時代でも首都東京ですし、テレビも新聞も全国発信は東京。これだと外野によって議論は不毛化するし、レッテル貼りもなくならないでしょう。地元から発信できれば多少は違ってくるのでしょうけど、地元は柵が多いし…■フクシマというカタカナ表記へのレッテル貼りへの着眼は素晴らしい。日本だと他には大阪を「ナニワ」と片仮名表記することが多いです。東京を「エド」と表記するのは皆無、レッテルですね。そういやオダジマさんもナニワと書かれていたような…■キース・リチャーズ死去のデマにはモロにまんまとひっかかったとの前に、リンク先の記事が削除され、しかも捏造だったとのこと。このオチには大笑いさせていただきました。


2012年3月23日

少なくとも現在の日本国内では「ヒロシマ」「ナガサキ」は広島「市」長崎「市」であり、「フクシマ」は福島「県」という認識なのが被災地でも福島だけが敬遠されてしまう理由ではないでしょうか?もし福島第一原発が「大熊原発」「双葉原発」という名前だったら福島全体が風評被害に会うことはなかったかもです。


2012年3月23日

オチがないと言いつつ、「大丈夫。安全厨の私が保証いたします。 」には笑いました。小田嶋さんのこうしたセンスがうらやましい限りです。また、「フクシマ」を巡る議論と「南京」のそれとの類似性を発見した慧眼にも脱帽です。


2012年3月23日

毎週楽しみに拝読させていただいております。 うちでは、昨年の9月に福島に2泊旅行をしました。 大した復興支援ができないので、せめて福島に足を運ぶ、福島でお金を遣う、ことをしようと思いまして。 地域を限定して隔離するしかないと、福島に住む人の口から聞いて、切ない思いをしたことを覚えています。 しかし。 今回ご説明いただいた用語の意味を拝見するに、そういう方々は全体として「原発反対」のスタンスが大多数なのですね? また、ネットに密にアクセスしているからこそ陰謀説に親しんでしまうのではないか、とも。 なぜなら、私程度のネット使用状況では、そのような言説に出会うことは稀(というより、小田嶋氏のコラム等で知ることが多い)だからです。 もっとも、こういう何も知らないでのんびりしたような人のことを「情報弱者」というんでしたっけね。 だからこそ、状況をよく知る人がエマージェンシーを発動する意義は高いと思います。


2012年3月23日

恣意的な数字を無邪気に信じる安全厨に与する気はないが、脳内で恐怖を自己増殖する危険厨は最も唾すべき存在だ。▼筆者の好きな某掲示板で、安全厨が危険厨に押されがちなのは安全厨の主張には反証可能性があるだからだ。それは科学的な態度といっても良いと考える。しかし危険厨の主張には往々にして反証可能性がない。なんとなれば脳内で自己増殖した恐怖という感情をもっともらしい言説で糊塗しているだけだからだ。まったくもって非科学的だ。獣並といってよい。▼生物の生存本能としては正直な態度といってよいのだろうが、エテ公じゃあるまいし▼安全厨と危険厨の論争が常に醜いのは、少なくとも一方が醜い獣だからだ。▼福島にいくからどうだ、というわけでもないだろうが、危険厨のドタマの冷却水になるなら歓迎だ。わざわざ原発を見に行くこともないだろうが、旅行の安全を祈る。


2012年3月23日

良識の持ち方について、丁寧にご教授頂いたように感じて感謝しています。 先日休暇が取れたので、福島を通って秋田の温泉に行きました。温泉で一緒になった郡山から来たおじさんが、湯に浸かりながら「僕は東京から派遣されていた時に結婚して以来福島県に住んでいるんだけれど、福島県って犯罪が少なくて警官も少ないんだよ。自転車泥棒が新聞に載るんだぜ。右折待ちのクルマがご丁寧に停止線を守って止まるもんだから、なかなか右折出来ないしサ。」と、全く原子力発電所の事故に関連しない地元のお話しを延々とされているのを聞いていました。後になって「そう言えば、全く原発事故の話をしなかったな。」と気づきましたが、「原発事故の話をしなかったな。」と気になる僕が、既にレッテル貼りをしているのかも知れない。と反省した次第です。小田島さん、ありがとう。


2012年3月23日

うそ多すぎな人を総力を挙げてマスメディアから 排除しないとマスメディアに対する信頼度が皆無になると 今回の「大事件」を通して感じた。 この手の記事が乗った夕刊紙は一切買わないことを決めた。 夕刊紙は東スポが一番正しいことが書いてあるのでは? という冗談が事実になる日がもはや来た気がする。 決算を捏造すれば刑務所に行くのに、 一切事実が書かれていない、 これほどの捏造記事を書いて実刑を食らわないのは 法律上問題があるのでは?


2012年3月23日

小田嶋氏の記事に感銘しました。福島では県民総出で除染に取り組んでいます。まだ一年しか経過していないので環境放射線量は減衰していません。が、しかし、30年経過すれば半分になります。その割合で減衰すれば90年たてば一割少しまで減衰します。私達県民の大多数は未来を信じて生きていきます。ほんの一部の県民が反対意見です。


2012年3月23日

福島県の浜通り地域には、独特の隠語があります。「毒饅頭食った」すなわち金品をもらって嘘をついたり、他人をだましたりする行為です。原発の立地していた自治体の有力者達です。ローカル新聞社もローカルテレビ局も同様です。私たち一般市民も皆、見ぬ振りをしてきました。そのおかげで市民ホールや下水道が整備されたり、農道すら全部舗装されました。事故のおかげで疲弊したふるさとから脱出できました。本心では家族全員喜んでいます。ふるさとに帰還したら悲惨な暮らしにもどってしまいます。以上が地元の実情です。


2012年3月23日

小田嶋様・・・福島県郡山市の中心市街地の環境放射線量を10分毎に測定して公開している政府のページがあります。政府の発表なので信じるかどうかは自由です。 以下 http://radiomap.mext.go.jp/ja/ これが正確なら、人間が住めない場所がたくさんありますよ。 福島県南相馬市原町区在住者より。


2012年3月23日

 本題とほとんど無関係で恐縮ですが、TVで、「先ほど、不適切な発言があったことをお詫びします。」をよく耳にします。  何が、なぜ不適切であるのかに一切触れず、とにかく謝ってやり過ごそうという無責任の極みであると思います。  これに比べれば、「○○という言葉は、不適切であったため取り消します。」の方が、なぜかを言わないまでも、何かを言っているだけましに思えてしまいます。


2012年3月23日

東電会長が1億数千万円だかの自宅を売って、福島県原発近隣に移り住み、被災者の復興の面倒を一生かけてみる、放射能なんてへっちゃら、ではなく、安心と人生をかけて処理する。当然でしょう。 社長も副社長もみんなで、人生をかけて福島に住んで、謝る。当然でしょう。 今なら、2万数千円で東電株主になれます。寄付のつもりで、もの言う株主こそ今です。


2012年3月23日

なんかもー、しつこすぎてうんざり。小田嶋さん好きだったのに。他にもっと追求すべき大きい問題あるじゃないですか?


2012年3月23日

南京化に憂慮します。 日本人は年々ウマシ化しているようで悲しくなります。 原発に関して、個人的には「より安全な終息を迎える為」に技術開発を続けながら、次世代発電の安定供給までは運転を承認をするものですが、きっとエア御用扱いですね。 津波の被害と原発の被害は一つの同じ災害(人災?)としか扱われず、瓦礫受け入れ反対にみられるヒステリックとも言える反対派の存在に悲しくなります。 今の日本においては、悲しいだけが人生だ。


2012年3月23日

別に氏が行かれることを止めるつもりも無いしご勝手にどうぞ、と言う立場だが、過剰に安全を煽っている文章は如何なものか?恐らく氏には影響は微々たるものだし、タバコの害の方が大きいだろう。そこに暮らしている訳では無いのだから。だが、私は身近な人や知り合いが中通り、浜通りに行くとなったら一応警告はしている。会津若松や喜多方ならあまり気にしないが。それと南京との比較は的外れだ。南京はもうかなり昔の事になってしまったが、福島は1年前の今も継続中の問題だ。南京は証拠が散逸してしまっているかもしれないが、福島にはまだ生の証拠が沢山ある。自分たちで調査もできる(原発の中以外だが)。この違いは大きい。雰囲気だけで語ってほしくない。数十年後、氏が死を迎える時に今回のコラムを読んでどの様な感想を持たれるのか非常に興味ある。とりあえず実態を確認したいなら線量計をお持ちになって数値を記録しておいて後から調べてみる事をお勧めする。取り敢えず、今は関東の薬局でも売っている7千円程度の物で十分だ。その位は出せるでしょ?線量の数値だけでなくその数値の原因が管理されてない放置された放射性物質による物だと言う事をお忘れなく。


2012年3月23日

そう、私も東北の海岸でゴミ拾いをしようと考えている。


2012年3月23日

実際に郡山や福島の駅前周辺に行って来ましたが、駅に降りた途端に信じられないくらい数値が上がります。駅前周辺で普通に1μSv/hを超える所がそこら中にあり、私の基準では到底住むことのできない場所です。汚染前はせいぜい0.05~0.1μSv/hだった場所ですよ。しかも原因が岩石に含まれている放射性物質や管理された状態の放射性物質では無く、そこら中砂や埃、道路や建物に無造作に付いている放射性物質です。この違いは分かりますよね?少なくとも安全安心な場所では無い、ハッキリした汚染地域です。今そこに人が住んでいるから云々は詭弁。本来は避難すべき地域です。もし私が住んでいたら直ちに引越しする事でしょう。直ちには影響が出ないだけで安全ではありません。5~20年後死の町になっていても不思議ではない。今大丈夫だから先々も大丈夫と言うわけではない。もう先が短い老人達はまだしもまだ若い子供や青年は住むべきではない。先ずは汚染マップをよく確認する事をお勧めする。新幹線の駅で言うと宇都宮より北~白石蔵王辺りまでは少なくとも安心安全な場所ではない。


2012年3月23日

震災の原発事故以降 人々は疑心暗鬼に陥ったままだ。 政府、東電、保安院、福島県などがデータを隠そうとしていた事実から何を信じていいかわからなくなっている。 風評被害だと言っているが、それが本当なのかどうかもわからない。できるだけ身を守るためには、危なそうなものには近づきたくない心理を蔓延させてしまったのだ。 まず、福島県にできるだけ多くの線量計を設置し、リアルタイムで確認できるようにする。食品は全数検査し全て公表する。全てをオープンにすることで、デマを完全否定できる土台を築くことだと思う。


2012年3月23日

毎度思うことですが、小田嶋さんの編み出すメタファはすばらしいですね。特に今回は問題の所在とその意味するところを、端的に説明してくれました。


2012年3月23日

今年は三春の滝桜を見に行こうと思います。昨年は交通が限られていましたから。本格的な春の訪れが楽しみです。


2012年3月23日

オダジマさん、ストレス溜まってんだなー、と思わせられた造語解説。結局いろんな意味でハケグチが欲しいんだなと考えてしまう。一種の発散でボランティアに参加する人もいる。いや仕事や友達関係の悩みではなく、この震災や原発事故という状況に合理的に立ち向かえない一個人のやるせなさが、支援という形態に代えて現出する。結果として素晴らしく、誰の迷惑にもならない人間社会の自浄作用なのかもしれない。でもさ、南京との違いは対立関係が加害者・被害者なら、東電関係者とそれ以外、となるのでは。30年後くらいに東電から、「原発事故はなかった」「放射能漏れは結局人体に害なかった」くらいのことを言うのだろう。あ、今でもすでにそれに近いこと言ってるね、国も一部のコメンテーターもガレキ受入反対派も。もうこれも仕方ない現象。ある意味では皆が自他に対する意識を強く持っている、絶望していないという証拠かもしれないと。意見の多様化も健全な証拠かもね。平静とは言わないが、我々は例え個人レベルでも論理的に動こうとしているってことだ。それは救いかもしれないよ、タヒチなんて未だに震災から復興の兆しすらみえない、ほぼ無政府状態だし。あれだけ他国が支援に常駐したって進まないのと比べたら、日本とはなんてすごい国なんだろうと思う。民族性?社会システム?地勢? 年金だ消費税だ少子化だと問題も多様だが、我々はとても強い国なんだなと感じてしまう私は、ちょっと他人事のオポチュニストなのかしら?


2012年3月23日

フクシマが安全かどうか、はっきりいってよくわからないです。もっと言えば東京が安全かどうかさえわからないです。 つまり、放射能・放射線は低線量では安全だという人もいれば、そうでは無いという人もいます。とくにチェルノブイリを研究した人には後者の人が多いようです。となると、誰もハッキリわからないことをいまから、日本人が実験台になるわけですよね。なりたいひといますかね。


2012年3月23日

「歩み寄る姿勢を持たない論争は、平行線どころか、より対立を深める方向で推移するものなのだ。」同意します。原発も推進派と反対派の対立が激しすぎて、本当の安全からかえって遠ざかってしまったのではないでしょうか。現実的・本質的な対応を望みます。


2012年3月23日

『ただ、現実に人間が住んでいる土地に対して、「人は住めない」という見出しをつけてしまえる感覚に、私は、どうしても、うまく折り合いをつけることができないのだ。 』 オダジマさんにしては、非常に抑えた表現ですね。でもこの場合は抑えても本人の為になりませんから、「・・・見出しをつけてしまえる記者の人間性を疑ってしまった」とストレートに表現されては?


2012年3月23日

■『南京化』と言う言葉は、穿ってはいるが「フクシマ問題」の「本質」を抉り出しているが、それ故、オダジマ氏自身が自覚している通りの触れただけでリスク化するという「地雷性」を帯びている。■早速、某自称革新派新聞社等は、「南京化」という「言葉追放記事」を書きそうでもある。■そうだよなあ・・我々は、残念ながら「交差点信号機設置の為に、人身事故を(周りクドイ表現になってしまうが)望むこともないわけではない」し、「論敵がアンフェアと判断すれば、隠蔽も恣意的引用も権謀術数もする強力なアンフェア派にも(マタマタ、周りクドイ表現になってしまうが)なることもないわけではない」・・・■そして、南京化している又はしつつあるよ、との『自覚』こそがポイントでは・・との指摘には「共感」を覚える。■それにしても、またコメントが大激増だなぁ・・ナニセ『南京』だもの・・・・


2012年3月23日

福島市の住人です。地元住民ですら大まかに3つの反応に分かれてしまい、さらに子供を持つ親が避難組と居残り組の2派に別れ、この4月から転居する家族も少なくありません。 多くの住民はそれぞれの判断で行動していますが、その実情は少数のジャーナリストが「都合の良い記事」に仕立て上げている。まずはフクシマでなく福島に来ていただき、現地の実情を自分の肌で感じていただきたいと思うのです。


2012年3月23日

所詮、上杉某の原発記事なんて左だか環境派右翼のヒステリーみたいなもので、当初より信用できるデータの提示もない不安を煽るだけのしょうもないものだと思っていたが、こんなくそ記事に影響を受ける人間が身の回りにもたくさん居ることに驚いたことがある。私の実家は福島で先日も帰省したが特に変わったことといえば天気予報に空間線量の数字が出てくるようになったことぐらいか。本当に福島に行ってみてほしい。良いところです。


2012年3月23日

福島のすばらしい温泉にいきたい。全部の旅館を制覇して、破産してもいい。浪江にいって、ダッシュ村を確認したい。ガレキも受け入れたい。1平方メートルのウチの庭に埋めてもいい。それで多少でも福島が助かるなら、近隣住民など全部テキにまわしてもいい。離婚してもいい。多少の放射性物質は目をつぶる。ソン社長みたいなお金持ちをめざして、福島の人を全部雇用したい。コメも野菜も牛乳も買う。コドモのためなんてウソはいいたくない。 だから、東電の電力は1Wも買いたくない。


2012年3月23日

上杉さんってまだいるんだフーン いつもながら切れ味鋭いコラムで感心します。 恐らく上杉さんも悔しがってることでしょう ぐぬぬぬぬ


2012年3月23日

福島原発関係で、困っている者です、私。 福島に関する、過度な楽観論、過度な悲観論、 どちらにも組せず、客観的・正確な分析を、 強く強く、望みます。


2012年3月23日

去年の秋、楢葉町からいわき市に避難している友人に会いに行ってきました。福島の秋は素晴らしく美しかった。東京電力管内に住む人間として、この美しい場所を「怖ろしいところ」にしてしまった責任を感じ、申し訳なく思いましたが、友人にきちんと謝ることができませんでした。 友人はまだローンの残る家を残したまま職を失い、実家に身を寄せながら介護士の資格を取って働き始めています。原発の近くに住んではいても、特にその恩恵も受けていなかったのに生活の基礎を根底から覆されたのを、自業自得だ、みたいにあざ笑う人さえいるのがやりきれません。せめて関東の人間は福島に対して痛みと責任を感じるべきだと思います。


2012年3月23日

今回の小田嶋先生の記事は、明らかに50代男性の視点を代表するものですね。2-3日と言わずこれからずっと福島に住まわれてもほとんどの人が寿命を全う出来る層です。 「人が住める場所ではない」というのは語弊があるとしても「放射能による深刻な健康被害を負うリスクなしに細胞分裂の活発な子供を産み育てる場所ではない」とは言えるのでは? 私がマスコミの報道に一番怒りを覚えたのはチェルノブイリ事故に対する報道と今回の報道の呆れる程のダブルスタンダードです。NHKは数年前にチェルノブイリ20年後の検証番組で大人の甲状腺がんが今になって急増していることを報道していました。当時16才で気にせずに屋外サッカーを楽しんでいた男性が30代半ば甲状腺がんになり後悔している姿を映し出していました。その男性が住んでいた地域の線量よりもはるかに高い線量の地域を避難区域に指定せず平気でまだ子供を住まわせている無責任な大人、日本が同じ境遇に陥ったら口を閉ざしてこの事を指摘しないマスコミ。日本の場合余りにも対象人口が多すぎて官としてはお手上げなのも理解できますが、危険を煽るのでもなく現実から目を背けるのでもなく事実を事実として受け止めてマスコミは報道して欲しいです。ちなみに私は海外在住ですが、こちらの日本に対する印象は「砂の中に頭を突っ込んでいるダチョウ」です。


2012年3月23日

 昨年12月に叔母の法要で郡山の近くへ2泊してきましたが、皆さん普通に生活してますよ。ただ、地震の爪痕は残っていて、仮設住宅が出来てましたけどね。  カタカナの「フクシマ」には寒気がします。マスコミも事故前と事故後で論調が変わっていて、なんでって・・・・  原発廃止も廃棄物の問題をどう処理するかによって意見が分かれると思います。活断層の調査が不充分に建設された経緯もあるので、安全性については疑問視してます。  放射能は目に見えないだけに不安がるのではと思いますが、この怖がり方はちょっと異常だと思っています。  たしかに長い年月を経ないと安全が確認できないとは思いますが、宮城・岩手の瓦礫は広域処理をしてもいいと思っています。なんにせよ、瓦礫を処理しないと次に続かないんです。


2012年3月23日

福島そのものより福島の復興に必要な経費と人的資源、付随して明らかになった問題などに感じてる不安と不満をスケープゴートとしての福島にぶつけてる人もおられるのかもしれませんね。歴史に学ぶのは確かに必要だとして、当面の問題の原因を過ぎ去った事象に探しても何ともできないのでしょうけど。その辺割り切れるか否かも大きな分断の理由になってるんじゃないでしょうか。


2012年3月23日

「レッテル貼りだ」といっている当人がレッテル貼りをしていることになっていたり、対立的な議論をしているもの同士が似通ってきてどっちがどっちだか区別がつかなくなるといったことはよくある。頭でものを考える人間の陥穽だろう。常識とか中庸とかまっとうな判断といったものからどんどん遠ざかっていく。*たしかに「フクシマが南京的状況に陥っている」とか「陰謀論が蔓延っている」とかいう言説自体もレッテル貼りであり思考停止に陥っている可能性から逃れることはできない。南京的状況に陥っていないかもしれないし、陰謀論などではなく真実であるかもしれない。それらは個々の事実に丹念にあたり、多くの情報を私心なく吟味してみないとわからない。だからフクシマに行く必要があるのだろうが、おそらく2、3日の滞在で判断するのは無理だろう。*私は「原子力ムラ」とか「ムラビト」とか言う言葉を平気で使う人の神経もよく分からない。「ムラビト」がダメなら「都会人」がいいのか。むしろ原発を作ったのは便利や富を求める「都会人」の発想だろう。村人は原発など作らない。自分は都会人だからといって村人を排除しようとする心性自体が原発を支えてきたのではないか。


2012年3月23日

福島出身の方が帰省した後で「危ないと思ったら捨ててください」といって土産を配っていました。 小田嶋さんが非難しているジャーナリストの方たちは自分が差別を助長しているという意識はないのでしょうか? 福島が危険と必要以上に騒ぎ立てる人たちを見ると、マスコミに入社できなかった恨みや学者として認められなかった恨みを晴らすために目立ちさえすれば良いといった姿勢に見えます。 福島の人々への影響を考慮しているようには見えません。 10年後か20年後かわかりませんがこれらの記事・行為を検証すべきと考えています。


※不支持の人のコメントが目立つが、読後アンケートでは
とても参考になった・是非読むべきが78~79%
参考にならなかった・読まなくてよいが14~16%
という、圧倒的な支持者多しの状況。

どんだけ声でかいんだって話。

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