日進の勉強会シリーズ一応これでラストです。
メモはたくさんあるが、私の頭のメモとしてはここまで。
これもリーフレインさんとの車中談義で、【4】に続き、衝撃を受けた内容です。

リーフレインさんはもともと危険厨だった、とあるサイトの自己紹介で書いておられます。愛知でおコメを作っておられ、事故直後からブルーシートがけし、いろいろな手当に奔走されたようです。愛知まではしかし、プルームのようすから、まあなんとかもう大丈夫かなど、早くからデータを読み解析されていました。

「数字は嘘をつかないけれど、数字を読む人間が間違ったりする」。

たとえば、いろいろなグラフを見ても、片対数??という関係から、目で見るとすごい差に見えても、一部分を拡大したように表記しているので、ほんとうは大したことないとか。そういうことを、理系の人も何にも言わないし、文系の人はわからない。そういうことを知らせようと思ったのだそうです。

そして、危険だと言っている人は何が原典なのかというと、バンダジェフスキーにたどり着くこともわかり、それ変じゃないのということを専門家が何も発信しないので、専門家には何か発信しづらい事情があるんだろと思い、専門家ではない自分が発信しようと思ったとのこと。

おそらく、バンダジェフスキーがおかしいよとネットで言ったのは、自分が一番早い方だったのではないかと言っていました。

避難の家族を受け入れ(アパートかな?)もされており、不安だという気持ちは当然だよなって思っておられたそうです。そして、私が、宮城の友達が不安だという気持ちから活動家の道に入っているんですが、というと、「宮城の場合、福島と違って、津波の方がひどすぎて、放射線や食品の方の検査は確かに手薄だったことはたしか。だから、宮城のお母さんたちが声を上げたのは、方向として間違っていないよ。(ただ活動家になったらもう戻れない、それは自分を信頼してくる人がいるから)」

私の友人の「直感」主義は、間違っていなかったのですね。反省しました。

また、福島でも、パセナカあたりで市民測定所が運営されていることについても、私は懐疑的でしたが、リーフレインさんは「でも、だんだんそういうところも、時間がたって正しい測定値を出せるように淘汰されてきている。そういう人を指導することも(早野先生のように)大事だし、市民測定所は行政と違って、高い値を探そうとする。行政に任せていたら、低い値をだそうだそうとするだけだから、市民が測るということは、よいことだよ。そうやって、いろんな値を突き合わせて、データにしていけばいい。ただ、それらが一括管理されているかどうかはわからないけれど」

市民測定所なんて、素人が測っていい加減だからだめじゃないの?という、またもこれも、私の固定観念も反省材料。

自主避難のお母さんたちについても、同じことを話していました。不安だという気持ちは、もうこれはしょうがないんだよ、ということ。あとはこれからどうサポートしていけばいいのかっていうこと。

一方に傾き過ぎがちな私でしたが、リーフレインさんと話して、そうではいけないのだなとまた再度思った次第です。

リーフレインさんは、福島の人としゃべりたかったんだそうです。今回、初めて、リアルな場所に来られたそうですが、半谷さんとたくさんお話しされて、本当に良かったみたいです。まわりにはわかってくれる人もいないし(私と一緒!!)

どうして発信しようと思ったのですか、と聞くと「はまったのよね」ということでした。福島のために。。とか、そういう理由でなかったのがまたも、私は、それが、気負いなく、こういう明晰で確実な発信を続けられていることにつながるのだなと、思いましたね。

ありがとうございます。また必ずやお会いして、こんどはメモして、ブログに書きたいです。


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