福島に帰省して勉強会に出たあとに、
出席した方と、帰り道々話したんですが
「放射線のことって、なんか、日常会話では、出しにくい」
「ちょっと様子をうかがって、自分と同じように、大丈夫だと思っている人かどうかわかってから、初めて話せるって感じ」
「だからネコさんのブログでなら、みんな同じ土俵だから安心して話せる」
 
そういえば、勉強会の時も「いくら説明しても、最後に『だって、怖いんだもん』て言われると、どっと疲れる」という意見も出ました。

私も、勉強会の時に、1人1人の発言・質問コーナー&おもいのたけを話すコーナーの時に、同じようなことを聞きました。
宇野先生は「粘り強く説明するしかない」という回答でした。まさに正論です。それしかありませんね。でも・・・。

しかし、ふだん付き合うようなママ友にわかってほしくて、一生懸命説明しても、「でもねぇ」「そんなこといわれてもさぁ」・・・って言われること。・・・外にいて、しょせんネットでの戦いしかしていない私や、また専門的伝達技術を持つ宇野先生とは、比べものにならないぐらいのご苦労があると思います。

私は、自分では「大丈夫だよ」って思っていても、人にどう説明するか、において、自信のない部分も多かったのですが、この勉強会に出たことで、だいぶ知識がアップしたと思います。だから、こういうふうに、放射線について科学的にどうだ、人体にはどういう影響があるか、ということを小さな単位で学ぶことは非常に意義があると思います。理解して納得して安心するということだけでなくて、「同志がいる」と思えるからです。

勉強会ではエートスという活動も紹介されていましたが、「講演会」よりも、双方向の「勉強会」をこまめにやるというのがいいんでしょうね。

私は、9日、昼と夜の勉強会に出ましたが、昼は双方のやりとりが短いセリフで行わる、ざっくばらんな会合、夜は、講演→一人一人が意見 というスタイルでした。

不安な母親が対象、ということであれば、昼のランチ会合的なものがよりよいのかもしれません。

現役理学部大学生も発言されたのですが、「こういうのをさらっと語れる場がもっとたくさんあればいいなと思います」、そのとおりかなと思います。理系同士でも話がかみ合わなかったり、ネット情報に毒されていたりするようです。理系の大学生ですらそうなんだ・・・と思うと、一般人文系の身としては、なおさらよって思います。

福島における報道人の意見交換会で、どなたかが「福島では放射線に関する自分の価値観を人に押し付けないのがルールになっている」ということを言っていました。「価値観を押し付けないのがルール」、聞こえはいいんですが、「日常会話にしていない」「放射線について本音で語れない」の裏返しでしょう?本質的な問題がそこに隠されており、それが福島の報道のスタイルとなっているのが、私は問題だと思っています。

野呂美可氏がこまめにオルグ的に会合を開いていることを、菊池誠先生は「その点」は(内容じゃないよ)こっち側も見習うところがあると言っていたけれど、もっと、科学的に「だいじょうぶだ」と思える人が、1人でも多くの人にそれを伝える場をもっと広げていけないか・・・などと考えます。

私は福島に住んでいないので、それを、「どうも、この人、不安の人だな」とあたりをつけて、ネットの中でぼちぼちやっています。これまでみたいに、攻撃的にならないように。そして、相手の立場に必ず共感の意を示しつつ。
短気な私はどうしても文章がとんがってしまいがちなので、推敲を重ね、1000文字に2時間ぐらいかかって、大変ですが。

やっぱり、福島に住んでそういうことをやっていたかった。福島の友達に、「不安でうつ的になってる人もいるし・・」ってきくと、本当にそう思う。


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