静岡大生による浜岡関係者聞き取り調査から、抜粋しました。
そこで働く人、家族の思いを、ニュートラルな気持ちで書きとめています。

浜岡原発OBの井戸正司氏(65)

◆福島第一原子力発電所事故をテレビで報道されているのを知り、原発では働く者は皆ショックを受けた。事故以前は格納容器は壊れないという前提で安全対策を行ってきたため、全ての対策がだめになってしまったような雰囲気だった。

◆時間とともに徐々に事故の情報が入るようになると、福島第一と浜岡との違いが見えてきて、浜岡原発は大丈夫かなとぼんやりとした安心感を抱くようになった。福島第一の場合は、送電線、外部電力使用が不可能になり、非常用バッテリーも枯渇。ブラックアウトを想定していなかったのは反省すべきことだ

◆菅氏の浜岡停止要請については、「常に最悪の場合を考えて対策を講じてきたのに、どうしてこうなってしまったのか」という思い。仲間内でも再稼働か永久停止の話が出るようになり、浜岡に勤めている身としては嫌な気持ちになった。「あんなに危険なものは停めてしまったほうがいい」という意見を聞くと辛い部分もあった。

◆店をたたまざるを得なくなった知り合いもいた。床屋を営業する友人も、客が減少したが、現在は防波堤工事のために働く人々がいるので、減少は感じていないとのこと。

◆福島第一の事故を受けて、「原発は安全です」と言ってきたのは間違いだったと考えている。「危ないから対策しています。だから安心してください」となるべく不安を与えないよう安全な面ばかりをアピールし、危険な部分はクローズしてきた。原発は必要枠にあるが、原発の悪の部分を知ってもらった上で原発を選択してもらうことが必要だ。

◆子供や孫を含めた未来の世代の人々がエネルギーの面でこれからどう生きていくのか考えると、やはり原発は必要だ。「不安や危険性を乗り越えてより安全な原発を後世に引き継いでいくべきだ」という信念は事故後も変わらない。

◆そもそも原発は国が始めた政策で、設備費用が高いことなどから電力会社は嫌いや始めた部分があった。福島第一原発や東電も慢心していた部分もあったのだろうが、事故後の国の態度はあまりにもひどいものだと感じた。

◆放射能の数値だけをもって国民の不安をあおるマスメディアに対しては、放射能をやみくもに恐れるのは間違っていると指摘した。アレルギー的反応を示す人々の不安対象が本当に原発であっているのかということに疑問を抱いている。

◆浜岡では荒廃農地が増加しており、浜岡の人々の生活のためには、製造業が元気を出さなければならない、そのためには技術と安定的なエネルギーが必要だという。安定的なエネルギーを供給する原発の仕事が日本を動かす重要な役割を担っていることを、国が改めて公言することを望む。

風力、太陽光発電にしても、原発と同様メリットとデメリットがあり、自然エネルギーへの完全な移行は難しいのでは。火力発電については、ウラン1gでの原子力発電量が重油13トンの火力発電量に匹敵するほどで、すべて火力で賄うには環境面から考えるとよくない。




中部電力浜岡地域事務所勤務、清水孝広氏(佐倉地区の住民に浜岡原発の運転状況やトラブルについての情報を伝える役目。原発から2キロのところに住む)

◆福島の事故については、我々が起こしてはいけない事故だった。原発が原因で多くの方に苦痛を与え、同じ発電所を運営している立場からすると、つらい

◆社会が原発を辞めてしまうのであればそれは仕方ないことだとする一方で、今の日本のエネルギーが脆弱な状態にあることを危惧、火力発電の石油ガスは輸入元の情勢によって左右される不安定なエネルギー源であり、石油ガスを使用していくのであれば、何かあれば電気がとまることを覚悟していなければならない。風力発電は天候に左右され、設備のためには多額の資金が必要で、電気料金を上げざるを得なくなってくる。太陽光も同様だ。

◆原発は点検のために13か月に一度停止するが、ひとつの燃料で2年間は運転することができ、安定したエネルギー源。浜岡原発が安全なものとなれば、今後も使用していくべきだ。運転開始時期が早い発電所は、トラブルや弱点を乗り越えながら安全になっていくものであり、福島第一のどこが悪かったのか情報を入手し、浜岡に生かしていくことができれば

◆中電の幹部は、再稼働についてはまだ明言できない状態であり、安全対策に全力を注いでいる。再稼働についての住民の方々の賛成反対派半々だが、住民の方々に協力していただけるのであれば、浜岡を再稼働させたい。




御前崎市役所総務部企画財政課原子力政策室長、鈴木雅美氏(47歳)

◆東海地震の起きる可能性が高いからという理由で浜岡停止要請されたが、それについて根拠はなく、言語道断だ。これまでトップレベルの対策を行い、大きなトラブルもなかった。

◆平成24年3月1日現在、浜岡原発従事者3902人のうち、御前崎市民は1442人(37%)、隣市3市は847人。これは平常より1000人多い。そこから仕事をもらって生計を立て、生活を送る家族がいる。

◆地震を防ぐことは難しいので、安全を向上させるために、現在、配管を強化したり、耐水性を高めたりするなどの30項目の対策が約1400億円かけて行われている。費用を負担する中電は赤字だ。

◆原発は今でも安全だ。100%の安全はあり得ないが、小さな危険でも防ぐ努力が意味を持つ。

◆原発には必ず放射性物質がついて回る。放射性物質は絶対に外に出してはならない。電力を供給する以前に安全を前提としなければならない。事故は肝に銘じて起こしてはならない。

◆平成24年3月末に公表された何回トラフ巨大地震についての予測は、従来の2~3倍も大きく、御前崎市では、21メートルの津波という数値。最悪のケースをすべて合わせた場合の話だ。防波堤の高さは18メートルで3メートル足りていない。震度は5つのケース、津波は11のケースを合わせて最大のものが予想されている。この数値に信憑性はあるのか。本当に現実的な数値なのか。この最悪の想定の地震・津波が起こる可能性は極めて低い。1000年に一度か、それ以下だ。いつ起こるかはわからない。国は数値を発表して終わるが、現場では実際の対策と説明が求められる。守らなければならないが、限界がある。




中電浜岡地域事務所総括広報グループ専門課長、岩本励氏(49歳)

◆浜松工高卒業し、中電入社。放射能についてほとんど知識がなく、まっさらな気持ちで入社した。与えられた仕事をきちんとこなしていく姿勢で、働きながらやりがいを見つけていく。放射能について正しく覚えることで不安は消え、逆に怖さはなくなっていった。

◆浜松市浜北出身で、単身赴任中。中3の娘と中1の息子あり。家族はみんな仕事を応援してくれる。妻は、原発を止めるよう要請があったとき、「なんでみんな止めろ!というの?」と声を漏らした。当時小6の息子の友達が、「お前の父さん大変だな」と学校で言っていた話を聞いて驚いた。妻も子供も、原発で働く自分のよき理解者だ。

◆浜岡にきたときはすでに原発があった。今では栄えているが、当時は全国的なチェーン店などはなかった。道路が整備され、交付金で作られる施設(病院、ケーブルテレビ、ぷるるなど)が増え、人が生活しやすくなり、産業も発展し、町は変わっていった。

◆原発停止後については、生活の変化はないが、気持ちの変化はあった。「世界一危険な原発」と言われ、停止要請がされたが、地震が来ることが想定されている範囲に建てていることは承知の上である。安全対策に尽力してきた職員にとって、これほど悔しいものはなかった。

◆要請されたとき、総合事務所長が「そうだったら、世界一安全な原発にしてみせよう」と立ち上がり、職員の意思が団結した。今では原発に携わるすべての職員が一丸となって、安全対策に一層力を入れている。「心と力をひとつに 安全と安心の原子力発電所を浜岡から世界へ」というワッペンがすべての職員の胸に飾られている。

◆再稼働については、今はそれよりも安全対策を確実なものにすることが最優先。安全確保ができない限りは動かせない。福島第一原子力発電所の事故と同じ状況になっても、放射能を放出することが絶対にないようにするために

◆自然エネルギーも活用すればいい。ただ、安定した電力の供給は期待できない。太陽光パネルは広大な面積を必要とする上に、そのパネルの下の日陰になった地面には、植物が育たない。地球によいとされていながらも、必ずしもそうとは言えないのではないか。

◆地球上にある限りあるさまざまな資源をバランスよく上手に利用すべき。原子力をひとつのエネルギーとしていくのもありなのではないか。中電というのは矛盾した会社である。電気の使用量が増えれば増えるほど収入も増えるのに、節約してくださいとお願いをしている。だが、資源の有効活用というのは大切なことだ。

◆平成24年5月、御前崎市長選にて再選した石原氏は、原発の理解者で必要性についてもよくわかっている。同時に市民目線であるから安全についても厳しい。市民が選んだことだが、運営する側にとってもよかった。

◆福島の事故については、安全管理はどうなっていたのだろうと考えさせられる。「これだから安全!」は通らなくなった。

◆震災以降は、電話対応がとにかく大変になった。その年の5月半ばまでは、1日900件ほどの電話が鳴りやまなかった。電話対応している人のハートがもたないくらいだった。電話の内容もさまざまで、泣きながら原発停止を求める女性もいたり、強い口調で攻め立てる男性からの電話もあったりした。原子力館では、受付担当の中電職員の女性が長時間説教をされたケースもある。反対派の人は佐倉地区にももちろんいる。ある民主党派の人に呼ばれ、その人々の下へ尋ねると、まず謝れと言われ、そこから6時間程度、謝罪と説明をしっぱなしだった。その団体は、後日、郷土新聞にそのことを記事にし、中電は安全の一点張りだったと載せていた。向こうが同じ質問内容を何度もしてきたからで、むしろ向こうが一点張りだったくらいだ。

◆中電に対する批判で職員が落ち込んでいるときこそ、会合を持ったり、そろいのワッペンを作ったりして、モチベーションを高めて心をひとつにしてきた。気持ちというのはやはり大切なもの。

◆メディアに対しては、正しい情報を伝えてもらうために、マスコミ対象の勉強会を開き、情報提供を行っている。この勉強会に来ている新聞記者は正しく記事を書いてくれるが、外部のマスコミは勉強不足と感じる記事が多い。発電とは関係ない内容で中電を批判した記事もあった。マスコミを批判するわけではないが、事実を伝えてもらえればと思う。
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