以前、白河さんのブログで拝見しており、
気になっていた高知県・東洋町の問題。
最終処分場誘致につながる「文献調査の応募」をしただけで、それが即「町長の独断誘致」と解釈され、町長選で惨敗した、前町長、田嶋裕起氏の著書「誰も知らなかった小さな町の『原子力戦争』」を読んでいるところだが、非常に今の放射能デマ、反原発の跋扈の構造と似すぎており、胸につまされる内容となっている。

やはり、反原発の方々に私がどうしても賛同できないのは、彼らが、都会で十分な市民サービスを享受している人たちなのではないかと、思うからなのだ。立地自治体の財政状況について知らないことが多いのではと疑うからなのだ。過疎地において、自治体がお金をやりくりするのがどれだけ大変か。私が文字起こしをする長野県のあちこちの自治体では、どこも、どうやったら人口増をはかれるか、ということについて、だれかしら毎回、定例会で質問する。

若者は都会に出て行き、子供を産む人の数も少なく、年寄りばかりが残り、人口減少が進む。・・・例えば、ある自治体では「書店も閉鎖され、若者が週刊誌も読めない。前から言われているけれど、コンビニを誘致してはどうか」と若手の議員が質問。それに対し首長は「きていただくのはやぶさかではないが、自治体として誘致は考えていない、ほかの小売業に影響も与えてしまうので・・」、、、すぐタイムリーに週刊誌が読める人には、こういう苦境など想像できないのではないか。

どこも、不幸な図は似たり寄ったりなのだ。「東京が独り勝ち」と石原氏はよく言っていたけれど、当然なのだ。その分、地方はどんどん人口流出し、税収も減り、国からの交付金も減り、市民サービスが赤貧状態になる。

それなのに、そういうのを一切すっとばして、「経済より命を」、と反原発を掲げる人には、ちょっと地方の実態を知ってくれ、過疎地の町村の議会でもいいからネットで読めるからちょっと通して読んでみてよと言いたいのです。

そういう財政状況がベースにある。どうしたら、それを逆転できるかと首長が考えた時に、選択肢の一つとして原子力関連産業・処分場に頼るのはどうか?という現実があった、(いや、過去形では言えない)、そういう現実があるんですよね。

この、東洋町も同じ状況でした。団体の補助金も厳しくチェックし、特別職の給料も段階的にカットし、出産祝い金も削減し、町外から来る職員の通勤手当もカットし、役場や保育園は定年退職があっても補充せず、、・・・それでも回らない状態だったので、高レベル放射性廃棄物の最終処分場選定のための文献調査に応募し、年間2億1千万円(その後10億円にアップ)の半額以上の交付金が入ることを狙ったのです。

著書からは、たしかに、前町長が、もう少し他理事者や議会に相談するなどの手続きを踏むべきでした。いくら町長が決断すれば応募できる、とはいえ、拙速かもしれない。しかし、それにしたって、その後、前町長が受ける誹謗中傷は、並はずれた酷いものだと思いました。






反核派がいうような、そんな危険な施設であれば、私が認めるはずはありません。東洋町内の自宅に、私も家内も娘や孫も同居しているのですから。それに国も、国家プロジェクトとして勧めるわけもありません。

日本には稼働している原子力発電所が55基あるほかに、原子力関連施設も多くあります。もし、原子力発電から出る放射性廃棄物がそれほど危険な状態にあるのなら、発電所や施設がある自治体にも「原爆と同じ原発のある町」「死の証人に売った町」といっているわけで、大変失礼な話ではありませんか。

それでも町の多くの人たちは、見えない放射能に対する恐怖心に取り憑かれてしまったようでした。町内には、農業や漁業に従事している人が多く、風評によって、放射能汚染された農作物や魚介類が売れなくなるのではないかという心配心から、反対を表明する町民も増えてしまったようです。

しかし、「風評が起きる可能性がある」と、風評の恐怖を広めたのは、だれあろう、町外からやってきた反核派自身。結果的にその片棒を担がされてしまったのが、高知県・徳島県の両知事であり、周辺市町村長でした。

私などが「冷静に考えましょう」とさとしても「怖い」といったん思いこんでしまった人たちに、言葉はなかなか届かない。「現段階ではもっとも安全性は高い」「文献調査の応募は、最終処分施設の建設ではありません」「住民の反対が多ければ、次段階の調査には進まない」などと事実を説明しても、猜疑心がますますふくらんでしまったようです。

詳しくは後述しますが、高レベル放射性廃棄物を地下深くに埋設する地層処分は、もっとも安全で最適な処分方法として、原子力発電を行っている各国で採用されようとしています。それも、私は文献調査といって、これまでに出版されたり、公表されている資料での調査に応募しただけで、町内に放射性廃棄物が入ってくるわけではありません。


(略)

私が、文献調査に応募した直後の2007年1月26日、甘利明・経産大臣は報道陣にこうコメントしています。「東洋町長は、原子力全般への理解を得る努力をした上で、住民投票で判断すると言っており、町民に対する説明としては筋が通っている」
最終処分場施設については、賛成や反対などいろんな意見があっていいと思います。しかし、町民の生命がおびやかされるかのような非科学的なデマや、生活がおびやかされるような風評まで流れて、町民のみなさんが冷静には考えられなくなってしまったのは、残念でなりません。
手段を選ばずに東洋町のみなさんを惑わし、東洋町をひっかきまわしただけの反核派には憤りでいっぱいですが、正しい報道をしてくれなかったマスコミにも大きな問題があると思います。デマや風評を、先頭に立って否定してくれなかった政府やNUMO(原子力発電環境整備機構)にも不満はあります。

私は、町内からも、高知県内、徳島県内の自治体からも反対され、まさに四面楚歌の状態だったのです。そうした中で、放射性廃棄物最終処理にかかわるデマや風評をひとりで打ち消す闘いを強いられました。




福島のこの状況を見るにつけても、この、放射性廃棄物処理場問題で政治の表舞台から消えた、田嶋・前町長から学ぶことがおおいにあると思います。

今後読み進めて、メモすべき点は、メモしておこうと思います。










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