震災2年ですね。早い。特にこの1年が短かった気がする。
そろそろセシウム134の半減期ですね。

「風化」は時の流れ

1年前は、風評という言葉が目立ちました。それから風力という言葉もありました。

今は風化を恐れる声をよく聞きます。でも、遠く離れている、私の住むようなところは、とっくに、震災は風化しているのです。それが現実です。

でも、この地に住んでいる人は、「私」としゃべることで、また「私が福島出身」ということで、震災に思いをはせてくれます。誰もがです。

そういうことでいいのではないかな、と思います。

だから、震災2年で福島や東北の報道がふえて、「わざとらしい」って、地元の方は思うかもしれないけれど、やはりそれは、必要なことなのだと思います。

人は忘れる生き物だから、自分の外部からの働きかけで思い出すのでしょう。自分の知ることより知らないことが圧倒的に多いのだから、テレビや新聞、週刊誌の話題は、それが誇張か美談か、何ともいえないけれど、考える楔にはなるでしょうし。

それから、こんな声を聞くとなんだかうれしくなります。

いぶくろ。‏@ibuqlo
311を風化しちゃいかんとか言うけど、政治家と被災地以外はあんま気にしないで良いと思うよ。忘れて三陸のおいしい魚介類、食べに来てほしい。ちな、松島のホテルプラン今、安いよ~。


こちらの痛みを感じてほしい、ではなくて、
こちらの良さを感じてほしい、ということ。

私も以前、既に世の中の人たちが人ごとで、「こんなことでいいのか!」と怒っていたことがありました。でも、そういうものなんですよね。

知らない世界の100人の死よりも、身近な1人の死に、人は傷つき、心をとらわれるのだから。。。

このブログのネタがなくなるのが理想

宮城県の小学校などを支援するマラソンの有森さんの夢は、ご自身の支援団体がなくなること、だそうです。それは世の中に問題がなくなること、だからだそうです。「きれいごとだけど」と笑っておいででしたが、その通りで、私も、このブログに「書くことがないよ~」っていう状態になるのが一番だな、と思っています。


このブログは基本的に震災のことと福島のことと放射線のことに特化して書いています。だから、福島が平常に近づきつつあるに従い、書くことも減ってきました。少しずつこのブログが「風化」しているということです。意図的でもなんでもありません。自然現象なのです。

早いなと書いたけれど、そう思うと長い2年でもあったのですね・・・。

私が見ているいろんな方々のブログも、だんだん非常時から過渡期、日常に戻りつつあるんだな、ということを感じさせてくれます。震災のことを中心に書かれている方は、更新期間がだんだんあいている気もします。一方、定期的に更新される方は、震災以外の日常のこともたくさん書かれるようになってきました。

前に進む

3年目は・・・風評とか、嫌な記憶は風化させつつ、まだ風化されない心の痛手をお持ちの方に出会ったら、どうしたら嫌われずに、会話できるのかな?ということを、これまでの、苦い自分の経験を教訓に、考えてゆきます。

それと・・・・福島と東北の良さを、この地で知り合った人に、広めてゆきます。福島PR館・浜松出張所として。まだ行ったことがない人がいたら、ぜひ行ってもらえるようにね。

震災後にこちらのブログに移ってきてからは、それまで他ブログでは閉じていたコメント欄を開放したため、いろいろなことがありました。そのたびに立ち止まり、歩んできたように思います。私はブログでは「とにかく、次から次からわき出てくる言いたいことは、どんどん言う。忘れないうちに記録しておく」というのが基本姿勢で、双方向コミュニケーションに重きをおいてこなかったために、いろいろと勉強になりました。ありがとうございました。

課題は、震災直後の非常時から量は減ってきたとはいえ、質が変わってきています。それは、私のコメント欄の内容と傾向が如実に語っていると思っています。

困難な道は続きますが、逃げないで、前に進むことは、やめません。考える場所を変えることもあるかもしれません。

今後も、震災、放射線、福島に関して、自分でメモしておきたいことは、ここに記録していく予定です。
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