「八重の桜」皆さんご覧になっていますか。
視聴率が悪くなりようのはずがない
・・・というのも、福島・東北支援の気持ちを持つ人は番組の根幹部分を批判しないだろうし、若手・美人・演技派と3揃いの綾瀬はるかちゃんが出ている。

もちろん私も期待し、買いましたよ、NHKのムック。さらに、いろいろな方がネットで発信しているのを読み、桜井よし子さんの「日本人の魂と新島八重」を買って読んだりしていました。

だけど私の中で、なーにかこう違和感があったのです。…「絶賛する人しかいない」という。福島を題材にしているから、みんな何も言わない(言えない)のでは?というような、そういうことを感じました。

第一話で、八重が鉄砲をやりたかったのに、父から「ならぬものはならぬ」と言われていました。でも、その「ならぬものはならぬ」を守らなかったから、ジャンヌ・ダルクたる八重になれたのですよね。しょっぱなから、什のおきてを否定しているのは矛盾じゃないかな?とか

会津武士道・・と絶賛されているけれど、なら、どうして、賊軍になってしまったんでしょう。
時代が会津を再評価した というのは、わかります。・・・じゃあ、じたばたせずに言い訳せずに、時が来るのを待つのが「義」なの?というのが、私のしっくりいかない部分でした。

今の福島の、放射線による偏見についても、私には、会津が賊軍になってしまったのと、重なると感じていました。「無駄な言い訳をしなくても、わかる人はわかる。そして、時間がたったら、不当な差別・偏見は間違いだった ということが、必ずわかるはず」・・・ということが、この作品のテーマだとしたら、今、大変だけど、福島は我慢していてねってことなのか、NHKはだから偏向報道をやめないのか??などと、深読みまでしていました。

いや、それじゃだめなんじゃない、会津の悲劇を繰り返さないように、福島をさらなる悲劇の聖地にしないように、過去のことから学ばなくてはいけないんじゃないの?と私は思っていたのです。

幸運なことに、この私のもやもやについて、深く言葉を交わせる最適の人が私には、いました!。会津にお住まいで、歴史・思想分野に造詣の深いK&Uさんです。やりとりをしてもやもやが晴れました。

そうか、こういうふうにこの大河のテーマをとらえることもできるんだなと。
「悲劇」とか「潔し」だから会津魂は素晴らしい、ではなくて、その中にも、悲劇にならないよう頑張った人たちがいた、そして、悲劇に遭ってしまっても、めげないで蹴散らして前へ進んでいった人がいた、ということをNHKは伝えているのかなと。
今の福島に込められた思いというのは、そこなのかなと。

多くの人にも聞いてもらいたいから、抜粋して紹介します。


ここからご紹介*****

八重の桜は、ノベライズを読んだ限りではだけど、そんなに「会津魂礼賛」にはならない気がする。

覚馬が家老たちに「あなたたちは井の中の蛙だ!」って言い放つシーンがあったじゃない?わりと一方にそういう見方がベースとしてある物語っていう印象を受けたのよ、ノベライズでは。

「八重の桜」監修の野口信一さんがそういう見方の人で、この人は確か生粋の若松の人だと思ったけど、会津への愛情もある一方、会津の精神性をそんなに美化してない。「そういう精神性があったのは事実で、それがあの悲劇に繋がった」っていう感じかな。

とにかく「忠義」一本やりで、言い換えれば、今までどおりマニュアルを守ればいい、守ることが忠義だ、そのために体を張るみたいな「ならぬことはならぬ」っていう「会津魂」、そういうのを「古い」「それじゃ時代に対応できない」ってノベライズではっきり言わせてるし。

実際覚馬とかはそういう「新時代の日本」みたいな建白書を書いて、西郷隆盛とかにも「この考えはすげー」って一目置かれて、戊辰戦争後は京都で活躍する人だしね。

ただ、それは決して、覚馬にとって「会津否定」「郷土愛否定」ではないのよね。それがうまく伝わるといいんだけど。

「井の中の蛙だ」と言いたい覚馬の気持ちもわかるし、覚馬みたいに黒船を目の当たりにしてない山国・会津の危機感のなさもわかるし、「事を急くな」と若者を諭す高齢者の気持ちもわかるし、って感じだった。
どれも会津のためを思ってのことだもんね~。ただここでも、その手段の違いでわかりあえないという対立が。
(これからそういう人がずらずら出てくると思う。神保修理とか。西郷頼母も結果的に難しい立場の人になっちゃったし)

あと、美化する必要はまったくないんだけど、イコール「悪い。愚か」ってことにもならないと思うのよね。。そういう精神性ができちゃったのは環境とかも含む歴史の必然で、誰が悪かったってもんでもないと思うし、それが戊辰の悲劇に繋がっちゃったのもまた歴史の必然って感じがしてしょうがないのよね。うまく立ち回れたらよかったんだろうけど、それができなかったからって断罪されるもんじゃないとは強く思う。ほんとに会津、悔しい立場だよなあってすごく思うもん。ただその悔しさをもって悲劇を美化しちゃまずいだろうとも強く思うけど(^^;) 

白虎隊とか、それこそ「会津魂」みたいなのって、まさに太平洋戦争時に礼賛されたんだよね。「死んで護国の鬼になる」とかさ。そうじゃないのよ。覚馬とか頼母とかは会津がそういう状況になるのを避けるために頑張ってたのよ。そういう家臣同士の相克も描かれるんじゃないかな~。

そういう状況を避けるために頑張る、でもそういう状況になっちゃったら逃げずに郷土のために戦う、っていうのが「八重の桜」だと思うのよね。

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