昨日は、県・市の「災害廃棄物試験焼却の結果について
(広域処理の実施に向けて)」に行ってきました。

「瓦礫」という言葉、使わず

会を通して、「瓦礫」という言葉はほとんど出てきませんでした。つまりは、そうなのです。「瓦礫」という言葉を使わずとも、ことを進めることはできるということです。意識的か無意識か別にして、県や市が「瓦礫」という言葉を使わないことを、反対派は「言葉のすり替えにしている」というのかもしれませんが、被災地を思えば、これはいいことだと思います。(自分の家や家財などを「瓦礫」と言われることが被災地の方にとっては辛いという意見があるので)

無関心?いえそれが現実です

600人定員のところ、市民36人(本日の読売遠州版)。質問でも「どうして年配の人しかいないんですか。きちんと宣伝してください」と力説される、小2と幼稚園児の父親だという方がおられました。会場からはよく聞き取れなかったが、「きちんと伝えているけど、無関心なんだよ」などの声が出ました。すると「無関心層にも訴えてほしい」とおっしゃっています。

私はこれを聞いて、この「無関心」という言葉にひっかかりました。・・・・「どうぞ無関心でいてください」って言ったら変ですが、福島人としては、「ほっといてください」というのが素直な感情だからです。あなたがたが関心を持って、いろいろ調べてあーだこーだいうのは、明らかに復興の妨げになっているのよと。

会を通してみて、県・市当局の多大なご苦労、労作、お金をかけている、手間かけている、心尽くしている、へりくだっている、耳の痛い意見にも丁寧に応答して、決して突っぱねない忍耐強さ、そればかりを感じました。まあ確かに市民は、数、集まらなかったかもしれません。でも、その程度なんです。それが現実なんです。それほどの「たいしたことなさ」なんです。

ひるがえって、私の地区で以前、津波の説明会があったときなんて、申し込み殺到で抽選だったんです。

津波説明会も、広域処理説明会も、告知のやり方同じです。回覧板。でも、意識、関心の高さでこれだけ違うのです。つまりは、広域処理について不安を抱く方は、かなり少ないというのが現実なんです。それを、なぜ、「広報が足りない」と市を責めるのか・・・。私には、意味がわかりません。

市民から意見を述べるというのも、4人なんだか選ばれていて、その順番もわざわざ、壇上で抽選です。抽選に何の意味があるのか。「順番が恣意的に決められている」という苦情をかわすためでしょう。しかしながら、どうしてその人たちが選ばれたのかは不明、ですので、当局は説明不足なんですが、それが精いっぱいの対応だと思います。

反対派の意見

その4人のうちの2人が、反対派の方でした。おひとりは、前述した方で、
◆「自然放射(ママ)とセシウムは違う」→自然も人工も放射性物質が出す放射線が人体にあらわす影響を問題にしているとご理解いただきたい
◆「土を検査しているはずだがどうなのか」→持っていったかどうか調べます
◆「処理場の近くだけ高い、20-40bq/kg出る。幼稚園のプランターからも270も出た。ウクライナ・ベラルーシでは100越えたら管理しなければならない」「空間線量ばかり測ってもだめだ。土を測れ。土も出たり出なかったり」→実効線量などをもとに、人体への影響を表すシーベルトで表している
◆「東北の支援をしたいのはわかるが、子供たちを守らなくてどうするか」「わからない事象について安全というのは無責任」→今後も継続して計測してしっかり管理していきます

もうおひとりが、最終処分場の地区の方です。前回説明会が終わり、特に新聞にも載っていなかったので、問題ないと思っていたのですが、受け入れに同意していない方がおられることを知りました。

◆「清掃工場のバックグラウンドが0.04~0.05μS/hで、周辺の学校とかで測ったので0.08なんていうのがありこれ倍じゃないか」→空間線量はラドンなどいろいろな放射性物質から出るγ線を拾っているので、いろいろな値が出る。ただ、焼却の前と後で変わりがないということをご理解いただきたい
◆「焼却した主灰(燃やしていて下に落ちる灰)、無害化処理灰(飛灰。バグフィルターで分離、パウダー状)以外の混合灰がCs24bqなのに、それを溶融先に持っていったときに32bqになっているのはどうしてか」→密閉した状態で持っていっているので、誤差の範囲だと思う。Csが増えたのではない。」→◆「逆に減ってたら、移動中にどっかに漏れているってことですよね」(・・××党議論の常套手段だよねこういうの)
◆「こちらに持ってこないで現地で有効活用できないのか」
◆「清掃工場の近くの畑の土を検査してやるべきだ」→地元の自治会長「畑の土まで検査しろと言ってくださりありがとうございます。お茶から200bq~出ているので、その程度はあるのかなと思っています。どちらにしろ一律ふったことは事実ですので。ただ、今回の処理のものについては、家の中のものがほとんだというのは安心材料だと思っています(←視察されています)」


突き詰めれば「近くに埋め立てられるのは嫌」

だけど、いろいろ言っても、すべては以下のことに尽きるのです・
◆「民家の近くに埋め立てるのは不安だ」、。。。おみぞさんのおっしゃるとおりです。

それ以外の議論については、当局にとっても想定内のことばかりでしょう。だけど、これだけは、どうにもできません。反対の方も、頭からそれだけを言ってくれたらいいと思う。クロキチさんが書いていたように、なんだかんだ言うから問題がややこしくなる。ようは「感覚的に不安なんだ」「嫌なんだ」ってことに尽きる。

ただでさえ最終処分場を建設するのに大変です。東京の多摩地区の処分場反対運動ありました。また、箒木蓬生「空山」を読めば、非常によくわかります。

富士市で、「原則、市外のごみは持ってこない」という取り決めを崩せないということで、同日説明会があったようですが、読売遠州版によると「決裂」とのことです。

反対派にもっと語らせてはどうか

反対の方は「こうやって数字ばかり並べてきて、安全だというが、この数字のどこが安全なのか、素人の目として読んでもそれが伝わらない。つまりは、こんな数字を出してきて安全を伝えようとする当局に不信感を持つ」ということを言っていました。(ちょっとうろ覚え)

反対の方の信頼を勝ち得るにはどうしたらいいのか。安心には、やはり信頼が必要です。不信の心には、決して安心など入り込めない。

丁寧に説明をするしかないのですが・・・、丁寧に数字だけを出すだけでいいのでしょうか。

私は、こういう会のやり方として、まず当局が滔々と意見を述べて・・・・というのが失敗の種だと思うんですが。どうでしょう。確かに説明しなければならないのはわかるんですが、こういうところに来る人は、自分の不安や疑問を聞いてもらいたいんだと思うのです。

紛糾覚悟でまず、そういう方にしゃべらせてみればいいんではないでしょうか。どこまでそれに真摯に答えられるか、そこがスタートではないでしょうかね。無理かな。

時間切れなのか、反対派の方は消化不良のようでした。私も聞いていて尻切れな感じ。これも想定内。いつもそうなんですよね。これが悪いと思うんです。

「公僕」たる当局の方へ

昨日もこの2人の意見を聞いて、未熟者の私はあったまにきてしょーがありませんで「んな200ベクレルぐらいの土でガタガタ言ってっけど。。。それシーベルトに換算してみなよ。食べるわけでもないのに・・・。」「何0.04とか0.08で倍だとかどーだとか言ってんだべ!」「『被曝地は別です』だと!?おい、それどーゆー意味!?」、帰ってきてがーっとビール飲んで一息ついたところです。ほんとうに当局の人々のご苦労はものすごい。何ぼ我慢していることか。こっちでこうだから、福島とか東北の担当者はもうどんなに大変な思いをしているんだろう。本当に「公僕」。。。だよなあ、、、と。心からねぎらいの意を表明します。

ただ・・。私の納得いかない点。ここにつぎ込むだけのエネルギーが、すんなりと東北に回してもらっていたら、どんなに復興が進んでいただろうと思った。
例えば受け入れ反対派=脱原発派であったとしたら、一体、この会を開くために、この膨大なデータの準備とまとめや映像処理、どんくらいの電気を使っているんだろうと、。。。そういうことは、反対している方はチラとも思わないんだろうか。
言っちゃいけないのはわかってても、大多数の受け入れ容認派を無視して、税金を、少数派対策につぎ込んでるとも見えてしまう。役所の予算も人員も時間も、決まっている。その中で、これにエネルギーを割かれ、時間や手間を格段に減じられた施策というのが数多くあるのだ。それは、市民に不利益を被っているとは言わないのだろうか。

まあ、うちらんとこはまだいいほうで・・・これ全国でならしてみたらすごいことになるよね。
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