エンジン01「これからの復興支援活動とは?」
矢内廣氏、林真理子氏、田中英成氏、有森裕子氏。
長文。
きのうの、「日本経済に未来はあるのか?」に勝るとも劣らないすばらしい講座でした。このブログでは、福島に関連したものをピックアップしてまとめていますが、この講座に関しては、できる限り網羅して報告します。

まず、コーディネートの矢内さんが、いかにも福島の方らしい柔らかな語り口です。第一声からもう心をとらえられてしまいました。大学時からぴあを立ち上げて。。などというすごい経歴で、鋭い尖がっているというイメージをいい意味で裏切ってくださいました。少し前に、日経インタビューもあり、含みを持たせた発言が文中混じっていたりしましたが、本日の講座で、「なるほど、そういうことなのね」と分かった面もあり、非常に幸運でした。

有森さんは最初、講演者の真ん中あたりの座席だったのを、「いや、私こんな席じゃいけない、林さんこちら」と言って、ばたばたと、貼り紙までご自身で外して、林さんを中央に据えたりして、それが全然わざとらしくなく、お人柄なんだろうなあと感心しました。有森さんをナマで見たのは、私は20数年前、東日本女子駅伝のゲストで福島の信夫ケ丘競技場に来られた時以来です。詰めかけた私らにも笑顔であいさつしてくださり感じがよいなーと思ったんですが。あのときは、短髪でしたね。

きょうは、児童生徒向けに将来成りたい職業について講義するっていうカリキュラムもあり、うちの中3の子は、このあとの時間、有森先生に「アスリート」というテーマのお話を聞いてきました。よい経験になりました。

林さんも、小説やエッセイからは、派手なイメージで、足りないものは何もないという気がしていましたが、実はその豊かさと頭脳だけでなく、いろいろを被災地のために支援を続けているということも知り、ありがたいなと思いました。こういうのがもしかして、話は違うけれど「ノーブレス・オブリージュ」(高貴なるものの義務)ではないが、なんかそれに通じるものを感じました。セレブなのに、話す内容は庶民的で、なるほど、女を書かせたらなんでもリアルなのは当然じゃと思いました。

メニコンの社長の田中さんは、「企業人として」ということをよく枕につけてお話しされました。ほかの3人の方と違って、特別に個人で被災地にかかわるという感じではないのですが、それがまた新鮮で、経済活動と復興について的確な意見を述べておられ、飽きさせませんでした。ただ、この方がメニコンメルスプラン(月2000円ぐらい口座から引かれて、その間は無くしても壊しても半額とか買うのとは安い額で買えるというシステム。私もね・・やっていたんだけれど、やっぱ、高いよなと思ってやめました。1年たつとやめる)を発案した方だそうです。これについてはいい話もあるけれど、メルスプラン自体は、ちょっといまいちかな?と思ってます。

では。。。今日のお話は、おろぬけもあるけど、まあまあ、こんなことを言っていたよ・・・というような感じで残します。ただ、話が重複していたり、まとめたほうがいいところは、私が勝手にががっと前後入れたりしてかなり料理してあります。うまくつながっていない部分もあるかと思いますがご容赦ください。

矢内氏の出身地・いわきの現状

矢内氏*私の実家は、いわきの四倉で、来月ようやく取り壊しになります。取り壊してほしい家が多く、順番まちでした。取り壊した後は、更地が広がって、さびしい限りです。

いわきの人口は増えています。2万5千人増ぐらい。

1)原発作業者:いわきは原発から30キロで、居住できます。朝はバスが連なって原発まで行きます。作業者の方が飲食店やカラオケなどに行くので、そういうところは潤っています。最初は、衣服に放射性物質がついているからとか、敬遠するようなこともあったそうですが、今はそういうことをだれも言わなくなりました。

2)30キロ未満のところから県外などに避難した方が、「少しでも生まれ育った地に近いところに」といわきに住むことが多くなっています。気候も、食べ物も似ています。
ただ、新たな問題ですが、不自由な仮設住宅生活であっても、東電から1人頭15万円の補償が出て、例えば一家4人だと、60万です。いわきあたりだと1か月60万ていうのは多くもらっていることになります。しかし、父さんが仕事をしようとするとこの収入が減らされてしまう。だから働かない。朝からパチンコ、というふうになってしまいます。

また、いわき七浜っていうんですが、物理的には復旧したとしても、問題は多いです。ホッキ、ウニなど沿岸ものは、基準値超えています。でも、カツオなどの遠洋のものは、出ない。でも、いわきで水揚げすると、風評被害で、買い手がつかない。だから、気仙沼とかほかのところに水揚げする。だけれど、港に連なって生きているのは、加工業者、缶詰業者、製氷業者、みなお手上げです。

そして、震災後は、がれき処理の仕事もあり、収入を得られたのですが、それも片付き、そういう仕事も減っています。

息の長い支援はノーギャラではできない

林氏*今まで、講演会を開いたりして、寄付を募ったりしてきました。
三枝さんが、震災後にやったイベント?で、みんなノーギャラで、それにプラス1万円以上義援金徴収、そして会場の方は無料だけれど1万円以上の義援金徴収をやって、そしてオークションもやったのよね。(出演者に)お金持ちが多いから、バーキンとかケリーとか、私も新品の??を出して。中井美穂ちゃんのケリーは750万にもなってね。秋本康さんがAKBのなんかのボックスとか出してきて、これ上がるねって言っていたら、秋本さんが小学生にも買ってほしいから5000円にしてなんて言ってね。

それで、3500万円集めた。そして、被災地は何よりもキャッシュが必要ということがわかっていたから、三枝さんはもうキャッシュで3500万円ということで燃えていて。ほんとに、あんなに親切心もあって熱いすごい人で、私らは三枝さんについてくだけでもうほんと大変なんですけど。

そうやってずっと、いつも、出演される方も、スタッフも皆ノーギャラでやってきたのですが、この前、あるとき、分岐点というか・。。私も、お金ないとちょっと大変だし、また全部おいてきてしまうのかなあって、思ってて、、あるときに、お金をもらったとき、あれが私にとってのすごい大きい分岐点でした。そのときに、「ああ、震災から時間がたったんだな・・」と思いました。

矢内氏*そうですね、チャリティーショーなんかみんなノーギャラだったけれど、もうそろそろ2年、それだと、それで食べている人にとっては続かない。これは長期的に考えなければなりませんよね。

子供たちを長い目で見守っていく3.11塾に協力を

林氏*長期的ということで、3・11塾、三枝塾って言ったら三枝さんがそれはダメっていうから3.11塾という、被災した子供たちを20年間にわたって見守っていこうということをやっています。その子のやりたいスポーツ、芸術、勉強とかを聞いて、マンツーマンでサポートしていくんです。

被災地にね、芸能人とか有森さんみたいな人が行くとすごく喜ばれるんですね。握手したりして。でも、三枝さんの偉いところは、(自分みたいな)音楽やってるのなんてダメだな、何かできることはないのかなって、いろいろ考えて、こういうことをやり始まったの。

ここに、申込書持ってくればよかったんだけれど、ネットで3.11塾で検索すればいいから、ぜひ、よろしくお願いします。

「あれもこれも」でも「無理」でもなく
できる人が できることを できる限り


有森氏*ハート・オブ・ゴールドというNPOで、石巻、東松島の支援活動をしています。1996年から17年間、活動しています。もともとは、カンボジアのアンコールワット国際ハーフマラソンなど、スポーツをとおしてどういう支援をするかということをずっと考えてきており、スポーツには人を元気にする力があるという有効性を生かした活動をしてきました。

里親制度もやっているのですが、カンボジアの子供の里親に石巻の先生がなってくれて、それで、この震災のとき、その子から「お父さん、お母さんは大丈夫ですか?」という手紙がきて、それで、ツイッターを使って、布袋さんにも拡散してもらって、・・しかしスポーツとミュージシャンの人脈って重ならないもんだなって思って。そのおかげで見つかったんですね、その先生が。

そこから、石巻を支援していこうということになり、そしてその先生の友達が、被害のひどかった野蒜の、東松島の先生をやっているということで、じゃあ、東松島も、ということになって、支援するようになりました。

よく、どうしてその場所を選んだのとか、不公平じゃないかとか、あるんですが、震災の時はそんなこと言ってられないんです。とにかくできるところから。人間関係があって、手が付けられたところからまず始めて、そしてその先生を中心に広げていけたらという気持ちです。

支援は無理してやるものではありません。できる人が、できる範囲で、できることを、できる限りやる、ということが基本です。

支援する側、される側の関係

有森氏*人が人に何かをするのは大変です。支援してもらう側にもプライドがあります。支援する方にもやり方というのがあります。
こちらから提案はせず、何が必要かを聞いてから、一緒に走ったり、足りないものを送ったりしています。

矢内氏*支援する側とされる側の関係は、一方通行では、形だけの支援ですよね。支援する側も一度すればいいやと免罪符になってしまうし、支援される側も、自分の足で立ち上がるんだということを考えてほしいですしね。そうすれば、こちらからも、じゃあこうしようとか、ああしようとか言えます。

林氏*今、被災地の子供支援の活動ですが、支援している側で、2人、医学部に行くならばすべてお金はもつと言ってくれる人が、2人いるんです。でもね、なかなか医学部にっていう子が出てこないんです。私は、あなたたちも頑張ればできるっていうふうに言っているんですけれど、そうじゃないんですよね。(東京にいる自分らのような人たちは)みんな地方から出てきて、がんばってここまでやってきたっていう気持ちがあるから、あなたもそうだって思ってしまいがちだけれど、そうじゃないんです。
だから、医学部に、なんて、こちらからの押しつけで、傲慢だったなあって思っています。ちょっとがっかりなんだけれどもね。
太鼓をたたきたいっていう子がいたりして、そういうことを、応援していければと思います。

田中氏*自分が頑張るのはいいけれど、頑張れっていうのはよくないですよね。頑張れる環境をどうやってつくるか、こんなに支援してやってるのにしっかりしろ、ということではありません。熱くなってくると、見えなくなって、自分が支援してやっていることが生きがいになんてなってしまったら本末転倒ですね。

有森氏*悪い例なんですが、新聞に、身内や友達が6人も亡くなってしまって、だけれど被災地でトランペットを(みんなの前で)吹いている大学生の美談が載ったことがあるんです。それで、それを見たNPOのメンバーが、いろいろと設定して、トランペットを吹く場をつくったり、アンコールワットに連れて行って演奏をしてもらったりしたんです。

ですが、その子、最後には泣いちゃって・・。自分のペースでいろいろやっていきたいのに、いろいろ設定されてしまってストップがかからない、援助、ボランティアって何だろうって思ったんだそうです。でも、支援してもらっている側だから、だれにも言えない。そしてそんなことを思う自分も、嫌だ。心苦しくてつらくて、。。ということだったんですね。

「すぐそばにいるよ、見てるよ」というサインを

有森氏*だから、支援する側は、すごく熱くなることも大事だけれど、・・・緒方貞子さんがおっしゃったように「熱い心と冷たい頭を持って現場に入ってほしい」ということだと思います。継続するには一歩引くことが大事で、長いプロセスを踏んで、向こうからくるものの受け皿になる、見守る、何かあれば必ず何かするよという信号を出す、ここにいるよ、という信号を出すことじゃないかなと。

子育てでも言いますが、「(子供が小さいうちはいつもそばに背負ってる)給油タンクから、(成長していったら)ガソリンスタンドになる」というふうに、すぐ、そこに行けるガソリンスタンドになる、というようなスタンスが支援する側に必要でしょうね。

林氏*その子供の支援でね、修学旅行とか、ホームステイとかもしているんだけど、1晩泊ると、もうほんとに、なんていうか心が通い合うのね。三枝さんに、「高価なものは贈るな」って言われているから、クリスマスカードとかなんだけど、そうやってとことん点を突き詰めて深くしていくというか。あなたのことを見ているよ、何かあったら何でも相談してくれる大人が東京にいるんだよということは、支援される側にとっては、心強いと思います。

矢内氏*そうですね。それは「点」ではなくて、もう20年という長い時間軸での「線」ですよね。それが広がって「面」になっていくのですね。

有森氏*そういえば、マラソンは個人種目だし「点」のようなものですが、駅伝は「線」ですね。いろいろな関係性を持った人たちがタスキをつないでいくということも、1人で頑張るだけでなく、みんなで協力するという面で、今、日本にしかない「駅伝」がいいなと言われるようになってきています。

不公平感、個人情報、自粛ムード・・・・支援の壁

矢内氏*そうやって、それぞれ人間関係から、(支援する人を)探していかないとならないんですよね。行政は名簿や被災した孤児など情報を知っているのに、個人情報とか、公平性とかを理由に、教えてくれませんね。

有森氏*こういうときは、平等、不平等とか言っていられませんよね。人間関係などから、できる範囲でとにかく始めてみて、それをモデルケースにして広げていければいいですね。

矢内氏*それから、以前、サンシャインマラソンをやるやらないでもめたことがありました。市長に、こういうときこそやるべきだ、と言って、やっとやることになりました。あのとき、有森さんにはスターターをやってもらいましたが、あのころ郡山にいらしたので車で2時間を通っていただいたこともありますね。

有森氏*自粛をしたら、やめてしまったら、何も生まれませんよね。
震災直後の3月20日、あのころ、どんなイベントも自粛自粛だったのですが、大阪淀川チャリティーマラソンを予定通りやりました。チャリティーでもあることだし、ランナーが5000人集まるので、何かできないかと。
いつもマラソンに出た方には、マラソンのTシャツを贈るんですが、それを一度配って、当時、津波でどろどろだったり、衣服がなかったりする人のために、もしよかったら、それを戻してくれないかというリターンTシャツという呼びかけをしました。3分の1ほど戻ってきました。それを被災地に送りました。

支援には緊急的なものと継続的なものがあり
ソフトとハードを一体化させることが大事


有森氏*そして、支援には、
①緊急的なものと②継続性のものと
 があります。この見分けをつけないと、現場で行うのは難しいです。

それは①ハード(物資、学校)②ソフト(メンタル、文化、スポーツ、情操教育)
 とも言えますね。

今は支援の第2段階に入ってきて、ソフトの部分ですね。長い時間がかかります。

学校現場では、震災後の大人のダメージを見て、泣いたりしているのを見て、子供がぐっと感情を抑え込んだりしています。感情は二の次にして、みんなテレビカメラに向かっては、にこにこして答えます。だけれど、それが、今、1年以上過ぎて、何かの時に突発的に出たりする。

心に抑え込んだものを、今、引き出してやることをしています。体の動きとか、音楽でも高い音だけ出すとか、アート、絵をかく、書きなぐるとか、暗い絵の具ばかり使うとか、感情を出させる。それからキャンプ、イベントなど楽しいことをさせながら、感情を引き出す。そんなことを続けています。

矢内氏*まさにハードとソフトを一体化させることは大事ですね。私もそんなアイデアをいろいろと考えています。

日本経済の発展がつまりは福島を支援する

田中氏*震災の時困ったのは、コンタクトなど必要な医療物資を送れない、情報もない、ということでした。みんないろいろなものが被災地に送られますが、そのおかげで、本当に大事なものが送れないということが出てくる。震災直後の急性期に何を送るか、医薬界と連携し、きちんとしたシステムを構築しておかないとならないと思いました。

震災後は、「AC」の広告がCMに流れてばかりだったのを覚えていますか。あれで、うちは、いち早く、自社の広告CMを始めたんです。そしたら、「普通のCMを放送してくれてありがとう」と連絡が来たのです。それを聞いて、普通に、当たり前に戻りたいとみなさんが思っているのだなということを知りました。健全な経済活動をいかに早く復活させるか、ということが、間接的には、福島を支援することになるのだということです。

東北は、(メーカーの)原材料の会社がとても多いということに、今回気づきました。代理店6~7社なんですが、その代理店が皆、同じ東北の会社に発注していたということで、これは案外知られていないことだと思うのですが。
そうなると、東北だけに調達していてはダメなので、海外に求めます。そうすると、東北の経済の地盤沈下となってしまいます。ここの産業構造をきちんとしなければならず、これは国家戦略とも関係してきます。

企業人として、日本経済にどのように貢献していくか、ということを考えてまいります。

寄付も減っている

矢内氏*義援金も1年たってどーんと落ち込んでいますね。

林氏*きょう、(復興支援を考える)ここに来ている意識の高い方々は違うと思うけれど、東京なんかもう全然です。もともとはね、震災後に1回寄付したからいいやって東京の人たちに向けてという気持ちもあって、(3.11塾を)始めたということもあります。

被災地から、人(地元の人?ボランティア?支援者?)が減っています。生活が困っていて、そういう人たちをお金で支援しなければならない、後方支援の我々がどうすべきか、被災地に残っている彼らがビジネスとして成り立たせるにはということです。

「自分よりもっと大変な人がいる」

田中氏*東北の方って優しいなあって思ったのは、私どもがお客様から月々会費をいただくメルスプランというのがあるのですが、震災後は、東北?にお住いの方の会費を、しばらくの間、徴収しないことに決めたのです。そうしたら、「私は元気だから会費を止めないでください、ほかのもっと大変な人たちを助けてください」という電話?が来たんです。ああ、やさしいなあと・・・。

矢内氏*そうなんですよ。向こうにいる友人もみんな、「俺は大丈夫だから心配すんな」「自分よりもっと大変な人がいんだがら」って言うんです。気丈夫というか。

そう言われるときに「お前はどういう覚悟を持って生きているつもり?」と、突きつけられているような気持になります。

支援の第2段階へ・・・4人の気持ち

矢内氏*福島は、自然災害だけでなく、放射能の問題がありますからね。見通しがたたない。そこで生きていかなければならない人たちを、今後、支援の第2段階に入り、どう支援していくかは大事ですね。

林氏*私は、寄付をするときに、なんていうか、本当に恥ずかしいんです。含羞を持っていたいというか、同じ立場だけれど、たまたま私は、被害に遭っていなくて、それで、寄付を受け取ってもらえたらうれしいというようなそういう気持ちなんですよね。

有森氏*私は、いつかハートオブゴールドが、なくなればいいですね、きれいごとですけれども、それは問題がなくなるということですから。どうやったら、だれとつながれば、どんなアイデアをだせばということを、冷静な頭を持って、入り込みすぎずやっていきたいです。自分の足元をきっちりして、声をつぶさずに。

田中氏*企業人としての経済活動ということと、国民として正しく見ていくということですね。メディアは偏っていることが多いので、それが正しいかどうか、どうやったら正しいことを見つけられるか、世の中を導いていきたいですね。

矢内氏*そうですね。支援の形を点から線へ、そして面へ。広げていきたいですね。






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