養老先生が、この前も読売のコラムで言っていた
「人間は自分の3~40倍のエネルギーを使っている」。
どうしてそんなにエネルギーを使うんだ?ってことですね。エネルギー消費量と文化とか文明度は比例だか何だかってことも言っていました。

前に書いた中学理科の教科書でも、人間は自分の仕事量の60倍使っているって書いてあり、(30倍だか60倍だか・・・要するに、身の丈の何十倍ものエネルギーを使っているということ)は、不自然だということを、私も思っています。

長野にいた時に、諏訪の川沿いに車専用の堤防道路があったんですが、そこを通るたびに、植物の力はすごいと思ったものです。地面があればどこからでも芽を出す。草ぼうぼうの中に細ーく舗装してある道路を、びゆんびゅん車で走りながら思いました。

草を根付かせることにより、地球は地面の内部のエネルギーを放出しているのかなと、なんとはなしに感じていたんです。だから、私の走る細い舗装道路の部分に抑え込まれたエネルギーは、この周りの草ぼうぼうでつじつまを合わせているのかとか。

そして、諏訪はいいけど、土のない、都会のコンクリートのみの地面は、いったい、その地面のエネルギーみたいなものをどうしているのだろうと、茫漠たる空恐ろしさにとらわれたものです。どこに逃がすのか?

だから私の節電対策は、余計な熱を排出しないことでした。なにかを冷やしたら、同じその分の熱が外に出るのだから。冷蔵庫の外側とか、熱いですものね。
車を運転している時もエアコンつけないで窓開けてるし(車に乗っているのがもうエネルギーの身の丈以上消費ですが、せめてもの気持ちとして)

だが、10月9日の日経に編集委員安藤淳氏のコラムを見て、愕然としています。

ヒートアイランド(原因は①土地利用形態の影響②建築物の影響③人工排熱)は、19世紀~の現象。

①草地や森林なら、葉から水分が出ていくときに熱も使われるし、土なら日射で水分が蒸発するときに潜熱が奪われる。。。。コンクリートだと、蒸発散がなく、大気がどんどん暖められる
②日射は建物表面で反射し、凹凸だと多重反射となり熱が逃げにくい。建物が風を遮り、地表の土が上空に逃げにくい。建物は熱源のようになる。
③エアコン、車、工場の排熱では、人口集中の都心部で昼間当たりの排熱量は1平方メートル当たり100ワットを超えるところも。(真夏に、中緯度地方で太陽が真上に来た時の全天日射量の1割)←どのぐらいすごいのかよくわからないが・・・
そしてここから
人工排熱の2割は下水に排出。東工大の木内豪准教授によると、1964~2004年の間に東京23区の12月の下水温度は8度も上がったという。
給湯設備の完備が大きいという。エネルギーの無駄が多いだけでなく、河川の水温も上がり、生態系への影響が懸念されるという。


私は、「生態系への影響を懸念」して、合成洗剤を使わず、熱湯で茶碗を洗っていた。そんなに大した油じゃなければそれで十分で、油分は、「森と・・・」という自然系の洗剤(友達からもらってから愛用している)を使うけれど、その、熱湯で洗うのだってエネルギーの無駄遣いなんじゃん、ということを、このコラムを読んで思い知らされました。
下水が上がるということは盲点でした。

40年前といえば、エネルギー消費量が今よりもずっと少なかったはずで、江戸時代とまでは無理でも、40年ぐらいの暮らしならなんとか戻れて、そうすれば原発なしでいける、とかいうぎりぎりの時代だったようにも思います。

うちは、エアコンもないし、テレビも1台しかないし、車も1台にしろと言われたらできないこともないし、と自信があったのですが、お湯を使うな、と言われたら、自信がない。。。と思ってしまいました。

よく脱原発の方の間でも、エネルギーをあまり使わないようにという提案をしている人はいます(私程度に)。だけど、具体的にどういうことまでお考えであり、また何か実践できること、また、それをどう広めていくか、について言及している方は少ない。デモや署名しかしていない人は、ぜひその「活動家エネルギー」を、そっち「エネルギー消費の削減法提案・普及」に向けてほしいです。それが生きたエネルギーというものでしょう。デモや署名・反対運動では、その方のエネルギーの無駄遣いに見えます。


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