避難している人が○万人と、ひとくくりに報道されますが、
「避難強制者」と「自主避難者」に分けるべきではないでしょうか。
前々からずーっと思っていたことです。ある女性掲示板・・・主に不安厨の方々がいろんな情報交換することで名高いんですが、自主避難者に対し、双葉郡出身者が書いていました。「あなたたちは、そんなこと言ったって、帰れる家があるんでしょう?私には、帰れる家がないんです」って。そしたら、それに対し、何てレスがついたと思いますか。「だって避難指示出ている人は、補償も十分だし、この先、ずっと国が面倒みてくれるじゃないですか」だって・・・。私はこれを見て、なんたることかと、同じ福島県民なのかと、思いました。悪く思ってはいけないんだけれど、そう思わざるを得ませんでした。・なんて酷い言葉を言えるのかと。

西日本とか、こっちの方では自主避難者と、避難を余儀なくされた人の区別は恐らくついていない。沖縄の雪問題で、「自主避難者の反対で」という言葉を初めて見たけれど、それまでだって、地元住民ではなくて、そういう方々が反発していたのかもしれぬとさえ思いました。

だって、原発の近くにいた方々が、福島市とか郡山市とかに避難して暮らしているというのに、福島市や郡山市から避難している人がいる・・・普通に考えたら、おかしな話です。いつも、「そんなところに住まわせている国が悪い」「国がお金を出したくないから」「物流を止めたくないから」って不安厨の方々は言いますが・・・
それを逆から見たら、一体どうなるんでしょう?

そんな考えでいたときに、福島の3月9日の勉強会で、ひまわり先生が現状報告の中に、被災者について語られ、まさにそのとおりと思いましたので、ご紹介します。





○福島市や郡山市は「本当の被災地」とは言えない 

見ていると、やっぱりその福島市とか郡山市ってほんとの被災地ではないんですね。ほんとの被災地っていうのは、福島県民にとっては相馬だったり原町(南相馬市)だったり、浪江や双葉や大熊だったり、いわきだったり。私の父の実家は浪江町の津島で、もうみんなこっちに来ているし、向こうから避難してきた高齢のおじおばはもう亡くなりました。これは避難生活が影響したと思います。本当の被災地っていうのは、そういう方々で、仮設に入っている方もいるんですけれども、そういう方々は、お子さんを連れて福島で暮らしているのに、ここで家も仕事も学校もある人たちが、不安でしょうがないっていう・・・。これは矛盾していると思うんです。

 (自主避難の方々は)もともと、不安になりそうな人たちが、行っている、という印象があります。ですので、メディアなんかではね、避難者っていうふうに、ひとくくりで言われますけれども、実際にほんとの被災者でない避難者と、それから本当に被災した避難の人たちっていうのは、分けて考えてサポートしていかなければならないかなというふうに思います本当の被災者の人たちっていうのは、やはり金銭的なサポートも必要だし、もちろんメンタルな面、もっともっと必要です。福島市内の仮設や借り上げアパートで暮らしている方々は、いつまでここで暮らすのか、あと2〜3年したら出ていかなくちゃならないのか、その時の転居先はどこなのか、といった不安を抱えて生活しています。

 それから、自主避難で、怖くてここにいられないという方々は、もしかすると、不安材料をまともに生真面目に受け止めてしまって悩んでしまうといった、もともとの性格的なものがあるように思うので、それを否定してはいけない、やはりそういう方々は、不安材料から離れて、ある程度納得するまで好きなようにしたほうがいいのかな、と。

 最初のころは、私も一生懸命、福島も大丈夫なんだよという話をそういうお母さんたちにしていたんですけれども、なんか大丈夫なんだよと言われると不愉快な顔されることが多いんですね。というのは、やはり、そういわれると、自分が選択したことを否定されたように、その方は感じるんだなというふうに気づきまして、それからはあんまり言わずに、帰ってきたくなったら待っているからねということを言っています。
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