読売がときおり連載する「原発と福島」
医大の最前線の現場のもようです。購読されていない方のために要点だけ。
地元医大の使命 1
被曝医療 突然の最前線


◆3月11日、震災発生、津波で骨折や低体温症など13日までに168人の患者が救急搬送。救急科医師10人、看護師約50人、別の科からも医師応援。

◆12日1号機水素爆発

◆14日昼、3号機水素爆発、ドクターヘリで被曝患者搬送開始、被曝量少なく治療無事終わる。

◆15日4号機から爆発音、原発構内3人搬送。

◆その直後、DMAT(災害派遣医療チーム)撤収、ヘリ運航取り止め(委託運航先の指示)の知らせにスタッフ呆然

◆15日午後REMAT(長崎・広島被曝医療専門チーム)が到着
(※みんな撤収する中、入って下さったのですネ!感謝です!!)
そのメンバーが「今夜にも4号機大損傷が起きたら、重症の被爆患者が続出の恐れ、医大も最悪孤立する可能性」と示
天を仰ぐ医師、座り込む看護師、その場から駆け出す職員。

救急救命センターの長谷川有史助教(44)は家族の顔が浮かび涙が止まらなかった。逃げ出したかったが「医師として廃人になる」と思いとどまった。
(※出ていった人を非難するのではなく、残ってくれたお医者さんには敬意を表したい。本当にありがたいことです)

◆15日深夜、長谷川氏は5日ぶりに帰宅、「家族に会うのが最後かも」

◆16日から不眠不休の診療。夜になるとすすり泣きや、つぶやき「何故こんな目に遭うんだ」「孤立した病院が役に立つのか」

◆混乱は、のちに県立医大副学長に就任する長崎大教授の山下俊一氏(59)が18日に訪れるまで続いた。

◆受け入れた被曝患者は当初1カ月で12人。
◆自衛隊員ら公務の作業者向けに新設した放射線健康外来にはこれまで500人。

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