本日は紙面もいろいろと載っています。
風化させぬよう・・というツイートとか新聞記事などが並びますが
あんまりその感覚がピンとこない自分です。風化させるなってどういう意味かな~風化しようがないからな~~
私の友達が、「ほっといてほしい」「ちょっと忘れててほしい」「でも忘れないでほしい」っていう両極端の思いを吐露してくれました。ちょっと忘れるのも大事ですよね。

1年半前のブログを読んで過去を振り返ると、時間は確実に過ぎていると思ういっぽうで、同じこと今もぐだぐだ書いてるわ。私・・って思うこともあります。

過去の振り返りしている暇はないので、本日は(少し過去の。。あ!もう1週間も過ぎている)日進の勉強会の続編です。勉強会というより、勉強会から帰ってくるときのリーフレインさんとの会話で教わったもの、その1です。

細野さんが福島県に打診した中間処理場のことについて、当事者でもないくせにいつも書いてしまう私は、書きましたが、やはり、反応はありませんでした。私も本当は言ってはいけないんだと思います。外部の人間は言ってはいけないことだと思います。

だけど、そうやって触んないでいることは、福島にとっていいとは思えないので、批判は覚悟で、書いているというわけです。
書いたのも、初めて書いたのではなく、Kaz先生の発信に勇気を得ての、二番煎じだ。

Kaz先生は最新の記事で、先生の自宅20キロの栃木の最終処分場についても書いておられる。全文抜粋する。


羽振りがよいときは人々は愛想よくちやほやするが、
いったん落ちぶれると手のひらを返すように冷たくなる。

そんな人たちもいることだろう。

関東地方は福島から長年大量の電気を享受し続けてきた。
そんな福島で原発事故が起きると、がれき処理に悩む福島
をしり目に、受け入れ反対の大合唱である。

反対する前に、まず福島から受けた恩に感謝すべきと思う。

そんな中で、放射性廃棄物の最終処分場の候補地として、
わが栃木県の矢板市に白羽の矢が立てられた。

私の自宅から北に20kmほどのところである。

個人的には容認できるし、市も県も受諾すべきだと思う。

苦悩は福島一県だけに負わせるべきではない。

ましてや、これまで長年、福島にお世話になってきたのだから。

わけても我が栃木県は、非放射性廃棄物の最終処分場さえ
も持っていない。

と言うことは、我が県の産業廃棄物は最終的には他県で
処分される、という調子のよい県なのである。

そのしっぺ返しが遂に来たのかもしれない・・・・

ちなみに、矢板で処分されるという放射性廃棄物は栃木県内の
ものである。

最近、話題になっているのが、南海トラフ沖地震の予想犠牲者数
である。

しかし、6月に別のコーナーに書いたように、この予想犠牲者数は
氷山の一角に過ぎない。
全体像はもっともっと深刻なのだ。
あまりに深刻すぎて、マスコミも報道しないのだろう。

私にとっても、あまりに恐すぎて、話を聴いてからは誰にも全てを
語れていない。

南海トラフ沖地震にしても、首都直下型地震にしても、いったん
発生すれば、本当にとんでもないことになりかねない。

地震の被害を受ける地域だけでなく、被害が及ばない地域もである。

その際、また原発事故が発生しても不思議ではない。

そんなときに、再度、再々度と拒絶される被害県が出るのだろうか?





そして、今から書くことは、「双葉郡内に早く処理場を」とは一見相反するかもしれない、しかし、根底のところでつながっていることです。

リーフレインさんは、言った。・

「低レベルの放射性廃棄物は、100年たったらなくなるんだから。半減期、半減期で、計算してみるとそうなるのよ。100年ていったら、2代か、3代。それを土に埋めておけばいいのよ。高レベルの放射性廃棄物とごちゃまぜに考えるから、いけない。もし、そんなことを言って、福島に処分場ということになったら、他の県のものすべて、というより、高レベルの核廃棄物まで全部福島に来てしまう。それは避けなければならないよね。

今、野積みされているようなレベルの廃棄物だけれど、あれは、自治体ごと、いやもっと言ったら、各学区ごとに管理すればいいと思うよ、学区ごとに地中に埋めて管理しておけば。(ここで半谷さんの、『こんだけの除染の土だけどセシウムは耳かき1杯』という講演内容がダブったのです)

集中ではなくて、拡散なのよ。だって100年たったら、なくなるのよ」


運転中でメモできずですが、こんな感じです。だいたい。

私ちょっと前の記事で、各自治体ごとに管理したらいいのではないかという浜通りの方の過去コメントを引き合いに出して、自治体の境界線でもめごとがおきているから、やめた方がいいって書きました。

だけど、すべてを、それほどの汚物だと思わなければいいのではないか。発想をかえられないかとと思いました。もう放射線なんてこりごりという気持ちは当人にしか分からないと思いますが、そこを、数値で頭から理解するしかないのでは。(地下何メートルに埋めた場合と野積みにしている状態のSvを計算、リスクを比較するのです)

土は、集めれば集まるほど線量が上がっていくのです。それで黙っていても片付きません。

あんのじょう、岡山某という日赤の医師が最終処分場を福島にっていう要望を出したら、危険派の母親たちが「それはいい!!」と群がり、署名拡散運動です。(下の記事参照)

kaz先生の言うように、高レベルのものに限り、国がしっかりと建設する処分場に閉じ込めて、除染土などは各地区でなんとか管理できないものかと思います。それは福島県外ももちろん同じです。

私は今、箒木蓬生がごみ処分場のことを書いた小説「空山」また、ルポ「産廃コネクション」を読み、正規に作られた処分場がいかに少なく、闇で捨てられるものがどれだけ多いか、それがどれだけ環境汚染を引き起こしているかが、わかりました。

だから、被災財受け入れ反対を、浜松の処分場周辺住民がしていますけど、こういう立派なところは問題なしなんです。注目されているところにヘタなものは作りません。不法投棄はもっと大々的に日本各所で大量に行われている。そうしないと、計算が合わないんです。・・・・

だから、国が作ると言っている中間処理施設は、しっかりせざるを得ないでしょう。

まとめると
1)低レベルのものは100年我慢し、全国各地区で管理する
2)高レベルのものは、今回の事故関連のものに限ると条件つきで、原発近くに、国の言うように作ってもらう

※リーフレインさんは、双葉に処分場をとは言っておりません。これは私の意見ですので誤解なきようにお願いします。


スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://leika7kgb.blog114.fc2.com/tb.php/860-88c4dd53