先日の読売の「放射線基準値見直せ!」の社説ですが、
バックにいたのはリスク専門家の中西準子先生だったのですね。
本日読売に、「編集委員が迫る 大震災2年」特集は中西先生でした。

「1mSv困難、新しい目安で 国の除染目標」というタイトルです。
昨年、読売連載「時代の証言者」で、中西先生が登場し、その半生を語りました。そのとき以来の、読売との関係から、この社説につながったのだと思います。

ネットを探したのですが、ないみたいですので、全打ちします。
(と、4分の3ぐらい打ったのに、...どっか間違って操作して全部消してしまってショックです。再度です)

聞き手は河野博子編集委員。




◆積算値が重要

・・・国は除染事業で、「年間追加被曝線量を1mSv以下にする」を長期目標にしている。福島県知事は、新たな安全基準を示すよう国に求めたが、どう考えるか。

年1mSvは無理なので、何か新しい基準値を作らないと皆が帰ることができない。現実には10mSvだったり、5mSvだったりして、皆を怖がらせている。国として、この程度ならばまあだいたい住んでも大丈夫ですよという値を示すべきだ

・・・年1mSvは、安全か危険かを分ける境目なのか。

年1mSvは安全基準というより健康を守るための目標というべきものだ。もともとはICRPが一人一人が1年間に浴びても許容される線量限度のレベルとして勧告した。自然の放射線の強さ、線量率は、ラドンを除くと約1mSv。場所により変わる。1mSvくらいの差では健康上の違いは明らかではないし、低い方に引っ越そうという話も出ない。この程度ならば皆が受け入れることができるでしょう、と提案され、多くの国の政策決定の場で使われている。社会的に合意した1つの目安に過ぎない。※


・・・国は長期目標のほかに、年20mSv未満のところには今年8月末までに2年前に比べ50%減らし、学校、公園など子供がいるところは60%減という目標藻示している、これでは不十分か。

除染は、終了後住むために行うので、ピンポイントの値ではなく、今後15年間の積算値で示すべきだ。15年というのは人生の一区切り。3歳の子が高校を卒業するとか、高校生が大学出て就職し、一人前の職業人になる。自分で計算できるだろうと言わないで、責任を持って除染事業を行う国が、そこまで丁寧に示すべきだ。

・・・中西さんは、住んでも大丈夫という値はどのくらいと考えるか。

産業技術総合研究所の仲間と研究を進めていて、結果はまだ出ていないが、15年間の積算値がその地域の平均で計50mSv前後、その地域内の高い場所でも計100mSv以下なら住んでも大丈夫じゃないかという感触を持っている。ただ、それで将来問題が出てこないとは限らない。その時には、国が責任を持って対処するべきだ。達成できる目標を示して、住民が今後の生活を描き、再出発できるようにしないと。

・・・飯舘村は国が行う除染で、独自に、年5mSv以下という目標を示している。

5mSvになれば国の計算方式で、15年間で40.72mSv、30年間で計61.45mSvになる

◆移住も認めて

・・・中高年と子育て世代で感じ方は違うし、同じ世代でも低線量被曝に対する考え方は人によって異なる。どうしても年1mSv以下でないと住めない、という人はいる。

私は、国が移住という選択肢を用意すべきと考える。年100mSv以下だからみな戻れとか、50mSv以下なら戻れ、というのには無理がある。放射線についての気持ちや置かれた生活条件により、移住するか戻るか、個人の選択という余地を残した政策であるべきだ

・・・移住費用はどうする。

少なくとも家は国家が買い取るとか、一定の補助が必要だ。放射線の影響はすぐ出るわけではないので、いくら理屈で説明されてもちょっとは不安がある。移住という選択肢を認め、費用を一定補償するのがよいと思う。

◆原発議論建設的に

・・・経済産業省所管の研究所にいて、原発政策との関わりはなかったのか。

原発賛成派または反対派のレッテルを貼られ、化学物質のリスク評価を色眼鏡で見られるのがいやで、極力距離を置いてきた。しかしあんな事故が起きるとは思わなかった。非常に甘かった。

・・・原発をめぐり推進と反対に二分されている状況は変わっただろうか。

これまでは、絶対反対と推進の陣営に分かれ、そのほかの人は知らん顔をしていた。私も含めて。2つの陣営の真ん中に、一般の人が入ってきた。国の意思決定も、真ん中にいる人々の意見を反映していくのではないか。2つの陣営も、真ん中の人たちを説得する必要があるので、議論は建設的になっていくと思う

◆防災、ソフト面も大切

・・・地震や津波などのリスクにはどう対応したらいいのか。

防災に100%対応することはできない。自然災害に対してはほどほどしかないと思う。さまざまな災害があるので、確率と被害で優先順位を決めて、防災のために国の予算の何割を割くというだいたいの目安をつくって、そのなかで対応するしかない。後は逃げる方法などのソフト。危険な場所とわかっていて住む場合は、自己責任という原則を肝に銘じて日頃から備え、行動するすることも必要だ

・・・地震と言えば、イタリアで2009年におきたラクイラ震災前に事実上の安全宣言を出した科学者7人が昨年10月、過失致死罪などで禁錮6年の刑を受けた。

間違ったら有罪はおかしい。ただ、科学者は、こういう確率もあり、ああいう確率もあると言っているだけでいいのか。最後は、避難するのか、しないのか、やぱり二分法になる。科学は二分法ではない。人の行動は二分法。そこをどうつなぐのか。最後の決心を支えるところに科学者もいるべきだ

・・・・・

◆「現実」直視こそ必要
(河野委員)

・・・「除染には意味がない」「1mSv以下でなければ危険」として移住を勧める原発反対派。除染により皆がふるさとに戻れるという絵を求める原発推進派。こう図式化できる2グループの存在が、除染問題に影を落とす。
「反対」「推進」の理念を先行させると、放射性物質による環境汚染という「現実」を直視し、歩むことができない
ゼロリスク地帯はない。個人に移住という選択肢を残すべき、という中西さんの主張は、国にも個々人にも、リスクを正しく理解し選択する強さを求めている。そこが一番、難しい。


40分かかった~~~疲れた~~

※震災後の5月、副島隆彦氏が武田邦彦氏を郡山に呼んでケンカ対談したときも、武田氏はこの、中西先生のおっしゃることと、同じことを言っていたんだ。副島氏に1mSvはサイエンティフィック・ファクトか、と突っ込まれて、「1mSvはコンセンサス=社会的合意だ」」と。
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