イケダハヤト氏がいいこと書いていました。
「創作者は批判もすべて受けとめるべきなのか」
そして、以下は引用先がないんで全部写しました。

現代ビジネス

「ネット上の批判」と向き合う上で知っておきたい5つのこと

2012年10月02日(火) イケダ ハヤト

ブロガーという商売をしていると、オンライン上で膨大な数の意見を頂くことがあります。

 現在、私のブログの読者数は約31万人なので、ちょっとした雑誌と同じくらいの規模か、それ以上のフィードバックが、私に直接送られてくることになります。

 そんなメッセージの中には、「こいつやっぱりバカだわ」「害悪振りまくのをやめてほしい」などと思ってしまう、無神経で、想像力の欠けたメッセージを送ってくる人もいます。お察しの通り、多くの場合、彼らは失うもののない匿名アカウントを利用しています。

 ソーシャルメディアによって、私のような一般人も数万人、数十万人の人々に意見を発信できるようになりました。これは素晴らしいことである一方、オンライン上で大量の批判を浴び、心を痛める人も間違いなく増加しています。私の知っている範囲でも、オンラインで攻撃されたことをきっかけに、情報発信に消極的になってしまった人は複数います。

「オンラインの批判」については本連載でも何度か扱ってきましたが、改めてその向き合い方について考えてみたいと思います。

■批判から学べるものはあるが、毒を食らう必要はない

先日、漫画家の小池一夫さん(@koikekazuo)が放った下記のツイートが、共感とともにツイッター上を駆け巡りました。

〈 ネットの匿名掲示板等を作家は見ない方がいいとツィートしたら、批判も受けとめての創作ではないかと反論が来たのだが、私はそう思わない。元来、表現者は感受性が豊かだし、その匿名性を利用し、それを発言する事で何も失う物が無い者達の礼儀無視の罵詈雑言に心乱れない者など何処にもいない。

 中には有益な意見もあるが、それを見付ける為に、悪意の深淵を覗き込む事はない。作家は、批評を受け入れる事も重要だが、それは、批評する人間としてスジを通したものだけで充分である。「誰に向かって作品を書くのか」創作者はそこだけは絶対にブレてはいけない。 〉(小池一夫)

私もこの意見には強く共感します。

 皆さんが革新的なビジネスを行っていたり、何らかの創作活動を行っている場合は、まず間違いなく、皆さんに対して心ない批判が寄せられます批判というよりは誹謗中傷といってよいレベルの、攻撃的で、嫉妬心や猜疑心にまみれたメッセージを目にすることになるでしょう。

 皆さんはそういうメッセージを見て、間違いなく心を乱されます。私も「バカ」「アホ」と言われると頭に血が上り、手に変な汗をかくことがしばしばです。さすがにその手の誹謗中傷には慣れてきましたが、友人だと思っていた人が、ツイッター上などで私のことを暗に批判しているのを見かけると、かなり暗鬱な気分になります。

そういう批判者の言葉には間違いなく「一理」あるのですが、かといって、自分の心を痛めてまで、その言葉から「一理」を拾うことはありません。  

小池さんは「悪意の深淵」と表現されていますが、私は「毒の詰まった壷」だと思っています。よほどタフであれば、毒壷に手を突っ込んで一抹の真理を漁ってみるのもいいですが、得てして収穫は小さいものですし、何より普通の精神では堪え難いダメージを受けます。

 毒に冒されて表現活動を続けることができなくなっては、元も子もありません。批判に対して心を強く乱される、私のようなごく普通の人間は、なるべくオンラインの批判とは距離を置いておくべきです。

■自分のことを本当に考えてくれる人は、オープンな場で批判しない

 それでも、慎重な方は、批判を無視することに、どこか払拭できない違和感を抱き続けてしまうかもしれません。

 そんな方には、私の経験上のアドバイスを。あなたのことを本当に親身になって考え、心配してくれる人は、もしあなたが道を間違えそうになったとき、クローズドな環境で、あなたに何らかの批判を与えてくれます。決して公衆の面前で「バカ」とののしることはありません。

 オープンな場で批判をしてくる場合、彼らは「あなたのため」ではなく、何よりも「自分のため」に、その批判を繰り出していると考えてよいでしょう単なる嫉妬心にもとづく攻撃か、権力を誇示したいか、いわゆる「炎上マーケティング」か、そのいずれかである可能性が高い。彼らのエゴに付き合うことはありません。

批判者が「お前のためを思って言っているんだ」という「善意」を盾にしてくる場合も厄介です。哲学者の中島義道さんが『私の嫌いな10の言葉』で指摘しているように、これは善意という逃げ道を用意して、批判の対象を黙らせようとする、狡猾なやり口です。善意を無視するようで心苦しいかもしれませんが、やはり、エゴに付き合っているのは時間の無駄です。本当に善意でやっているのなら、オープンな場で攻撃的な態度を取ることはありえません。

 また、批判を見ていた周囲の人が「あの批判は愛の鞭だと思うよ」という恩着せがませしいことを伝えてくることもあるでしょう。これもほとんどの場合、善意の皮を被った逃げ口上です。公衆の面前で誰かをののしることが「愛の鞭」だなんて、虐待を「しつけ」だと言い張るような低レベルの論理だと私は思います。

■批判は「前提」 〜何かを変えようとしたら、必ず敵対勢力が生まれる
 もう一つ、重要な法則があります。皆さんが何かを変えようとすれば、必ず、皆さんのことを敵視する人たちが現れます。

 何かを変えようとするということは、何かを否定するということでもあります。「そのやり方は古い、間違っている」と主張し、改善のために行動しようとすることです。

 そのとき、否定される側にある人たちは、皆さんに対して敵対心を抱きます。これが、心ない批判や誹謗中傷を生み出すエネルギーとなっていきます。

 変えようとするものが大きければ大きいほど、批判は熱を帯びていきます。例えば、既存のビジネスの規模を縮小させ、その仕事に就く人の雇用を失わせるような変化を起こす場合は、苛烈な批判を浴びることになるでしょう。

医療系の会社を運営する知人は、「毎日が旧勢力(医療関係者)との"戦争"のようだ」と漏らしていました。業界構造を変えようとする彼らのビジネスは、変化を恐れる人たちから目の敵にされているのです。

 事の大小を問わず、何かを変えようとして現状に異議を唱えると、それに対する批判は必ず発生します。「こんなことを言って批判されたらどうしよう」なんていう及び腰では、何も変化を起こすことはできません。何かを表現したり、変えようとしている人は、ぜひ批判を「前提」として捉えてみましょう

■人の価値観はそもそも多様である

 皆さんが自分自身の価値観にもとづく発言を行うと、これまた必ず批判を浴びます。

 例えば、私は以前「ブログくらい書けないと社会人としてヤバい時代が来る」という記事を本連載に上げましたが、賛同と同時に、疑問や批判(「ブログなんて書かなくても優秀なヤツは優秀だ」など)も多く集まりました。私の一面的な価値観に対して、違和感を覚える人は少なくなかったのでしょう。

 また先日、ブログに「領土問題に関心が持てない件」という記事をアップしたところ、これもまた、さまざまな人から批判を浴びました(タイトルがややキャッチーなので、この記事は、本文すら読んでいない人からも批判を受けることになりました。ネット上には、本文を読まずに批判をする人が実は大量にいます)。これもまた、価値観を表明することで批判や疑問が発生する好例でしょう。

 そもそも、人の価値観は多様です。その人が歩んできた人生によって、価値観も、世界の見え方も変わってきます。「私はそうは思わない。こいつの思想は間違っている」などと、価値観にもとづく批判を受けたとしても、それは特段気にする必要はありません。

 皆さんに高いコミュニケーション能力と、時間・精神の余裕があれば、ぜひそういう方々と価値観をすりあわせる努力をしてみるとよいでしょう。テーマ次第では、敵対意識を持っていた人と、うまく分かりあえるかもしれません。

 そうした融和にこそ、インターネットの可能性があると思いますが、マスクを被り、むき出しのナイフを持った無数の匿名者と向き合うのは、そう簡単なことではありません。私自身、何度かチャレンジしようとしましたが、「聖人でもないかぎりは無理だ」という結論に達してしまっています。

■個人情報に気をつけていれば、よほどのことがないかぎり身の危険はない

 私自身、日々呪詛のようなメッセージを身に受けていますが、かといって、自宅にカミソリが届いたり、無言電話がかかってきたり、なんていう経験はありません。他のブロガーや著名人のお話を伺っても、犯罪行為に属するような「実害」を受けた方はそうそういないのが現実です。

 とはいえ、「万が一」は怖いものです。相手は概ね匿名なので、どういう人間かも分かりません。トラブルを防ぐためにも、個人情報には最大限、繊細になりましょう。

 私自身も、「オンラインでは位置情報などをなるべくツイートしないようにする」「電話や住所は名刺に印刷しない」などの自衛を心がけています。もうすぐ引っ越しを控えているので、転居先では私書箱サービスを利用しようと思っています。家族のことも考えると、住所のような情報は特に気をつけておきたいところです。

 なお、オンラインの誹謗中傷とトラブルを考える上では、当事者として10年間ネットに苦しめられたスマイリーキクチさんの著書「突然、私は殺人犯にされた」がおすすめです。特に巻末の「ネット中傷被害に遭った場合の対処マニュアル」は非常によくまとまっているので、誹謗中傷に悩まされている方はぜひご一読を。

■おまけ: ネットの批判は「所詮」オンラインのできごと

 ネット上で色々あることないことを書かれると、非常に暗鬱な気分になるものですが、私はそんなとき、インターネットの接続を切り、のんびり音楽を聞いたり、奥さんと料理を楽しんだりします。仲の良い友人とランチをするのもいい気分転換になります。

 見知らぬ誰かに攻撃されると、あたかも自分の身に大事件が起こっているような感覚を抱いてしまいますが、冷静に考えると、笑い話であることが大半です。「ネットイナゴ」という揶揄がありますが、興味本位の通りすがりの批判者たちは、一瞬で消え去ります。炎上したとしても、一週間後には平静な生活を取り戻すことができるでしょう。

 ブログ、ツイッター、Facebookなどの新しいツールたちは、個人が自由な表現活動を行うことを助ける、歴史的なイノベーションだと私は考えます。文章で、動画で、写真で、ビジネスで、自分を表現することで、ソーシャルなつながりが拡張され、人生は豊かになっていくものです。私自身も、ブログを書くことで人生が変わりました。

 どうか恐れず、オンラインツールを活用して、表現活動を続けてください。私はみなさんを応援していますもしオンラインの批判に悩んでいる方がいれば、相談に乗ることもできるのでお気軽にご連絡ください。一緒に答えを出すのは難しいですが、経験にもとづくお話はできると思います。


(本記事に対するご意見、ご感想は筆者のフェイスブックページ、またはメール nubonba[at]gmail.com までお願いいたします。ブログも書いておりますので、よろしければご購読ください)
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