読売連載、今度は医大の2人の医学生の立場から。
対照的だが、福島に元気を伝える話。
地元医大の使命 4
医学生 救急医とともに


(要点抜粋)


=残った学生=

◆3.11当日、控室の食堂で、医学生80人がテレビにくぎづけ。「できることをやらせてもらおう」あちこちで声が上がる。

◆大学や附属病院との連絡係、役割分担を指示したのは、垣野内景さん(26)。横浜市出身。

◆12日午後1号機の水素爆発。「福島市内も危ないんじゃないか」「実家の親が県内に逃げろって」次々と学生が去り、約20人が残った。

◆14日午前には3号機が水素爆発、夕方ヘリ搬送の原発から20キロ圏内の入院患者の受け入れを手伝う。機体は放射能に汚染されている可能性があった。「学生とはいえ医療にかかわる端くれ。逃げるわけにはいかない」
救急医が真っ先に期待に駆け寄り後を追ってきた学生たちに叫んだ「僕が一番前に立つ。君たちは僕より期待に近づくな。後ろにいれば線量は高くない」。思い描いてきた医師の姿だった。足の震えが止まった。

◆「何が起きても動揺しない気がしている。原発事故に立ち向かった経験があるから」「福島の人の役に立ちたい」・・・この春からは日赤の研修医。


=出て行った学生=

◆15日朝、4号機で爆発音。「大損傷する可能性がある」との情報が入り、学生の多くは避難。

◆医学部5年だった宮沢晴奈さん(26)は、タクシーで東京の親せき宅に向かった。岩手の実家には道路事情悪く帰れない。
都内に入ると罪悪感に襲われた。「福島の友達や病院の人たちを裏切ってしまった」。福島で口にできなかったお茶を飲むと、身体が震えだし、めまいや吐き気が。

◆都内の医大に通う高校時代の同級生ら20人が行う募金活動に上野公園で参加、300万円を日赤に寄付。

◆現在は、奨学金の関係で、岩手で研修医をしている。研修を終えたら福島に戻るつもりだ。「福島の医療を支えられるように、一日も早く一人前になりたい」





残った学生と、避難した学生の姿です。「美談を取り上げるだけでは何の進歩もない」と、今朝もあさいちで、批判のファクスが取り上げられていましたが、。。。

わずかな美談の陰の、膨大な苦労というのは・・・確かにあると思います。美談を書くことで、これを読んだ避難した人を間接的に追い詰めることになるのでは、という意見もあると思います、
だけど、ここにある、医療を志す人たちの気持ちというのは、福島には大きな力を伝えてくれるのも事実です。

行ってしまった人たちの声をすくいとりたいという気持ちが、私にはあります。おそらく、そんな方々の声を聞くことはかなわないでしょうが、ものごとには表裏、2面があるということは、常に考えに入れておきたい。

そういえば以前、医大生の奮闘ぶり、うつしておきました。福島はもう見捨てられてしまったのでは・・・と思っていた1年前、これを読んで大きな力をいただいたのを思い出します。

私の甥は、この春、医大に入学しました。県外も考えたそうで、相談もされました。(私は外に出た身だから)。でも結局、なんで外に行かなかったかっていうと・・・「この先も、飯坂太鼓を子供たちに教えたりして、ずっとかかわっていきたいから、県内にとどまる」って言う・・・。私としては「福島の医療のために、がんばってくれんだない!」って言いたいところだったんだけど。

案外、「正義」とか、「~のために」とかよりも、「自分がこうしたいから」その選択をする。それが結果的に、何かのプラスになる・・・というのが、一番長続きするんですよね。まあ、福島の医療のために頑張ってもらいましょう、心が折れそうになったら、いつでも叔母ちゃんとして、バックアップしようと思います。
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