小説や音楽をイデオロギーの手段にしていいのか。
前々から疑問だったが、今回、強く拒否反応を覚えた本からメモ。
白石一文「幻影の星」(黒字が小説転載)

登場人物に震災を「イリュージョン(幻影)」と言わせている・・・私は聞きたくなかった・・・幻なら、どんだけよかったかと思っているのに・・・

(略)

「人のこと振り回してもいいと思うの。いままでずっと振り回される方ばかりやってきたから。人間ってさ、最後は自分しかいないんだと思うんだよね。周囲のものは、人もモノも自然も全部イリュージョンなんじゃないかなっ、って。だから、自分が周囲を振り回さないと、逆にイリュージョンに自分が振り回されてしまうんじゃないかって。短かったけど、結婚しているときにそう思ったの」

「イリュージョンですか?」
と僕は問い返した。

「そう。イリュージョン。これって私のキーワードなんだよ、ここ数年の」

「じゃあ、あの大震災もイリュージョンってわけですか」

「そうね。全部イリュージョン」

堀江さんはきっぱりと言ったのだった。


登場人物に埼玉の温泉を「汚染されているかも」と言わせている
恐らく旅行先はこんなかんじ(小説中では「名栗温泉・錦松閣」・・・


土曜日は、午前10時頃に矢来町のニッポンレンタカーで車を借りて、代々木上原にある堀江さんのマンションにまず立ち寄った。マンションの玄関前で待っていた堀江さんをピックアップし、そのまま目指す名栗温泉へと向かった。

(略)

震災が起きたのは、ウイリアム英国王子の結婚式の7週間前で、日本の皇太子夫妻は式への出席を見合わせて被災者への慰問に専心された。むろん天皇皇后両陛下もいち早く避難所への訪問を開始し、その後次々と被災地を見舞って人々を慰められたのだった。

当初避難所を訪ねた東京電力の幹部、福島県知事といったお歴々は、被災者に対して詫びや激励の言葉は掛けても、膝を折って彼らと同じ目線で言葉を交わすことはしなかった。それに比較して、天皇皇后両陛下や皇太子夫妻は、一人一人の被災者の前で正座し、顔を寄せて彼らの話をちゃんと聞き、ねぎらいの言葉を口にされていた。

国民はそうした皇族方の姿をテレビ画面を通して知り、一代ぽっと出の権力者たちと万世一系の連綿たる後続を継ぐ人々との歴然たる器量の差を実感した。

僕はと言えば、皇族を皇族たらしめるのがひとえにその歴史であることにあらためて気づかされた。過去と現在とを融合させ、過去の言記憶や意味を自らの記憶や意味として保持する者。そういう存在は、今や皇族や王族をおいてほかにはあり得ないだろう。この人々は「時間そのもの」なのだ、と痛感したのである。

(略)

堀江さんは、この宿にも広い部屋にもご満悦の様子だった。無邪気に嬉しそうな顔をしている彼女を見て、僕もそても嬉しい心地になる。誰かと一緒にいるということの何よりの効用は、その誰かの笑顔や喜びに直接触れられることだろう。

ただ、それよりもさらに大きな喜びは、その誰かの苦しみや悲しみを分かち合えることなのかもしれない、とも思う。僕にはいまだそのような相手はいないし、目の前の堀江さんがその人だという気はしなかった。

(略)

僕も堀江さんも最初のいっぱいはロックだったが、備えつけの水差しの水を足してみると赤兎馬の風味が格段にまろやかになったので、二杯目からは水割りにした。
「やっぱり山の水は違いますね」
僕が言うと、
「でも、この辺だって汚染されているかもね」
「大丈夫でしょう?」
「分かんないよ。政府や東電の言うことはいっつも嘘ばっかだもの」
「少なくとも水道水よりは安全なんじゃないですか。地下深くに眠ってた水なんだし」
「どうかな。どっちももとは雨だしね」
「でも、きっと原発事故の前に降ったやつですよ、この水は」
「だったらいいけどね」

(略)

「でもさあ、なんだか不思議だよね。こんなふうに熊沢君と一緒にいるなんてね」
遠くを見るような目で堀江さんがふと呟く。
「こういう時間があったことも、そのうち全部忘れちゃうんだろうにね」
僕は空になった彼女のグラスに水を追加して焼酎をそそいだ。ついでに自分のグラスにもたっぷりとそそぐ。

(略)

「熊沢君のことも今夜のこともいずれすっかり消えてしまうんだよ」
「何しろ全部イリュージョンなんですからね」
僕は茶化すように言った。


人々の不安を直感で察知して題材にするのが小説家である・・・というようなことを千貫森の宇宙人さんに聞きました。さすがに不安描写は的確


ある不安厨なんだろう読者が、彼の作品で、この本ばかりは自分にしっくり合ったと言っていたのを読んだ。私にしてみれば、彼の前の作品の良さがわからないでいて、この作品にだけ飛び付くとは、ほんとに、利用されたもんだとがっかりする。。。。。今後、不安厨がどんどん彼に群がってしまうのではないか・・・。
(略)

今日はもう7月1日だった。
東京に来てからというもの時間の速さがずいぶん増したような気がするが、とりわけ3月の地震以降は日々が加速度的に進んでいく感じが強い。地に足がついていないような浮遊感めいたものが身体からどうしても抜けなかった。

大地震と共に何もかも流動化してしまったのかもしれない。福島の原発はいまだに放射能を放出しつづけているし、日本列島のいたるところで地震が頻発し、火山活動が活発化している。これで人心が安定するわけもなく、案の定、この国の政治や経済もふらふらしっぱなしである。

地面もゆらゆら、人間もゆらゆら、社会もゆらゆら。

そらならば、時間だってゆらゆらしても不思議ではないだろう。

最近の僕は、自らに降りかかっている説明不能な現象をそんなふうに受けとめるようになっている。この世界には何一つ確かなものはない。人の運命や生死も、それぞれの心も、集合的な意識や無意識も、そして自然現象全般もちっとも盤石ではない。どれもが曖昧模糊としていて不完全、不安定で、かなりの部分で行き当たりばったりなのである。

そもそも僕たち人間には、この「世界」そのものが一体何であるのかさえほとんど分かっていない。最新の宇宙論をひもとけば、「ビッグバン宇宙論を支持するかぎり、この宇宙には人間がいまだ把握することができないダークマター(暗黒物質)が存在すると考えるほかない」とはっきり書いてある。しかも、そういったわけのわからない暗黒物質がこの「世界」の全物質の96パーセントを占めているというのだ。科学の最先端で真剣に議論されているのが「暗黒物質」といまだ呼ばれる存在の有無なのだ。その一事をもってしても人類が世界や宇宙の全体像をどの程度のレベルで理解しているか容易に想像がつく。だとすれば「時間」というものもまた、そのような不確かな要素の一つと考えた方がはるかに現実的ではないか。



東京において、自主避難でゆれる夫婦の描写

たしかに現在の福島第一原発の状況を見れば、赤ん坊や小さい子供たちを関東圏で育てるというのはなかなか厳しい判断だ。角田夫人のように遠方に実家がある人たちは当然ながらそこでの出産や子育てを望むのが自然だろう。まして、夫である角田さんの勤め先もちゃんと徳島に用意できるとなれば、お腹に子供を宿した角田夫人が、子供たちや自分のために現在の仕事を辞めて徳島に帰って欲しいと求めてくるのはますます自然なことのような気がする。

(略)

角田さんは、家庭を取るか会社を取るかの二者択一を迫られている。

これが、地震や放射能といったかつてない状況下でなければ、夫人のわがままとしてあっさり片づけられたかもしれない。働き盛りの男から長年の仕事を取り上げるなんて、幾ら家族でも許される話ではないと・・・。だが、まさにこの状況下では、夫人の言っていることにも十二分の理があると言わざるを得なかった。

仮に原発からの放射性物質の飛散が終息したとしても、すでに放出された大量の放射性物質との長い長い戦いが待ち構えている。水や食べ物、空気がもはや安心して口に入れられなくなっている環境の中で、東京という巨大都市が果たしてこれからもいまのような規模とパワーで存続可能なのかどうか、その点について確言できる人物はきっと世界中に誰一人いないだろう。

(略)

男の角田さんは本音の本音では、奥さんも子供も東京に居残ってほしいのだ。

たとえ放射能汚染の危険性が少しあったとしても、誰もが逃げ出さなければならないほどの状況ではない。仮に数十年後に発がん確率が何十パーセント上昇したとしても、そのときはそのときではないか。人間は死ぬときは死ぬし、生きるときは生きる。あの津波で亡くなった大勢の人々にしても、きっとそれが逃げようのない彼ら自身の運命だったのだー角田さんはそう考えている。

だが、奥さんは違う。我が子を体内に宿した彼女は、どうしたって現在の首都圏に住むわけにはいかないのだ。

たとえどんなに低い確率であったにしても、これからこの世界に生まれてくる我が子に放射能のリスクを背負わせるわけにはいかない。もし仮に二十歳かそこらで子供たちが甲状腺がんを発症することがあれば、それこそ取り返しのつかない。牛乳や野菜、魚や肉、お茶の葉にさえ放射性物質が付着し、自分たちはその無味無臭の見えない毒素を知らず知らずに体内にとりこんでいく。そんな危険極まりない世界で、子供を産んだり育てたりできると考えるのは余りにも楽観的で無防備だ。あの震災で亡くなった人たちの尊い犠牲を無にしないためにも、私たちはより安全な場所を目指していまこそ跳躍せねばならないー奥さんはきっとそう考えている。

(略)

絶望や希望といった言葉は、そうした超越的な現実の前ではもはや何の意味もなさないことを僕は感じた。今回の大地震や大津波のあと、巷に氾濫する「祈り」や「希望」といった言葉にどうしても自分が同調できなかった理由が、そのとき僕にはっきりと理解できた。僕たちは、あの大地震や大津波の光景を目のあたりにすることで、死の恐怖や絶望ではなく、実際は死の永遠性を垣間見たのである。

僕たちは、2万人に達する今回の大量死を経験し、初めて、死が死体ではないことを知った。祖父母や父母、若くして事故や病に倒れた友人たちの死に立ち会って、僕たちはいつの間にか死は死体だと思い込んでいた。だが、何万人もの同胞たちが一瞬にして生命を奪われたという事実の前で、やっと「死」が「腐敗していく肉体」でないことに気づかされたのだ。

死こそが不滅のものである、という事実を僕たちは痛烈に思い知ったのである。



津波を意識した書かれたものであることは明白であり、実際、海辺に住む方々でそういう声を何度も聞いている。その通りだと思う

(略)

「あの水害んときは、こん川ば大勢の人が流されよったんじゃ」

祖父は川と向き合うと決まって言うことを言った。たいていはそのあと「まっことひどか雨じゃった」とか「あげんすごか雨は後にも先にも見たことがなか」とつづくのだ。しかし、この日、祖父は思いがけない言葉を口にした。
「じいちゃんも、目の前ば子供を抱いた若い母親が水に飲み込まれていくのを何もできんで見送ってしもうた。
僕はその台詞にどきっとして祖父の顔を見た。いままで聞いたこともない話だった。

(略)

「やけどなあ、武夫。そうやって大勢の人の生命を飲み込んだこん川を決してうらんだり憎んだりしちゃいけんぞ」
不意に祖父は僕の方へ顔を向けて言った。
「わしらはみんな自然の一部じゃけんの。やからこそ、牛や豚やトリば殺して食べさせてもろうとるし、魚やって生き物やし、野菜や果物やって生き物やけんな。みんな自然の仲間内やからこそ許してくれとると。こん川や海も同じたい。いのちばみんなでそうやってやりとりして、そいで全部御破算、まあるくおさまっとる。人間は自然の一部である生き物ば殺して食いよるんやけん、そのかわりに自然の一部である海や川、山やこの大地にいのちをささげないかんこともあると。生きとるいうんはそういうことたい。生きとる限りは誰でも死なんといかん。誰でもそうたい。生きて死んで、そいでいのちはちゃんとしたいのちになるけんね。みんな死ぬけん、みんな生まれる。こん川や海はそういういのちのおかあさんみたいなもんたい。やから絶対にうらんだり憎んだりしたらいけんとぞ」
3月の地震からしばらくして、しきりに思い浮かんできたのが、祖父が死ぬ直前に遺したこの言葉であった。

(略)

この主人公も堀江さんも「すべてはイリュージョン」だなんて思っている同士。そんな人たちが真剣に人を好きになるなんて無理だというのがわかります

僕は1年だけ長崎市の保育園に通っ(てい)た。

(略)

すかりぼやけてしまった記憶の中でひとつだけ今でもはっきり憶えているものがあった。

(略)

「あなたが悲しむときは私も悲しみ、あなたが喜ぶときは私も喜ぶ。私はあなたの悲しみであり、喜びである」

だれかと付き合うのは、その人と喜びを分かち合うだけでなく、その人の苦しみも分かち合うことだとずっと信じてきたのには、案外、この無理矢理のように憶えさせられた一節が大きな影響を与えたのではないかと僕はひそかに推測している。

最近、堀江さんとはまったく会っていなかった。

あの温泉旅館に行って以来、一度だけ一緒に食事をしたが、そのあとは電話一つしていない。こちらからも連絡しないし、向こうからも何も言ってこない。彼女との関係はこのまま自然消滅するような気がしているが、僕は、それはそれで仕方のないことだと思っている。


健ちゃんのようなマトモな生き方=人を愛することが大事という生き方を、羨ましくも、そうなれない主人公が、今のフラフラした日本の若者を言い当てているようで、秀逸

だけど、主人公が健ちゃんの言い分を、端からすべて否定している。主人公=白石氏の考えなのだ。
(略)

「こんな時代に子供なんてって、いう人間が大勢いるやない。原発があげなことになっていずれ日本中放射能だらけやとかね。でも、俺はそういうのはあんまり信じとらんのよ。そりゃ、放射能の害ってのはあるにはあると思うけど、でも、いまみんなが心配しとるほどひどくはならんと思うとる。こん長崎が原爆食らったときやってさ、もう何百年も長崎の町にはぺんぺん草も生えんて言われたし、異常児がばんばん生まれるに違いないって、当時だってみんな思っとったわけやろ。でもそげんひどかことにはならんかった。チェルノブイリの森やって、たった25年で完全に再生しとるし、動物たちは他の森の動物たちよりずっと元気に暮らしとる」

(略)

健ちゃんが言っているのは、放射線の「ホルミシス効果」の話だった。たしかに、チェルノブイリ周辺の森では、事故当初はものすごい放射線量で大半の動物が死に絶えたが、ある程度の時間が経過し、そういう死滅期が終わって森全体が低線量被曝の温床と化してからは、大方の動物学者の予想を大きく裏切って、ネズミや鹿、熊やイノシシなどの動物たちは、それこそ他の森の動物以上に健康に繁殖していったのだ。少量の放射線はかえって放射能への抵抗力を高める、と主張する原発推進派がいるのは、こうした放射線ホルミシス効果を評価してのことだ。


「プルトニウムは自然界には存在しない、人間がこの手で作り出してしまった悪魔の物質だってよく言われるけどさ、僕はそういう物言いの方に人間のどうにもならない傲慢さを感じるね。人間が自然の産物以外の物を作れるわけなんてないやろ。そもそも当の人間自体が丸ごと自然の産物なんやしね。だとしたら自然がわざわざ人間を滅亡させたり、目も当てられんような悲劇を作りだしたりするわけないやろ」
健ちゃんは言った。

「やけど、低線量の被曝でも、発がんリスクが上がるのは間違いないやろ。特に小さい子供の甲状腺がんはチェルノブイリ周辺でも明らかに増えとるんやし」
と僕が言うと、

「まあ、そういう不運な子供たちも出てくるやろうけど、この社会がパニックになるほどの数にはならんのやないの。千穂子さんは気にしとるけど、食べ物やって選んで食べれば全然大丈夫てニュースでもやっとるやない。果物の種とかでっかい魚とか汚染された草を食べた牛の乳とか、そういうのだけ用心しとけば、あとはこの身体が上手に放射能ばやっつけてくれるて」
健ちゃんはあくまで楽観的だ。

「そげん簡単な話でもないと思うよ」
そう言いながら、現在の東京の雰囲気は、こういった気楽な意見をとても受け付けないくらいに緊迫している気がした。先だって西新宿で飲んだ時の角田課長の話が頭をよぎる。角田夫人は郷里の徳島に家族全員で避難しようと躍起になっているのだ。

僕は、健ちゃんの言うように「プルトニウムもまた自然の産物」だとは思わない。チェルノブイリ周辺の動物だ血がホルミシス効果で旺盛な生命力を発揮しているのは事実かもしれないが、だからといってチェルノブイリ原発事故が周辺環境にもたらした甚大な影響を肯定的に評価することはまったくの筋違いのような気がする。動物たちの免疫力が放射線障害を克服できた大きな要因の一つは、森から人間が退散したことだった。動物にとって人間とは自己免疫力を強烈に抑制してしまうほどの脅威なのだ。当の人間は、動物とは比較にならないくらいのストレスを恒常的に受けている。その点では、過酷な「渡り」により消耗で放射線が作り出す活性酸素を撃退できなかったツバメたちと同様、人間も低線量の放射線で強いダメージを受けてしまう可能性だって充分にあるのではないか。

どちらにしろ、この理不尽なリスクを僕たちがすすんで背負う必要があるとは思えない。このリスクは原子力発電を止めてしまえば少なくとも今後は完全にゼロにできるのだ。

「大体さ」
日頃から考えていることを僕が反芻していると、健ちゃんが言った。
「放射能で5年や10年命が縮んだとしたって、別に構わんのやない?10年余計に生きたって何てことないやろ。いずれ誰だって最後は死ぬんやし、遅いか早いかだけやもんね。或る世代が放射能のせいでみんな早死にしたとしたってさ、大きい目で見れば案外人類にとって悪いことやないかもしれんよ。あっと言う間に百億人を突破するなんて言われてる世界人口を減らせるとしたら、もう原発事故ぐらいしかないかもしれん。戦争で人間同士が殺し合うより、放射能のせいで子供作るの控える方がずっと平和的とも言えるんやないかね。まあ、欲ったかりな人間のことやから逆にバンバン繁殖するかもしれんけどね。でもとにかくさ、俺たち人類がどっかでこの増えつづける人口をどげんかせないかんのは間違いないやろ」

「やったら健ちゃんも子供なんて作らんかったらいいやない」
僕はすかさず交ぜっ返した。

「そう言われればそうやね」
初めて気づいたような顔で言う。それから赤くなった顔をこちらに向けてにやりと不敵な笑みを浮かべた。

「俺はさ、とにかく千穂子さんが大好きで、千穂子さんも俺が好きで、まあ、最終的にはそれがすべてと思っとるけんね。その日、その日をそうやって生きられたら、俺自身はいつ死んでも悔いはないと思っとるとよ」
と健ちゃんは言った。





それにしても、活性酸素まで持ち出して、・・・・ツバメやストレスやら、持ち出して・・・唖然としてしまいます。ほんとに動物のストレスと人間のストレスでは人間が上なのか?聞いたのか?んな贅沢病では?

それにしても、科学者は原発反対等のイデオロギーを持ちこんで、批判されていますよね、(私も批判する)
なのに、どうして小説家はイデオロギーを主人公に語らせても、批判されないの?フィクションだから?
同じく、音楽をやる人たち、(※清志朗は反原発をイデオロギーに盛り込んだとは私は思っていない。彼はもろもろの既成概念への反骨を音楽で表したのだと思う。)特に、斉藤和義、「ずっと好きだったんだぜ」を「ずっと嘘だったんだぜ」との替え歌にして歌うという、その根性が許せん、なぜもてはやされるのか?
おかしいと思います。芸術と事実追究(科学)は違うという弁解も、当たらない、それは、芸術とか小説とか、こういう「文化」を軽んじている人しか言えないと思う。私は、こういう直感とか感性をかたちにし、創造する人たちの所作を恐れます。それは人が簡単に取り込みやすいから。科学と違って、入り込みやすいから。


私は震災以前までこの作家が大好きだった。だから余計に衝撃を受けている。彼は、図書館に新刊本を入れるのに反対する急先鋒の作家だが、私は彼の本は図書館から借りて読んでおり、購入したことはない。根底でやはり食い違っていたのだろうかと2011年8月~11月に「オール読物」掲載のこの小説を読み、思っている。震災以前もたくさん、いろんなところに、メモ書きしてある。再度、また図書館を渡り歩いて彼の本を借り直し、また新たにメモしようと思っています。


スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://leika7kgb.blog114.fc2.com/tb.php/784-f13416dc