新春、福島に招ばれたと思っていたら、
今回、浜松→仙台→飯坂→仙台。。。×5→浜松という行程、
福島は、行きは18切符なので駅で乗り継ぎと、帰りも新幹線車中からはやて(こまち)で素通りとなってしまった。飯坂には寝に帰っただけで、温泉も正月は時間制限だったから、元旦は無理だった(心残り。それでも2日からは入ったよ)、会いたい友人には誰にも会う余裕がなかった。

ただ、それでも、柿の橙色は目についた。

私、柿は受難の果物だと思う。柿が桃やリンゴよりもより実にセシウムが集まりやすいのだったら別だけれど、柿が見捨てられているのは、あんぽ柿によって、間違った理解が進んだからではないかな。
つまり、あんぽ柿は、乾燥するためにキログラム当たりのベクレルが高くなってしまうだけであり、1個食べる分には柿もあんぽ柿も総量はかわらないはずだと思うんだが・・・。10個も20個も食べるのと違うのだから・・・。福島の友達からは、「干すと紫外線でセシウムが増えるって勘違いしているばあちゃんたちもいるんだ」と言われたことがある。そんなことないんだよ、ということは、2年近くたつ今、ちゃんと浸透したのかなー・
保原の知人からの年賀状にも、柿が枝に残っていて。。という嘆きが書いてあった。
柿は、それ自体渋いなら、あんぽ柿以外の加工方法とかなかったのかな?ジュースとかジャムとか(聞いたことないな・・・)

父の容体だけれど「安心するために行く」はずが、行って思ったより小さく弱っている姿を見て私もがーんときた。「元通りに・・・」は、無理なのだ。年もとった。

震災もそうだけれど、「元通り」を願うのは、人間だれしもそうだけれど、それは無理なのだということをかみしめた。

父のリハビリ計画書を見ると、キュブラー・ロスの死への5段階を思わせるものがあった。「障害の受容の心理状態」という項目。すなわち

ショック期
否認期
怒り・恨み期
悲観・抑うつ期
解決への努力期
受容

ロスのは5段階だけれど、、リハビリ計画書なので、「解決への努力期」が挟まれているのかなと思った。

同時に読んでいた片田珠美「一億総ガキ社会 成熟拒否という病」でも、紹介されていた。そうはいってもロスは43の時のこの5段階を書いた「死ぬ瞬間」を出したけれど、自身が死ぬ時もたしかビデオ撮影とかしてたとか読んだことあるのだが、死ぬときは怒りの段階でとどまっていたという。

震災へのとらえかたも同じで、だれもが、今自分はどの段階にいるか、考えてみるのもいいかもしれない。怒っている人は未だ多い。
そして片田氏は、自分の大事なものを喪失(究極が死)するときにこの5段階を経ずに、逃げたり、避けたりして、喪失を認めようとせず、向き合おうとしないと、受容にはたどり着けないという。
(子供が1度の挫折を受け入れられずに安全な場所に閉じこもるのがひきこもりだという。)

怒りとか抑うつは、自然な態度なのだという。それを嫌って、都合の悪い声には耳をかさず、ぬるま湯に逃げ込んではダメなのだ。

私自身、父がこんな弱っていたということを受け入れるまでなかなか至らない。

そして、父自身も表情は穏やかなのが救われるが(でも頭ぶったから、頭痛くていつもこらえてる)そのリハビリ計画書に本人の希望 と書く欄に「早く家に帰りたい」と、書きなぐったような字で書いてあり、身につまされる。

元に戻るのは無理だけれど、それでも感情と折り合いをつけ、今ここからやっていかなくてはならない、それは父自身もそうだし、父の近くにいられない親不孝娘の私もそうだし、それから、震災に遭って苦しむみんなもそうだと思った。

【追記】

寒空の柿の実を嘆いていた保原の知人の年賀状は「元に戻れるように」という文言が、印刷でも、さらに手書きでも、書いてあった。何も言葉をかけてやれないけれど。




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