・・・では、田坂教授が提言される「五つの政策」の、第五の政策は何でしょうか?

田坂:第五の政策は、明確です。
長期的な視点から「核廃棄物の最終処分」の政策に着手することです。

・・・では、「国内での地層処分」以外の選択肢として、具体的に、どのような選択肢があるのでしょうか?

田坂:「海外での地層処分」という選択肢です。すなわち、日本国外に地層処分場を探すという選択肢です。

「バーゼル条約」の精神(有害廃棄物については、国境を超えての移動を禁じる)は、基本的には大切な精神と思いますが、核廃棄物の場合には、問題の本質が、この条約の精神を超えたところにあると考えるべきでしょう。

 そもそも、「バーゼル条約」が想定しているのは「国境を超えての移動」という考えですが、核廃棄物の場合には、数万年から10万年の時間スケールでの安全性が問題となっているわけであり、この「国境」という概念を超えた問題を我々に突きつけてくるからです。

 すなわち、人類の歴史は、「国家の成立」という視点からみると、たかだか数千年の歴史しかないわけです。これに対して、数万年から10万年という時間スケールにおいては、そもそも「国境」や「国家」という概念が大きく変わっている可能性があり、「バーゼル条約」が提起している「各国の責任において有害廃棄物を最終処分する」という考えそのものが、意味を失っていく可能性があるわけです。

 言葉を換えれば、数万年から10万年の時間スケールで有害性を持つ核廃棄物の場合には、本来、「一つの国家」が責任を持って最終処分の方策を考えるよりも、「国際社会全体」が責任を持って最終処分の方策を考えるべき問題なのです。

 すなわち、核廃棄物の最終処分については、本来、「各国独自の制度」によって実施するべきではなく、「国際的な共同体制」によって実施することが望ましいわけです。

 その意味で、我が国は、原子力開発を進めてきた各国に呼びかけて、核廃棄物の長期貯蔵と最終処分に関する「国際的な共同体制」の構築を行うことも、政策的選択肢として真剣に検討すべきでしょう。


・・・それは、何年か前に話題となった、モンゴルなどでの地層処分構想でしょうか?

田坂:現時点で、具体的に、どの国という議論をすることは適切ではありませんが、もし人類全体として「核廃棄物の地層処分」の方策を検討する場合、世界全体を見渡したとき、日本よりも、数段、地層の安定性や地質条件、地下水条件、さらには社会条件の好適な地域があることも事実です。

 その意味で、「長期貯蔵」を行っている期間に、十分な時間をかけて「海外での地層処分」という選択肢を検討することは、一つの合理性を持っていると思います。

その場合、原子力開発を進めてきた各国からの賛同は得られるでしょうか?

田坂:例えば、米国、英国、フランス、ドイツ、カナダなどを始めとして、すでに多くの国が数十年前から「核廃棄物の地層処分」の計画を進めてきていますが、現実には、住民や国民の強い反対など、「パブリック・アクセプタンス」(社会的受容)の問題に直面して、どの国でも、計画が思うように進んでいません。

 また、これから原子力開発を進めていく中国を始めとする発展途上国もまた、早晩、この核廃棄物の最終処分の問題に直面していきますので、もし日本が先導して、「核廃棄物の長期貯蔵と最終処分の国際的な共同体制」の構想を提唱するならば、各国からの賛同を得ていくことは、十分に可能性があると思います。

 それは、喩えて言えば、「国際原子力機関(IAEA)の核廃棄物版」を創る構想と言ってもよいでしょう。

・・・その場合、「国内での地層処分」という選択肢は、全面的に放棄するということでしょうか?

田坂:いえ、そうではありません。前回述べたように、「高レベル放射性廃棄物を数十年後に国内で地層処分する」という現行計画については、当面凍結しますが、その場合も、「国内での地層処分計画」は、一定の規模で存続させていくべきでしょう。その理由は、二つあります。

 第一の理由は、「国際的な共同体制」を提唱する国としての責任において、地層処分に関する研究開発と技術開発を先導していくべきだからです。例えば、地層安定性や地下水特性を調査する科学的手法の研究開発や、核廃棄物を安全に閉じ込める工学的手法の技術開発などです。

 研究開発や技術開発において、そうしたリーダーシップを発揮しないかぎり、各国がこの構想に賛同してくれることはないでしょう。

 第二の理由は、こうした研究開発や技術開発の結果、将来、「地層処分の10万年の安全性を証明する科学」や「核廃棄物の10万年の閉じ込めを保証する技術」が生まれる可能性があるからです。

 冒頭に述べた「政策の戦略的自由度」の観点からも、この可能性を、現時点で全面的に否定するべきではないでしょう。

 この二つの理由から、現時点において「国内での地層処分」という選択肢を、すべて放棄するべきではないと思います。

もう一つの選択肢、第三の選択肢があります。

 一つは、プルトニウムやネプツニウムなどの長半減期の放射性核種を、特殊な原子炉で燃やし、短半減期の放射性核種に変換してしまう「消滅処理」(核変換)と呼ばれる方法です。

 もう一つは、核廃棄物を地球の外に打ち出してしまう「宇宙処分」という方法です。太陽に打ち込んでしまうという方法も、その一つです。

・・・その二つの方法は、実現可能なのでしょうか?

田坂:「消滅処理」については、この技術の専門ではない政治家や有識者で期待する人が多いのですが、専門的に見ると、実は原理的に難しい問題があるのです。

 それは、この方法が、「長半減期の重元素」(プルトニウムやネプツニウム)の核変換を行って「短半減期の軽元素」(セシウムやストロンチウム)などにすることを目指しているにもかかわらず、実際には、核変換を行うとテクネチウム99のような「長半減期の軽元素」が生まれてきてしまうからです。

 従って、専門家の立場からは、この方法がすぐにでも実現するような楽観的議論は、するべきではないと思っていますが、これも、数百年先まで見据えたとき、何らかの新たな技術が開発される可能性を全面的に否定するべきではないでしょう。

 「宇宙処分」については、1970年代から80年代初めにかけて、真剣に検討されましたが、スペースシャトルの爆発事故によって、「事故を起こしたときのリスクが大きすぎる」との理由で、選択肢から外されました。

 ただ、この方法は、やはり将来の技術開発の可能性を考えるならば、依然として一つの選択肢であると思っています。すなわち、数百年の間には、「爆発などのリスクの無い大気圏外放出技術」を開発することは十分に可能であり、その可能性に挑戦するという政策的選択肢は存在するでしょう。

・・・では、この「消滅処理」や「宇宙処分」の技術が実現したならば、原子力エネルギーは推進することができるのでしょうか?

田坂:もし、この二つの技術が実現したとしても、最後に残る問題は「費用対効果(コスト・ベネフィット)」の問題でしょう。

 すなわち、この二つの方法は、仮に技術的に可能となっても、「核廃棄物処分のために必要となる費用(コスト)」が、「原子力エネルギー利用によって生まれる利益(ベネフィット)」を上回る場合には、原子力エネルギーを推進することに経済的合理性が無くなるからです。

 しかし、この「費用対効果」が成立しなくとも、この技術を使う可能性はあります。

・・・なぜでしょうか?

田坂:冒頭にも申し上げたように、将来、原子力エネルギーの利用をやめるとしても、大量の核廃棄物は残りますので、「その核廃棄物の安全な最終処分をどうするのか」という問題が、引き続き存在するからです。

 従って、たとえ経済的合理性が成立しなくとも、かなりの経済的負担をすることになっても、将来の世代に負担を残さないために、この「消滅処理」や「宇宙処分」を実施する可能性はあると思います。

 それゆえ、こうした第三の方法についても、検討を進めていく必要があるのです。

 以上述べたように、核廃棄物の最終処分については、
1.国内での地層処分
2.海外での地層処分
3.地層処分以外の最終処分

という三つの政策的選択肢を併行して進めていくことによって、今後、どのような社会状況や政治状況の変化が起こっても対応ができるようにしていくべきでしょう。

なるほど、それが「政策の戦略的自由度」を確保していくという意味ですね?

 では、もし仮に、近い将来、日本国内において「地層処分場の候補地」に手を挙げる自治体や地域が現れた場合には、どう考えればよいのでしょうか?

田坂:それは、ある意味で、一歩前進ですが、そこには極めて危うい「落し穴」があることに気がついておくべきでしょう。

 そのことについては、また、次回、お話ししたいと思います。




国内地層処分以外の方法が出ていますが、海外地層処分については、震災前に舛添氏が自身のエネルギーについての著書で書いており、「そんな都合いいことよくいえるな」と読みこまなかったんですが・・・。

国内地層処分はどこも反対するだろうし、と思っていたので、こう考えると、バーゼル条約のとらえ方もかえらえそうです。(でもやはり小出氏など反対するでしょう。汚染された食べ物を発展途上国に回すことですら抵抗し、「大人の自分らが食べよう」と言っているぐらいですから、核のゴミならなおさらです。他国に押しつけるなんて、原発はやめるべきだ、という考えにすぐ結びつきます。私もそう思います。

でも鳥の目になると、人口密集地帯、地震頻発地帯の日本で処理することの危険性を全地球人が考えたときに、実現の一歩を踏み出せるような気もするし・・。

長男も、モンゴルの話はしていました。それと「尖閣諸島に埋めればいい」とも言っていました。

それから、「太陽に打ち込む」ですが。似たようなことを次男が言っていました。
震災後の夏休みに「放射線に負けないで福島」という自由研究をしたときに、福島市役所の担当者の方から話を聞いて「除染した土を捨てるところがないんですよ・・・」と苦悩されるのを聞き、家に帰ってきて、「どうしたらいいか」ということについてまとめていたのが以下。

たとえばの話。
①おせんされた土やいたを月にもっていく。むりならでかいカプセルに入れる。
②太ようにぶちこむ。
③じんこうえいせいでドカンとうちゅうのはてにとばす。
④10万㎞ぐらいほってうめる。だが土にしみこむので、しみこまないようにする。(コンクリートで覆った図が書いてある)


次男に、偉い人が太陽に打ち込めっていってるよ~といったら、「俺って天才かも」とかいっていました・・・

いろいろな方策が考えられるのだと思いました。

また次号です。


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